第19話 いっぱいお金が入ると高価なものが欲しくなる。それで買ったままの状態で押し入れの中に放置されて数年後に売りに出されるんですねわかります

 アイルの言葉もあり、クロノはトーニョが持ってきた依頼を受けてみることにした。

 気が変わらないうちに受けてしまおうと、その日の午後、張り出されたばかりのそれを受付へと持っていく。

 受付にいたのはビオラではなく別の女性であったが、特に問題なく処理は終わった。

 依頼書にはランク別に冒険者パーティを2組ほど募りたいとのことだったので、アイル達が持っていった依頼書は「残り1組(Cランク以上)」と書き加えられて再び掲示板に貼られた。


「じゃあ、当日に向けて準備しましょうか」

「ポーションとかはストックあるけど?」

「バカね。異世界あるあるの中に、ポーションが高価な代物だったとかあるのよ。値段を把握しないでポーションをガバガバ飲んだら、余計な詮索を受けるでしょう」

「確かに。一介の冒険者が高価な物をたくさん使ってたらおかしいもんね」

「だから、冒険者向けに道具を売っているお店に行って相場を確かめてきましょう」


 そんな話をしながら冒険者ギルドを出ると。


「あ! アイルさん達、またお会いしましたね」


 ちょうど目の前の通りに、トーニョがいた。

 彼は目ざとくこちらに気づくと、屈託のない笑顔で近づいてきた。


「まさか、二度もお会いできるなんて思ってなかったっす」

「私達もよ。何をしていたの?」

「いや、特には何も。昼飯食って、まだ休憩時間に余裕があったんで、そこら辺をぶらついてただけっすよ」

「職場に戻ってもよかったんじゃないの?」

「いやぁ。上司が仕事してる中で、部下が休憩時間とはいえ何もしないのはちょっと気が引けるというか」


 確かに、特に何をするわけでもなく周りが仕事をしている中にいるのは辛い。

 日本ではスマホをいじっていれば気を紛らわせられるが、この世界に来てからそういった類の機械は見ていない。

 この世界の技術がどこまで進んでいるのかはわからないが、少なくともスマホは無さそうである。

 それを踏まえれば、彼の行動も納得できた。


「ところで、皆さんは何をしてらしたんっすか?」

「ああ。さっき会った時にあなたが出していた依頼を受けに来たのよ」

「受けてくださるんすか!」

「ええ。でも、冒険者になってから初めて戦闘になるかもしれない依頼を受けたから、色々準備しなくちゃと思って」

「じゃあ、道具屋に行くんすよね? 俺、この辺りで良い店知ってるんで案内しますよ!」

「貴重な休み時間が減るけどいいの?」

「やることないんでむしろ歓迎っすよ!」


 トーニョは意外と世話好きらしい。

 クロノ達はどこにどんな店があるのかまだ把握しきれていなかったため、彼に案内を任せることにした。


◇◇◇


 案内されたのは、ギルドの近くにある道具屋だった。

 店構えはこじんまりとしていたが、店内は奥に長く、扱っている品数もかなり多かった。


「ここは冒険者御用達の道具屋で、品数が多いのが特徴なんすよ。あと、値段が安いっす」


 クロノがざっと売り物を見ると、確かにほとんどが銅貨だけで買えてしまうようだ。

 Eランク向けの依頼の報酬額を見ると一番高くて銀貨数十枚程度だったので、銅貨だけで買えるのは安い方だろう。

 ちなみにアイル達が最初に受けた依頼はどちらも銀貨1枚と報酬額は少なめであった。


「ポーションとかは売られてないの?」

「下級なら売ってるっすよ」


 トーニョが指さした先には確かに下級回復ポーションが陳列されている。

 しかし、クロノが「鑑定アプレイズ」すると、どれも品質が悪かった。


「もっと良いポーションは置いてないの?」

「中級とかですか?」

「いえ、もっと品質の良い下級ポーションが欲しいのだけど」

「あ、そういうことっすか。じゃあ、薬屋に行けば値段は多少張りますけど売られてるはずっすよ」

「良いポーションは薬屋にしか置いてないの?」

「下級ポーションは道具屋でもたまに良いやつ売ってたりするんすけど、中級以上は薬屋にしか置いてないっすね。まあ、作り手が限られる高価な代物になるんで当たり前っちゃ当たり前なんすけど」


 詳しく聞けば、この世界では下級ポーションは材料とレシピさえあれば誰でも作れるが、中級以上は「調剤学」や「錬金術」などといったスキルを持つ者でないと作れないらしい。

 故に、中級以上は値段が跳ね上がるようだ。

 また、下級ポーションでもそれらのスキルを使って作ると品質が上がるが、その分値段も高くなるのだという。


「中級ポーションは粗悪品でも金貨数枚はしますから、よっぽどの大怪我じゃない限り誰も使わないっすよ。ま、ランクの高い冒険者さんの中には何本か買ってストックしてる人もいるらしいっすけど」

「それだけ危険な依頼を受けるから?」

「というより、一種のステータスみたいな感じなんじゃないっすか? 俺はこんな高価な物も買えるんだぜ、みたいな」


 この世界において、中級以上のポーションは元の世界における高級ブランド品のような扱いらしい。

 クロノは、アイテムボックス内の中級及び上級ポーション各数百本はなるべく使わないようにしようと心に決めた。

 上級より上の特級ポーションなど以ての外だ。

 会話の中で特級という言葉が出なかったことからこの世界には無い可能性があるし、もしあったとしても恐ろしい値段だろう。


「でも、ポーションとかはいらないと思うっすよ。あの森、魔物も動物もほとんどいませんから」

「そうなの?」


 クロノ達は森の中の様子を思い出す。

 転移してすぐの時も、この間行った時も、確かに動物の鳴き声は聞こえなかった。

 鳥の鳴き声くらいなら聞こえてもおかしくなさそうだが、それすら聞いた覚えがない。

 それに、当時は気にしてなかったが、クロノの「索敵サーチ」で引っかかったのもあの得体の知れない生物だけ。

 魔法の範囲は森全体ではないが、少なくとも範囲内には植物とその生物以外の生き物が存在しないことを示していた。


「俺も詳しくは知らないんすけど、あの森には魔物も動物も何故か住み着かないらしいっすよ。今回調査するゴブリンの古巣だって、発見された時にはもうゴブリンはいなかったみたいっす」

「それじゃあ、何故ゴブリンの巣だったとわかったの?」

「小動物の死骸が山になって積まれてたり、ゴブリンの腰布が落ちてたりしてたらしいっす。でも、何でゴブリン達がいなくなったのかは全くもってわからないらしいっすよ」

「へぇ……そんな不思議なこともあるのね」

「だから、今回の調査でその原因がわかるかもしれない、なんて上司は言ってたっす。その魔物がいるから、他の魔物が近寄らないんじゃないかって」


 その言葉に、クロノが渋い顔になる。


「……それって、今回の調査対象がかなり強い魔物かもしれないってことよね?」

「あくまでかもしれないって話っすよ。別に俺達は魔物に詳しくないんで。今回の依頼も同僚が今まで見たことの無いでかい生き物を目撃したってだけで、もしかするとそいつの見間違えかもしれないんすよ」

「……成程。魔物かどうか判断するために冒険者を頼ったのですね」


 アイルがそう言うと、トーニョは苦笑いしながら頷いた。


「警備隊なんかよりずっと魔物を見てきてる人達っすからね。俺達は魔物と戦うなんて滅多にしないっすから。町の近くまで魔物が近づいてきた時は戦うこともあるっすけど、大抵群れからはぐれた奴とか、敵に追われて逃げてきた弱い奴とかばっかりなんすよ」

「でも、私達もそんなに魔物と戦ったことないわよ?」

「そうなんすか? まあでも、調査がメインなんで多分大丈夫っすよ!」


 なんとも不安の残る返答である。

 クロノは一先ず、その生物と戦闘になるかもしれないことは置いておくことにした。

 森の中で他の魔物や獣に襲われる心配がなくなったということで、ポーションなどの回復アイテムは買わず、巣穴に入る時に必要になるであろう手持ちのランプを買った。

 周囲を照らす魔法はもちろんあるが、いざという時に魔法が切れて真っ暗になったら危険だと思ったからだ。

 購入したランプは火をつけるタイプのものだったが、ランプ自体にかかっている特殊な魔法で油なしでも燃え続けることができるらしい。

 魔力を流して明かりを灯すランプもあったが、そちらは値段が高かったのでやめた。


「案内してくれてありがとう。おかげで良いものが買えたわ」


 トーニョのおかげで当初の予定よりも早く買い物を終わらせられたことに、クロノはご満悦だった。

 そんな彼女にトーニョが屈託のない笑顔を見せる。


「これくらいならお安い御用っすよ!」

「そうだ。まだ休憩時間は残っていますか?」


 アイルが聞くと、トーニョは近くにあった街頭時計を確認した。

 時計は現代日本でもよく見る針表示式のもので、秒針が規則正しく動いている。


「えっと、後30分くらいなら平気っすよ」

「じゃあ、何かお礼をさせて下さい」

「えっ。いや、それは悪いっすよ!」

「あら、良い提案ね。ちょっと疲れてきてたし、どこかで一緒にお茶でもどう?」

「クロノさんまで……」

「遠慮することないわ。私達、あなたに二度もお世話になっているもの」


 トーニョがいなければあの宿屋に泊まることはなかっただろうし、今日だって色んな店をハシゴしなければいけなかったかもしれない。

 何より、転移してきたばかりで何も知らないアイル達に最初に優しく接してくれたのは彼だ。

 アイルもクロノも、心から感謝していた。


「……そんなに言われると、断る方が失礼っすね。ちょっと行った先に美味しいお菓子の店があるんで、そこでお茶しましょ!」


 彼らは再びトーニョに案内されながら、彼のおすすめの店へと行くことになった。

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