第22話 藪をつついて蛇を出す

 ゴブリンの古巣の前にたどり着くまでに、魔物は現れなかった。

 緊張して進んでいたアイル達はホッと一息つく。

 しかし、本番はここから。

 その魔物らしき生物は古巣周辺で見つかっている。

 つまり、今もその周辺に潜んでいる可能性が高い。


「では、我々はここを中心に探します。何かあれば鈴を鳴らしてください」

「わかった。あんたらも何かあったら鳴らしてくれよ」


 そう言って、アイル達は警備隊員と別れた。

 それぞれが再度持ち物を確認し、古巣内へ入る準備を終える。


「よし! それじゃあ中に入るか。道幅が狭いから、一列にならんとな」

「クロノさんは杖を持っているから魔術師か?」

「あ、はい」

「じゃあ、女性陣を真ん中にして進もう。俺が先行して、列の後ろにリーダーかアイルさんがいてくれると有難いんだが」

「じゃあ、僕が後ろにつきます」

「戦闘慣れしてないんだろ? 大丈夫なのか?」

「目と耳は良いので大丈夫だと思います」

「……まあ、洞窟に抜け道なんかがなければ突然後ろから襲われたりはしないだろう。入口から入ってきた奴に気づければいいさ」

「じゃあ、俺はキースの後ろにつくか。なんか出た時に咄嗟に対処しやすいようにな」


 明かりを持ったキースが先行して古巣内へ入ろうとした時、リーバが彼に声をかけた。


「待ってください。今、キースさんに防御力上昇と魔物からの感知を阻害する魔法をかけますので」

「……いつも言っているが、別にそんな魔法をかけなくても大丈夫だぞ? 君が回復魔法を行使するために必要な魔力だって消費してしまうのに」

「何をおっしゃいますか。怪我を治すより、怪我を防いだ方が魔力効率的には良いのですよ。それに……亡くなってしまったら、私にはどうすることもできません」


 そう言って、リーバが唇を噛む。

 もしかすると、彼女はそういった場面を幾度となく見てきたのかもしれない。

 そんなことを思わせる表情だった。

 それを見たキースは眉を八の字にして笑った。


「……そうだな。じゃあ、よろしく頼む」

「はい」


 リーバが呪文を唱えると、キースの身体がほんのりと光った。

 ゲームでバフをかけた時もこのようにキャラクターの身体が光っていた。

 どうやらこの世界でも同じ現象が起こるらしい。


「ありがとう、リーバ。俺みたいなやつをいつも気遣ってくれて」


 キースは自分の胸元くらいにあるリーバの頭をポンッと撫でた。


「い、いいえ! ここ、これくらい、神官として当然です!!」


 リーバは俯いてキースに顔を見せないようにしていたが、周囲には丸見えだった。

 彼女は、耳まで真っ赤になっていた。


「じゃあ、中に入るぞ」


 そんなリーバに全く気づかないキースを先頭に、彼らは洞窟内へと入った。

 中は入口からしか光の入るところがないらしく、少し進んだだけで辺りは真っ暗になった。

 キースの持つ明かりだけでは光源が足りず足元が見えないため、アイルは買っておいたランプを取り出した。


「古巣っていうだけあって、部屋みたいな場所もあるな」

「つまり、魔物が隠れられる場所も多いということだ。俺が見落とさないよう警戒しているとはいえ、皆も注意してくれ」


 道中には横穴が多数存在し、中は部屋のように広く掘られていた。

 キースがその部屋一つ一つを確認しながら、ゆっくりと前進していく。

 途中、アイルは一つの部屋の中を見た。

 キースが確認しているため危険はないが、ただ純粋にゴブリンの巣の造りが気になった。

 そんなふうに何気なく覗いた部屋には、大量の骨が積まれていた。

 何の骨かはわからないが、恐らくゴブリンの食料となった動物達のものだとアイルは推測した。

 そうでなければ、一箇所にこんな大量の骨があることなどありえない。

 ふと、アイルはその部屋の入口付近に目をやった。

 骨を運び入れるためか、骨の山の手前には人が数人入れるだけのスペースがある。

 そこに、汚れた布と骨が散らばっていた。

 汚れた布は、ファンタジーに出てくるゴブリンが身につけていそうなデザインと汚れ方をしていた。

 骨は、まるである程度の高さから落とされたかのように、バラバラになって辺り一面に散乱している。


「……まるで、消えたみたいだ」


 アイルはそう呟いていた。

 ゴブリンが身につけていたと思しき布と、落ちて散らばってたような骨。

 骨を持っていたゴブリンが突然消滅した――そんな考えが、アイルの脳裏に浮かぶ。


「どうしたの、アイル? そんな所でボーッとしてると置いていかれるわよ?」


 後ろからアイルがついてきていないことに気付いたクロノが、部屋の入口で呆然と佇む彼に声をかけた。


「……ううん、なんでもない」


 アイルはその考えを打ち消し、クロノの後に続いた。

 彼らはゆっくり慎重に進んでいたが、終わりの見えない道に不安が募ってきていた。


「……ねえ、この洞窟、どのくらいの長さがあるのかな」


 エルデが小声で聞く。

 彼女の顔は見えないが、その声音は不安そうに聞こえた。


「さあな……あんまり長いようなら、そろそろ引き上げた方がいいかもしれねぇな」

「……俺もその方がいいと思う。手持ちのランプだけじゃ先が見えない上、他の出入口から漏れる光なんかも見えない。恐らく、かなり長い巣なのは間違いないからな」

「キースもそう言うなら一度引き上げるか。最後まで調べなかったことで警備隊に文句言われたら俺が言い返してやる」


 結局、ゴブリン以外の魔物らしき生物の痕跡を見つけられないまま、彼らは引き返すことにした。

 洞窟内の道幅は狭く、入れ替わることが困難だったため、行きとは逆にアイルが先頭となった。

 彼らは、一度確認している道だから大丈夫だと考えたのだろう。

 実際、戻る道には敵対生物はいなかった。


 そう。


 引き返すことを決めて、各々が来た道を振り返った直後のこと。

 ボーダンは、近くにあった明かりが急に消えたことに気づいた。

 明かりはキースが持っていたため、最初は彼が消してしまったのかと思った。

 だから、ボーダンは何の気なしに背後にいるはずのキースの方へ振り返った。


「おい、キース。急に明かりを消すなって――」


 ボーダンは言葉を失った。

 不自然に途切れた彼の声に、前を歩いていたアイル達も後ろを振り返る。

 洞窟は暗く、アイルが持つランプだけでは後ろの様子がはっきりとは見えない。

 その時、「ゴリッ」という、硬いものを擦り合わせたような音がした。

 クロノが「ライト」と唱え、音がした方を照らす。


 ――ゴリッ、ゴリッ。


 そこには、真っ黒なに飲み込まれた、キースの姿があった。

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