第24話 そこに見えるは聞こえぬ叫び

 クロノは自らの頬を叩いた。

 ――アイルに頼りにされたからには、自分ができることをしなければ。

 彼女は未だ震える手で杖を握り、自分やリーバ、そしてエルデの周りに防御壁バリアを張る。

 更に、アイルに様々なバフをかけていく。

 物理攻撃力上昇、物理防御力上昇、攻撃速度上昇、最大HP上昇、ダメージカット、継続回復……。

 思いつく限りのバフを彼にかけた。


「はあぁぁ!」


 アイルが剣を振り上げる。

 しかし、その接近に気づいたが、硬い足で剣を防ごうとした。

 アイルは構わず、剣を振り下ろす。

 足と剣がぶつかり、キィンという音が鳴った。

 弾かれる。

 そう思ったアイルは、剣に力を入れた。

 せめぎ合う両者であったが、遂にアイルの剣がの足に食い込み、その肉を切り裂いた。


「き、キキャアアアア!」


 その瞬間、が絶叫する。

 その声は、見た目にそぐわない甲高いものだった。

 鼓膜を破らんばかりの絶叫に、アイルは咄嗟に距離をとる。


「ぐっ!」


 それと同時に、ボーダンは解放された。

 だが、両腕の骨を折られ、上手く立ち上がれないようだった。

 そんな彼に、痛みに悶えて暴れるの足が迫っていた。


瞬間移動テレポーテーション!」


 クロノはすぐさまそう唱えた。

 間一髪、足が当たる直前にボーダンは防御壁バリアの中へと転移した。


「お父さん!」


 エルデがボーダンに駆け寄り、バッグから取り出した下級ポーションを飲ませる。

 怪我が完全に治ったわけではないが、彼の荒い呼吸は落ち着いたように見えた。

 それを確認したクロノはの方を向いた。

 に傷をつけたとはいえ、致命傷ではない。

 アイルは次なる攻撃をしようと隙を伺うが、暴れ狂うが闇雲にその足と舌を振り回しているため、中々近づけずにいた。

 このままではアイルの身も危ない。


鑑定アプレイズ


 の弱点がわかればと、クロノは「鑑定」を行った。

 ゲームの戦闘時において、「鑑定アプレイズ」は一定確率で敵のステータスや弱点を見破ることができた。

 その確率は使用者のレベル依存で、レベルMAXだとエリアボスといった特殊な敵以外は100%の確率で成功する。

 そして、クロノのレベルはMAX。

 通常であれば、のステータスや弱点が表示されるはずだった。


「……え?」


=========


 《助けて》


=========


 目の前に表示された鑑定結果のウィンドウには、その三文字だけが浮かんでいた。

 何かの間違いかと何度も「鑑定アプレイズ」を発動させるが、結果は変わらない。

 もし「鑑定」が失敗したのなら、失敗したというエラーメッセージが出るはずである。

 こんな表示が出たのはゲーム時代を含めても初めてだった。

 ゲームであれば、酷いバグだと笑いものにできたかもしれない。

 あるいは、運営の悪趣味なネタかと思っただろう。

 しかしながら、ここは異世界という名の現実だ。

 クロノ達はゲームのキャラに似た姿になり、ゲーム内で所持していたスキルやアイテムなどを自由に使えたが、だからといって彼女達はこの世界がゲームだとは思っていない。

 それなのに、これは一体、どういうことなのか。


「……うわっ!」


 そんなアイルの声で、彼女は現実に引き戻された。

 前方にいる彼を見れば、振り回されるの足に危うく当たりそうになっていた。

 の攻撃を器用に避け続けていた彼だったが、段々とそれが難しくなってきている。

 クロノが再度移動速度上昇のバフを彼にかけるが、攻撃が当たってしまうのも時間の問題だろう。

 その時、アイルが避けた先に、別の足が迫っていた。


「っ! 火矢ファイヤーアロー!」


 クロノはその足に向かって火の矢を放つ。


「キャアアア!」


 は悲鳴を上げて、矢が当たった足を後退させた。


「ダメージが入った! アイル、そいつの弱点は火かもしれない!」

「了解!」


 アイルは武器を持ち替える。

 「大罪の悪魔」の「憤怒」を倒した際に手に入る素材で作られたそれは、刀身から炎が噴き出す大剣だった。


「キシャアアア!」

「はぁっ!」


 怒り狂うの足と、アイルの剣が交差する。

 しかし、先程とは異なり、その刃はするりとの足を両断した。


「キャアアア!」

「効いてる! 間違いないよ、クロノさん!」

「オッケー、もうちょい時間稼いで!」


 アイルの大剣による攻撃は確かに効いていたが、洞窟内は狭く、無闇に振り回すことができない。

 確実ににトドメを刺すなら、クロノの魔法が適切だろう。

 そう瞬時に悟った二人は、各々行動を開始する。

 クロノは高火力の火属性魔法を詠唱する。

 一方、アイルはの気をクロノから逸らせるため、適度に攻撃を仕掛けて囮を担った。

 足を1本失ったは、先ほどとは比べ物にならないほどの猛攻を始めた。

 足を支えに使うのを止め、残る7本全てを鞭のようにしならせてアイルへと振るう。

 彼は大剣でその攻撃を防ぎ、刀身の炎での体力をジリジリと削った。


「……準備できたわ!」


 その声と同時に、アイルは後ろへ飛び退いた。

 怒りでアイルしか見えていないは、彼を追いかけて突進してくる。

 彼はぶつかる直前で、突進してきたをひらりと躱す。

 彼の後ろから、に杖を向けるクロノが現れる。

 その杖が淡い輝きを放っているのにが気づいた時には、既に遅かった。


「癒しのイグニス・サーナーティオ!」


 真っ白な火の玉が杖から放たれ、に触れる。

 次の瞬間、の全身が白い炎に包まれた。


「ア、アアア……」


 は絶叫するでもなく、むしろ段々と穏やかな声になっていく。


「クロノさん、今の技……」

「……こっちの方が効果的だと思って」


 クロノが放ったのは、ゲームでは高位神官が覚える火属性と聖属性の両方の特性を持つ技である。

 これも威力の高い技ではあるが、火属性のみに特化した、より威力の高い魔法だって彼女は使うことができた。

 しかし、彼女はこれを選んだ。

 アンデッド系の敵に対して魂の安寧を与えると、テキストに書かれていたこの魔法を。

 炎は次第に弱くなっていき、の声はもう聞こえなくなっていた。

 白い火が全てを燃やし尽くし、僅かな火さえ完全に鎮火した時。

 がいた場所に残っていたのは、楕円形の飾りがついたペンダントだった。

 クロノが手に取ると、不意に飾り部分が開いた。


「びっくりした……ロケットペンダントだったのね」


 中には写真が入っているようだった。

 彼女はその写真を注視する。


「……この子達は、まさか――」

「おーい! 無事か!?」


 洞窟の入口側から数人の男達が駆け寄ってくる。


「鈴が鳴ったから何人か連れて来たんだが……どうやら遅かったらしいな」


 洞窟に入る前に別れた警備隊員の男が、悔しそうに歯噛みする。

 リーバは未だ眠りについており、ボーダンはエルデに支えられながら横になっていた。

 それに、洞窟に入る前とは一人足りないことに気づけば、自ずと察してしまうものだろう。


「魔物にやられたのか?」

「……魔物かどうかはわかりませんが、少なくとも見たことの無い生物なのは確かです」

「それは、どういう……」

「そこの嬢ちゃんの言う通りだ。俺も長年冒険者をやってるが、あんなバケモンは見たことがねぇ」


 ボーダンの言葉に同意するように、エルデも頷いた。


「そんな……そいつは今どこに?」

「私達で何とか倒しました」

「そうか、それは良かった」


 あからさまにホッとした様子の隊員だったが、クロノの顔は晴れなかった。


「……あの、これ」


 クロノは先程拾ったペンダントを隊員に差し出した。


「これは?」

「その生物を炎で燃やして倒した際に残っていた物です」

「ふぅむ、見たところ普通のペンダントのようだが?」

「……そのペンダントは、もしかすると被害者のものかもしれません」

「……なんだって?」


 その場にいた全員に緊張が走った。

 クロノは神妙な面持ちで頷いた。

 彼女が拾ったロケットペンダントに入っていた写真。

 そこには、幼い子供二人と、彼らより少し年上と思われる女の子が写っていた。

 真ん中に写るその女の子に見覚えはない。

 しかし、その子を挟むようにして写る幼い子供達は、ビオラとトーニョにそっくりだった。

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