第17話 (成人男性の)教育に悪いだろ!いい加減にしろ!

 領主様の素晴らしさを聞いた翌日、アイル達は冒険者ギルドにやって来た。

 今日もマオは彼らについてきている。やはり、宿で一人待つのは嫌なようだ。

 一昨日と同じく非戦闘系の依頼を探していると、ある依頼がクロノの目に留まった。


「行方不明者の捜索依頼?」


 それは1件だけでなく、5件も同様の依頼があった。


「本当に何でも屋なのね。こんな依頼、まるで探偵みたいじゃない」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ、クロノさん。いくらなんでもこの数はおかしいよ」

「そうね。まずは受付嬢さんに話を聞いてみましょうか」


 今日も受付にはビオラがいた。

 だが、彼女はどこか浮かない様子だった。


「受付嬢さん? ……ビィちゃん!」

「はひぃ!? ……あ、クロノさんにアイルさん。今日は何の御用ですか?」

「そこに貼られてる行方不明者の捜索依頼について聞こうと思ったんだけど」

「受けて下さるんですか!?」


 ビオラが勢いよくクロノの手を掴む。

 突然の出来事に、クロノの肩がビクリと跳ねた。


「い、いきなり何するのよ!?」

「あ、ごめんなさい。嬉しくて、つい……」

「嬉しい? ……もしかして、ご家族が行方不明になってるの?」


 そう聞くと、ビオラの顔が目に見えて曇っていく。

 今にも泣き出してしまいそうな彼女に、流石のクロノも狼狽した。


「ご、ごめんなさい。不用意な発言だったわ」

「い、いいえ。私の方こそごめんなさい。家族、と言いますか……姉のように慕っていた人が行方不明なんです」

「そうだったの……」


 クロノの手から、ビオラの手が離れた。

 ビオラはその手を祈るように胸の前で組む。


「私、孤児院の出身なんです。その方も孤児で、同じ孤児院のまだ幼かった私達の面倒を見てくれた人でした。孤児院を出て就職した後も何かと気にかけてくれました。でも、最近は連絡が無くて……忙しいのかなと思っていたけれど、まさか行方不明だなんて……!」

「ビオラさん……」


 涙ながらにそう語るビオラに、アイルは憐憫の目を向けた。

 一方、クロノはその話を聞いて何か考え込んでいた。


「だから、お二人が受けて下さるのだと思って、つい……」

「そうだったのですね。でも、申し訳ないのですが、まだ受けるかどうかは決めていなくて」

「そう、でしたか。いえ、こちらこそ早とちりしてすみません」


 ビオラが悲しげな顔で頭を下げる。


「謝る必要は無いですよ。それに、僕達は受けないとは言ってません。それを決める前に、お話を伺いたくて」

「お話、ですか?」

「はい。行方不明者の捜索依頼が少し多いような気がしまして。ここではいつもこのくらい貼られているのですか?」

「いいえ。そもそも行方不明者の捜索は警備隊の方々の職務ですから、我々冒険者ギルドが行うことはありません。今回はあまりにも情報が少なすぎるということと人手不足を理由に、警備隊から直々に依頼が来たんです」

「情報が少なすぎるとは?」

「私も詳しくは知りません。ただ行方不明になった方は皆、突然消えてしまったかのようにいなくなっているそうです」

「それは、例えば食べかけのご飯を残したまま消えていたとか?」


 受付から離れ、掲示板に貼られている行方不明者の捜索依頼をじっと見つめていたクロノがその場でそう尋ねた。


「そういった方もいらっしゃったようです。中には人と会っている途中で退席した後、そのまま行方不明になった方もいらっしゃるようですよ」

「……そう。ありがとう」


 そう言って、クロノは再び視線を掲示板に戻した。

 アイルは、彼女が何かに気づきかけていると思った。

 彼にはその何かはわからなかったが、重要なことであるのは違いない。

 彼女の思考の邪魔をしないよう、アイルはさらにビオラに聞いた。


「パッと見たところ、行方不明者の年齢も性別もバラバラで共通点はないように思いますが、何かの事件に巻き込まれた可能性はあるのでしょうか?」

「それは何とも言えません。本当に何の手掛かりもないようで、些細なことでもいいから情報が欲しいと依頼を受けた際に言われたそうです」

「そうなんですか……」


 何の手掛かりも無しでは、素人に人探しは難しい。

 恐らく、警備隊も冒険者が行方不明者を見つけるのには期待していない。

 情報が全くなく捜索にも進展が見られないため、猫の手でも借りたい状態なのだろう。

 アイルがそう考えていると、急にビオラが「あっ」と声を上げた。


「どうかしましたか?」

「ああ、いえ。行方不明者の1人に何となく見覚えがあると思っていたのですが、以前うちに依頼を出しに来た方だと思います」

「その方はどういった依頼をしたのですか?」

「えっと、確か、オープンするお店の準備を手伝って欲しいという内容だったと思います。一度は事業に失敗して浮浪者となっていたそうですが、領主様の援助で就職してお金を貯めてようやくまた店を出せると嬉しそうにしてましたよ」


 それを聞いた瞬間、クロノがハッとする。

 今まで彼女の頭の中でぼんやりとしていたものが、今、ハッキリと一つの可能性を導き出した。


「ねえ、ビオラさん。行方不明になっている人達って、元は浮浪者や孤児だったりしない?」

「え? さあ、そこまでは聞いてませんね。でも、孤児の方は他にはいらっしゃらないと思います」

「そういう情報は警備隊の人に聞けばわかるかしら?」

「多分、わかると思います。でも、どこまで情報を教えていただけるかわかりませんよ。何せ、個人情報にあたりますから」

「それが行方不明者を見つける手掛かりになるかもしれないとしても?」

「えっ!? それはどういう意味ですか?」


 大きな胸を揺らして身を乗り出したビオラに、クロノは一瞬顔を引き攣らせる。

 そんなハレンチな胸を旦那アイルに近づけるんじゃない。教育に悪いだろ!

 などという考えを一瞬で打ち消し、それを悟らせない見事な笑顔を浮かべるあたり、流石クロノである。

 だが、クロノよ。アイルが成人男性であるということを忘れていないか?


「そのままの意味よ。まあ、本当に手掛かりになるかどうかはわからないけど」

「でも、行方不明の方が元浮浪者や孤児だったとして、それがどう手掛かりに繋がるんですか?」

「だから、それはわからないわ。何も関係無いかもしれない。でも、共通点があるって結構重要な情報だと思うの」

「……なるほど。でも、少しでも手掛かりが欲しいようでしたし、警備隊の方にもそう言えば教えてくださるかもしれませんね」


 神妙な顔で頷いていたビオラだが、ふとその顔をクロノに向けた。


「あの……もしかして、受けていただけるんですか?」

「そうじゃなかったら、こんなこと聞かないでしょう」


 それを聞いた瞬間、ビオラの目に涙が浮かんだ。


「ちょっと、また泣いたりしないでよ。あなた、まだ職務中でしょう?」

「ううっ、だって……他の依頼に比べて全然報酬美味しくないですし、昨日から貼られているのにまだ一人も受けてくださる方がいなかったんです……」

「ああ、そうだったの。確かに他と比べて内容と報酬額が見合ってない感じはあるけど、まあ気になっちゃったからね。受けてみるのもいいかなー、なんて思ったのよ」


 クロノはなんてことない様子で話しているつもりだろうが、目の前で嬉し泣きされて恥ずかしがっているのはアイルにはお見通しである。


「……何よ?」


 兜越しにアイルの視線を感じたクロノが彼を睨んだ。

 そんな彼女も可愛いなぁと思いつつ、アイルは「何でもないよ」と首を振った。


「あっ! 私もうすぐ休憩入るので、よろしければ警備隊の方に聞いてきますよ?」

「それは流石に悪いですよ」

「せっかく受けてくださるんですから、このくらいやらせてください! それに、この近くに警備隊の勤務隊舎があるのでそこまで手間でもないですし!」

「……そこまで言うなら、お願いしましょうか」

「はい! お任せください!」


 その時、ガチャリという音とともにギルドの扉が開かれた。

 アイル達が振り返ると、扉の向こうにはどこか気だるげな男が立っていた。

 見た事のあるその男は彼らの顔を認めると、目を大きく見開いた。


「あれ、アイルさん達じゃないっすか。いつの間に冒険者になってたんです?」

「あなたは確か……」


 アイルが思い出した名を口に出す前に、ビオラが驚いた声を上げた。


「あら? トーニョ、アイルさん達のことを知ってるの?」

「よう、ビオラ。この人達がこの町に来た時に検問してたのが俺なんだよ」


 そのやり取りに、今度はアイル達が目を丸くする。


「ビオラさんと……トーニョさん? 2人は知り合いなの?」

「そうっすけど、何で俺の名前だけ疑問形なんすか?」

「僕達、貴方のお名前を聞きそびれてしまったので……」

「え、そうでしたっけ?」


 彼は「やっちまった」と呟き、刈り上げた頭をボリボリと掻いた。


「あー、じゃあ、改めまして。俺、アントニオって言います。長いんで、皆からは『トーニョ』って呼ばれてるっす」

「ていうか、ちょっと親しげに話しかけてたのに自己紹介してないって、社会人のくせにマナーがなってないんじゃないの?」

「何だよ? たまたま忘れちまってただけだっての」

「どうだか。トーニョは昔から礼儀がなってなかったからねー」

「ああん? それを言うならお前だってイタズラしまくって院長先生に怒られてたじゃんか」

「それは大昔の話ですぅー。もう一人前の女性なんだから、イタズラなんて子供っぽいことしないわよ」

「俺だってちゃんと礼儀正しく仕事してるからな!」

「……えっと、お二人共。喧嘩はそのくらいにした方が良いと思いますよ?」


 アイルの言葉に二人はハッとして、周囲を見回した。

 ギルド内にいるほぼ全員が彼ら二人を見つめていた。

 ビオラの上司と思しき女性は、こめかみをピクピクさせながら恐ろしいほど満面の笑みを浮かべている。


「「……すみませんでした」」


 余りの恐怖に、ビオラとトーニョが揃って頭を下げる。

 幸いにもその場でのお咎めは無く、今度は二人で揃って胸を撫で下ろした。

 彼らの息ぴったりな様子に、クロノは込み上げてくる笑いを何とか堪えていた。


「お二人共、仲が良いのですね」

「「はぁ!? 誰がコイツと……」」

「ぶふぅ!」


 遂に堪えきれなくなり、クロノは口元を手で押さえながら笑った。

 その隣でアイルは、兜越しからでもわかる暖かい目をビオラとトーニョに向けている。

 それに気づいて恥ずかしくなった二人は、互いに赤い顔のままそっぽを向いた。


「ふふっ……あー、よくあるラブコメみたいで面白かったわ」

「笑わないでくださいよ。てか、ラブコメってなんすか?」

「何でもないわ。若いっていいわねぇ」

「え、クロノさんって私達より年下ですよね?」

「まあ、そんなこといいじゃない」


 首を傾げる二人を、クロノは適当に誤魔化す。

 その傍で「何故他人がイチャつくところを二度も見せつけられなければいけないのじゃ……」と、マオがげんなりしていたのは言うまでもない。

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