第20話 子供の頃に抱いた夢を、叶えられるのは極一部だけ

「ここが今話題のお菓子のお店っすよ!」


 トーニョに案内されたのはそこそこ大きなカフェのようなお店だった。

 しかし、店の中からはコーヒーの香りではなく、甘い匂いが漂ってきている。

 そして、店の看板にはこう書かれていた。


「……クレープ専門店?」

「そうっす! 王都で話題になって、ついこの間この町に2号店ができたんっすよ!」


 まさかのクレープ屋である。

 アイル達はこの世界にクレープ屋があることに驚きを隠せず、呆然と店を見つめた。

 何も言わない彼らに、トーニョが申し訳なさそうな顔をした。


「あっ、もしかして、こういうお菓子はお好きじゃなかったっすか……?」

「い、いいえ。ただ、ちょっとびっくりしたというか、意外だったというか……」

「そうっすか? でも、無理して付き合ってもらわなくてもいいんすよ?」

「無理なんてしてませんよ。むしろ、連れてきてくださってありがとうございます」


 アイルは、店先に出されていた手描きのイラスト入りメニューに釘付けになっていた。

 実はしれっとついてきていたマオも、アイルの横でヨダレを垂らしている。

 欲望に忠実な二人に、クロノは呆れたようにため息をつく。


「……二人とも、お店の前で立ち止まってたら邪魔になるわよ。選ぶなら中に入ってからにして」

「アハハ……気に入ってもらえたみたいで何よりっす」


 店の中に入ると、店内は多くの女性客で賑わっていた。

 落ち着いた雰囲気の内装は、クレープ専門店というより喫茶店のような感じだ。

 彼らは早速注文をし、運良く空いていた席に座った。


「クロノさんはクレープ食べなくていいの?」

「私はお腹いっぱいだから、コーヒーだけで充分よ。……というか、アイルはあんなに食べたのに、そんなでかいサイズのクレープ食べ切れるの?」


 アイルの手には、ケーキやらフルーツやらが大量のクリームと共に包まれた巨大なクレープがあった。

 この店の名物らしく、外にあったメニューの中でも一際目立つように描かれていた。


「甘い物は別腹だよ?」

「いや、入る腹は一緒だから。お願いだから食べ過ぎるのは止めてね。太ったアイルなんて見たくないし」

「うっ……善処します」

「アイルさんって太りそうにないっすけどね。かなり鍛えてるみたいっすし」


 トーニョはチョコバナナのクレープを齧りながら言った。

 クロノの隣に座ったマオは、抹茶クリームに白玉と粒あんをのせたクレープを美味しそうに頬張っている。

 元の世界とあまり変わらないラインナップに、アイルやクロノは内心驚いていた。


「そういえば、トーニョさんってビオラさんとお知り合いなのよね?」

「知り合いっつーか、物心ついた時から同じ孤児院にいたんで、腐れ縁みたいなもんっすね」

「ということは、トーニョさんも孤児だったの?」

「そうっすよ」

「じゃあ、今行方不明になってる女性のことも知っているのよね?」


 そう言うと、トーニョが食べる手を止めた。


「……孤児院にいた頃、めちゃくちゃお世話になった人っす。ビィも俺も昔はやんちゃで、あの人には迷惑かけまくってましたから」

「……ごめんなさい。こんなことを聞いてしまって」

「気にしないでくださいっす。てか、何で俺とあの人が知り合いだと思ったんすか?」

「捜索依頼のことを聞いた時、ビオラさんに教えてもらったのよ」

「それを聞いてクロノさんはその依頼を受けることにしたんだよね」

「そうなんすか!? ありがとうございます!」

「ちょっと、別にそれを聞いたから受ける気になったわけじゃないわ。ただ、気になったから受けてみようと思っただけだってば」


 今朝と同じように照れ隠しするクロノに、アイルは優しく微笑んだ。

 兜越しのその笑みに気づいた彼女は、彼から視線を逸らし、不機嫌そうにコーヒーを飲む。


「本当に仲良いっすよね、お二人共。俺もそろそろ可愛い彼女が欲しいっす……」

「あら、ビオラさんじゃダメなの?」

「はぁ? 何でアイツなんすか?」

「今朝のやり取りを見る限り、とても仲が良さそうに見えたけど」

「んなわけないじゃないっすか。アイツ、可愛げ無いですし。俺はもっと優しい子がいいんすよ。それに……」

「それに?」


 トーニョは少し恥ずかしそうに頬をかいた。


「俺、王都に行って騎士の養成学校に行くつもりなんすよ。でも、アイツはギルドの仕事があるから、付き合うのは無理っすよ」

「あら、別に良いじゃない。私達だって一時期遠距離恋愛だったし」

「そうなんすね。……って、別にアイツと付き合おうなんてこれっぽっちも思ってねぇっすよ!?」

「ふふ、そう。まあ、あなたがそう思うならそれでいいんじゃない?」


 クロノにからかわれたトーニョは顔を真っ赤にしてクレープに齧り付く。

 何ともからかいがいのある反応に、クロノは満足そうだった。


「全く、クロノさんてば。ごめんなさい、トーニョさん」

「い、いいえ。でも、アイツとはマジでそんな関係になるつもりは無いんで、アイルさんもそこんところは勘違いしないでくださいっす」

「はい、わかりました。でも、騎士の養成学校に入るということは、トーニョさんは騎士になるのですか?」

「まあ、卒業したらそうなるっすね」

「警備隊のお仕事は?」

「学校入る時に辞めるっすよ。元々学費と訓練を兼ねて入ったようなものですし」


 話によると、騎士の養成学校はある程度の剣の腕や教養がないと入れないらしい。

 また、平民が入学するには、技術があるということと身元を証明するために貴族の推薦状が必要なのだそうだ。

 教養は孤児院で教えられていたから問題なかったが、剣の腕となると他で習わなければならない。

 困ったトーニョは領主であるパッシオに相談し、警備隊の仕事を進められたらしい。

 警備隊には元騎士の人が何人かいるから、彼らから教わりながら学費を稼げばいいのではないか、と。

 また、パッシオは推薦状も書くと約束してくれたため、トーニョはその提案を受け入れ、警備隊に入ったとのことだった。


「まあ、まだまだ先の話っすよ。警備隊らしい仕事なんて、よくて検問くらいしかやらせてもらえないっすもん。今朝届けた調査だって、参加したかったのにさせてもらえなかったんすよ?」

「何も焦る必要は無いんじゃない? まだ若いのだから、これからもっと腕を磨いていけばいいのよ」


 クロノがそう言うと、トーニョは目を瞬かせた。


「クロノさんって、俺より若そうに見えるのに、大人っすよね」

「……まあね」


 当たり前だ。本当は29歳で、トーニョよりずっと年上なのだから。

 そんなことを言えるわけもなく、クロノはコーヒーに口をつける。


「ところで、トーニョさんはどうして騎士になりたいのですか?」


 アイルはクレープを食べながらそう聞いた。

 ちなみに、彼はフェイスガードを口元だけ見えるように開けながらクレープを食べている。

 そんな食べにくいであろう食べ方なのに、彼の手にあるクレープは既に元の半分以下にまで減っていた。


「よくある話っすよ。まだ孤児院にいた頃に、たまたま遠征でこの町を訪れた騎士さんがめちゃくちゃカッコよくて、俺も騎士になるんだって思ったんっす」

「子供の頃からの夢を叶えるために努力しているのですね。きっと辛いこともあったでしょうに、それでも目指し続けられるというのは並大抵の努力ではできませんよ」

「お、大袈裟っすよ。俺なんて才能も無いし、物覚えも悪いから人よりやらないと全然覚えられねぇし……」

「では、トーニョさんは努力の天才ですね」

「……アイルさんまで、からかわないでくださいっす」


 トーニョの顔は再び赤くなっている。

 無論、アイルとしてはからかっているつもりは無い。素直にそう思ったから、そう言っただけである。

 そんな純粋な言葉であるからこそ、トーニョは照れたのである。


 その後も他愛のない会話をして、トーニョの休憩時間ギリギリまで喋り続けた。

 マオは終始クレープに夢中であったが、アイルやクロノはトーニョとの会話を楽しんだ。

 この日、彼らは異世界に来て初めて、気を張らずにのんびりした時間を過ごしたのだった。

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