第18話 恐ろしいのは、失うこと

「それで、トーニョは何の用事でここに来たのよ?」


 ようやく顔の火照りが鎮まってきたビオラがぶっきらぼうにそう聞いた。


「あ? ……ああ、そうだった。冒険者ギルドにうちから依頼をしたいんだ」

「うちからってことは、また警備隊からの依頼なの?」

「ああ、そうだよ。でも、今度は行方不明者の捜索依頼じゃねえよ」


 それを聞いていたクロノが、その会話に口を挟んだ。


「ねえ。トーニョさんは門兵さんじゃないの?」

「いや、違うっすよ。兵士みたいな格好してるんでよく勘違いされますけど、この町だと門の見張りや検問は警備隊の仕事なんすよ」

「へえ、そうなの。それで、警備隊からの依頼って?」

「これっすよ」


 トーニョは手に持っていた紙袋から一枚の紙を取り出し、アイル達に見せた。


「『ゴブリンの古巣の調査依頼』?」

「そうっす。なんでも、もうゴブリンが居ないはずの巣穴近くで魔物らしき姿を見かけた隊員がいたらしくて、冒険者ギルドに調査を依頼したいみたいっすよ」


 確かに、見せられた紙にもそのようなことが書いてある。

 どんな魔物なのだろうとクロノが読み進めていた時、横からビオラの不機嫌そうな声がした。


「てか、私に見せるより先にお二人に見せてどうするのよ。正式に依頼するならまずは私に見せなさいよ」

「別にいいだろうが。ったく、ほらよ」


 まだアイル達は読んでいる途中であったが、トーニョは見せていた紙を再び袋にしまい、ビオラへと渡した。


「ちょっと、一言アイルさん達に断わってからしまいなさいよ。どう見てもまだ読んでいる途中だったでしょう」

「え。あっ、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ。後で掲示板に貼られたものをもう一度読めば良いだけですから」

「全く。礼儀がなってないんだから」

「うるせー」


 ビオラはトーニョを叱りつつ、紙袋の中に入っていた書類を読んでいる。


「ふぅん、警備隊の皆さんの調査についていく形になるのね。となると、調査というより護衛の方が近いんじゃない?」

「冒険者の方には巣穴の中の調査をお願いしたいらしい。俺達は魔物との戦闘にそこまで慣れているわけじゃないからな」

「魔物の調査だけじゃなくて、討伐も依頼したいということ?」

「いや、基本は何か発見したら俺達に報告してくれるだけでいい。でも、魔物に見つかって襲われる場合もあるだろ? そうなったら戦闘は避けられないから、その戦闘面で頼りにしたいみたいだぜ」

「なるほどね。調査に行くのがちょうど一週間後っていうのは少し期間が短いけど、こういうのは冒険者向きだからすぐ集まると思うわ」

「お、じゃあ受理してもらえるか?」

「ええ。ギルド長から判子を押してもらわないといけないから、掲示は早くて今日の午後ね」

「おう。よろしく頼む」


 その時、ビオラがふと思い出したように、トーニョに尋ねた。


「ねえ。トーニョはあの行方不明者の調査に関わってたりする?」

「関わってはいないけど、今わかってる情報くらいなら聞いてるよ」

「そうなんだ。じゃあ、今行方不明になってる人達が元々浮浪者や孤児だった、なんて情報は入ってきてる?」


 トーニョは、目を丸くした。


「……何で知ってるんだよ?」


 その反応に、今度はビオラやアイル達が驚いた。


「え、嘘。本当にそうなの?」

「ああ。俺も今朝聞いた情報だからつい最近わかったんじゃねぇかな。唯一の共通点だって、調査本部が沸き立ってたぜ」

「他に情報は入ってないの?」

「いや、俺が聞いたのはそれくらいかな。……と、そろそろ戻んねぇと。じゃ、依頼の件はよろしく頼むな。アイルさん達もまた飯食いに行きましょ!」


 ぺこりと頭を下げ、トーニョは去っていく。

 ビオラもそろそろ休憩に入ると言うので、アイル達は行方不明者の捜索依頼を5件分全て受けるという手続きを行った後、「ドラゴンヘッド」の食堂で昼食をとることにした。


◇◇◇


 食堂に着いた彼らは、メニューの中に「カレー」の文字を発見したことにより、それぞれ自分の好みに合わせたカレーを注文することにした。

 クロノは目玉焼きをトッピングした小盛りのカレー、マオはチーズをトッピングした普通盛りのカレー、アイルは鶏の唐揚げをトッピングした大盛りカレーを注文した。


「アイルってば、そんなもの食べたら今度こそ健康診断に引っかかるわよ。この間のも基準値ギリギリだったんでしょう?」

「大丈夫だよ。こっちで食べた物は向こうに帰ったらノーカンだと思うし」

「そんなこと言って羽目を外して食べ過ぎたら、元の世界に帰った時に悲しくなるわよ」


 そんな話を小声でしながら、彼らはカレーを食べ始めた。

 味は日本のカレーに近く、子供でも食べやすい甘口だった。


「あ、そういえば。トーニョさんが持ってきたあの依頼は受けるの?」

「うーん、どうしようかしら。受けなくてもいいとは思うけど……ちょっとあの古巣の位置が気になるのよね」

「位置?」

「ええ。アイルは見てないの?」

「僕、文章読むの遅いから」

「そういえばそうだったわね。あれね、あの森の近くにあるみたいなのよ」


 カレーを口に運んでいた、アイルの手が止まる。


「……もしかして、巣穴近くで発見された魔物って」

「『暴食』が見つけた、あの生物かもしれないわ」

「こういうことになるなら、あの時調べておけば良かったかもね」

「今更言っても仕方ないでしょ。それに、私達だけで対処できる相手じゃないかもしれないし」

「それはどうかのぉ。色々制限されていたとはいえ、汝らは儂をボコボコにできるくらい強いのじゃから、この世界の奴ら相手でも余裕で無双できると思うぞ」


 口周りをカレーでベタベタにしているマオが、アイル達だけに聞こえる声でそう言った。

 クロノはマオの口をおしぼりで拭きながら、短いため息をつく。


「それも異世界あるあるの1つだけど、私達がその状態であるとは限らないでしょう。アンタだって封印されてたってことは、この世界の人にボコボコにされたんでしょ?」

「失礼な。儂の場合は神がこの世界の人間に肩入れしよったから勇者共にボコボコにされただけで、あんな奴らが普通にそこら辺を歩いておったらたまったもんじゃないぞい」

「わからないわよ? アンタが封印されてた間にそんな人達がたくさん生まれてきたかもしれないわ」

「む。確かにそうじゃな……これは早急に対策を考えねば……」


 ぶつくさと独り言を呟き出したマオを尻目に、クロノはトーニョが持ってきた依頼について考える。


「ちょっと気になるし、受けてみるのも有りだとは思うけど。やっぱり、戦闘になるのは避けたいのよね」

「それは、目立つのが嫌だから?」

「それもあるけど……怖いじゃない。魔物と戦うなんて」


 元の世界にいた時、ゲームで多くの魔物を殺してきた。

 だが、ここはゲームによく似た世界ではあるが、クロノ達にとっては現実だ。

 ゲームというフィクションの世界とは訳が違う。

 魔物に攻撃されれば痛いし、怪我だってする。当たりどころが悪ければ、命の危険だって有り得る。

 それだけでなく、魔物とはいえ生物を殺したという感覚が残るのだ。

 平和な日本で暮らしてきたクロノが怖がるのも無理はない。


「でも、このまま冒険者を続けていくなら、いずれは通らないといけない道だと思うよ」

「それはわかってるわ。でも、怖いものは怖いのよ。あなたや他の誰かが傷付く姿なんて、想像しただけで胸が締め付けられるもの」


 その言葉に、アイルは「ふふっ」と、鼻で笑った。


「……何よ、人が本気で怖がってるのに」

「いや、違うんだ。君が本当に恐ろしいと感じるのは、他人が傷つくことなんだなと思って」

「それは当たり前でしょう」

「当たり前なんかじゃないさ。普通、自分が傷付くことや死んじゃうかもしれないことを想像して怖がるものじゃない?」

「それは……」

「それはきっと、クロノさんが優しいからだよ。優しいから、自分より他の人の身を案じちゃうんだ」

「……違うわ。きっと、自分が最悪な状態になるのを想像できないだけ。他人が傷付いて、自分だけ助かることしか想像できないのよ」

「またそんな卑屈なこと言って。過度な謙遜は嫌味に聞こえるものだよ?」


 アイルは「僕の褒め言葉くらい、素直に受け取って欲しいな」と、兜越しに微笑んだ。

 それをバッチリ見てしまったクロノは、顔を真っ赤にした。


「わ、わかったわよ。以後気をつけるわ」

「うん。僕も君を心配させないように気をつけるね」

「……本当はそんな状況にならないのが一番いいのだけど」


 クロノは目の前のカレー皿に視線を落とした。

 戦闘になるのは怖い。でも、あの依頼に書かれていた「魔物」が、クロノはどうしても気になっていた。

 調べておいたほうが良い、と彼女の勘が告げている。

 調べたところで何の役に立つのかは、彼女自身にもわかってはいないのだが。


「……気になるなら、受けた方がいいよ」

「でも……」

「大丈夫。あの依頼内容だとあの場所に行くのは僕らだけじゃないよ。……それに、君のことは僕が守るから」


 最後の方は、随分と声が小さかった。

 だが、クロノの耳にはしっかりと届いていた。


「あ、あはは。カレーを食べながら言う言葉じゃないね」

「……ホントにね。もっとムードとか考えて言いなさいよ」


 兜の奥にある、アイルの顔が茹でダコのように赤くなっている。

 そして、それに負けず劣らず、クロノの顔も赤く染まっていた。

 そんな二人の様子を見て、グラジオ達を含む周囲の人々は「若いっていいなぁ」と囁きあっていた。

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