第15話 マシュマロもギモーヴも元はウスベニタチアオイのデンプンから作られていたらしい

 翌日の早朝、アイル達は部屋で転移魔法を使い、最初に降り立った森の中へとやってきた。

 なお、今回はアイルの方が早く起きたため、昨日のようなことは起きていない。


「特に変なところは無し、人目も無し、と。じゃ、さっさと始めましょうか」

「始めるのはいいけど、どの子で試すの?」


 「大罪の悪魔」の中には「憤怒」のように全身から炎を吹き出している者もいる。

 元の姿に戻った時に森が燃えるなんてことは避けたい。

 また、好戦的な者も多く、いきなり攻撃される可能性も無くはない。

 マオが止めてくれるとはいえ、素直に言うことを聞くのかどうかもクロノとしては怪しかった。


「まず『憤怒』は絶対ダメね。燃えるし好戦的すぎるし。あと、『傲慢』も好戦的な上に身体が長いから木を薙ぎ倒しそう」

「身体が小さめで大人しい子となると……一番当てはまりそうなのは『暴食』かな?」

「『暴食』ねぇ。私、アイツ嫌いなんだけど」


 ゲームにおいて「暴食」は最もプレイヤーを苛立たせた敵と言われていた。

 巨大な蝿に王冠と錫杖を身につけた見た目で話し方もやたら偉そうなのが特徴だが、この敵がプレイヤー達を苛立たせたのはその行動にある。

 まず、戦闘前の会話シーンがゲーム内で最も長い。しかし、戦闘に役立つようなことや重要なことは何一つ言っていなかった。

 最初の戦いでは会話をスキップできないため、ここでプレイヤーの大半が「このシーンいるのか?」と苛立ったに違いない。

 そして、戦闘もラスボス同様、ほぼ確実に長期戦になる。

 「暴食」は無数の蝿を操って攻撃と防御を行うのだが、その蝿を取り込むことで体力を回復してくる。

 更に、吸血攻撃でこちらの体力を削りながら体力回復を行ってくるため、やたらとタフだった。

 また、他の「大罪の悪魔」は戦闘中に奇声くらいしか発さないのに、「暴食」はきちんと言葉を発する。それがこちらの神経を逆撫でするようなものばかりで、実装当初は「運営は性格が悪い」と掲示板が荒れた。

 ……とまあ、そんなふうにラスボスよりもプレイヤー達に嫌がられている敵が「暴食」である。

 クロノ達も例に漏れず「暴食」に苦手意識を持っていた。


「ゲームのままの性格だったら面倒くさいわよ?」

「そこはマオ君がいるから大丈夫……じゃないかな?」


 アイルがちらりとマオを見る。

 それに気づくと、マオは可愛らしく首を傾げた。


「『暴食』を呼べば良いのか?」

「アンタは元に戻したい配下はいないの?」

「本当であれば全員を元に戻してやりたいのじゃが」

「そんなことしたら森が無くなるし、目立って人に気づかれるわよ」

「クロノがそう言うと思って我慢したのじゃ。仮にも指輪の所有者は汝らであるから、汝らの意見を優先するべきじゃろ?」


 その発言に、クロノは目を丸くした。


「……アンタ、変なものでも食べた?」

「なんじゃ、藪から棒に」

「いや、マオが私達の意見を優先するとは思わなくて。どっかで拾い食いでもして調子悪いのかと思ったのよ」

「汝は儂を何だと思っておるのじゃ。儂だって協力者の意見くらい聞くぞ」

「私は協力してるつもりないけど? てか、意見聞いてくれるなら依頼についてきたりしないでよね」


 睨み合うクロノとマオの間にアイルが割って入る。最早慣れてしまったのか、彼は少し呆れた様子で2人を宥めた。


「喧嘩はそのくらいにして。マオ君に『暴食』を呼んでもらって早く試してみよう?」

「……それもそうね」

「……確かにそうじゃな。では、呼び出してやるから、少し待っておれ」


 クロノを睨みつけながらも、素直に引き下がったマオが「配下召喚」を行う。

 最初に見た時よりかなり小さくなった闇の中から、1匹の蝿が現れた。

 その蝿はどこかへ飛んでいくことなく、マオの周りをブンブンと飛び回っている。


「コイツはそのまんまなのね」

「元々蝿がベースみたいな姿だったからね」

「うう、『暴食』もこんな姿になって……。待っておれ、すぐに元に戻してやるからの」

「元に戻すのは私たちなんだけど。てか、ホントにできるかも分からないのに」


 そう言いながらも、クロノは「暴食の指輪」を取り出す。


「じゃ、まずは私からやってみるわ」


 彼女は指輪をはめ、その中に込められた力を解放するよう念じる。

 指輪の中に何らかの力があり、それが動いているのは感知できたが、放出しようとすると謎の抵抗を感じた。

 いくらやってもその抵抗のせいで力を放出することができない。


「……ダメね。できそうな気はするのに」

「じゃあ、僕がやってみるよ」


 アイルも指輪をはめて同じように念じたが、結果は変わらなかった。


「僕もダメみたい。やっぱり、あの指輪とは別物なのかな?」

「そうかもね。じゃあ、実験はこれでお終いということで」

「ちょっと待つのじゃ! 汝ら、諦めるのが早すぎるぞ!」

「やってみてできなかったんだから、もう終わりでいいでしょ?」

「良くないのじゃ! 他にも試すべきことはまだあるじゃろう? 例えば、2人同時に発動してみるとか!」


 クロノとしてはさっさと切り上げたいのだが、マオは一向に引く気配がない。


「はいはい。2人同時にやればいいのね? アイル、いくわよ?」

「了解」


 この時、彼女はどうせ成功するわけがないと鷹を括っていた。

 アイルも成功するとは思っていなかった。

 しかしながら、彼らの予想に反し、指輪の中の力は何の抵抗も無くスルッと外へと放出された。

 彼らが驚いたのも束の間、マオの周りを飛び回っていた蝿が輝きだし、徐々に巨大化していく。

 最終的にアイルの2倍ほどのおおきさとなり、ゲームで見ていた「暴食」と変わりない姿となった。


「本当に成功しちゃった……」

「リアルで見ると大きいねぇ」


 若干反応に差のある夫妻を尻目に、マオは「暴食」へ呼びかけた。


「『暴食』よ。儂がわかるか?」


 「暴食」はその複眼をマオへと向ける。


「おお、我が君。なんと嘆かわしい御姿に成られて……」


 大袈裟に目に手を当てて嘆く「暴食」だが、その目から涙は出ていない。

 虫だからなのか、本当は悲しくないからなのかは不明である。


「儂のことはよい。それより、そなたの力が戻って儂は嬉しいぞ」

「勿体なき御言葉。この『暴食』、未だ不肖の身なれど、御期待に添えるよう誠心誠意仕えさせていただきます」


 嬉しそうにニコニコと笑う少年に向かい、その少年よりはるかに大きな蝿が跪いているという、異様な光景がそこには広がっていた。


「良かったね、マオ君」

「なんにも良くないわよ。コイツ、どうするのよ?」


 クロノが「暴食」を指差すと、それに気づいた「暴食」が彼女を睨みつけた。

 いや、実際には眉や瞼などがないため、睨みつけたように見えたというのが正しいだろう。


「おい。貴様、今この私をコイツ呼ばわりしよったな?」

「それがどうかした?」

「私が、いと尊き我が君に仕える『暴食』と知っての狼藉か?」

「知ってるわよ。でも、こんなの狼藉になんて入らないわ。別に私、アンタのこともアンタのご主人様のことも敬ってなんかないし」

「なんだと……! 貴様、今すぐ頭を垂れよ! その首、叩き切って晒してやる!」

「随分短気なのね。ご主人様そっくり」

「さらっと儂のことも馬鹿にするでない!」


 周りに人気がないせいか、彼らの口喧嘩は徐々にヒートアップしていく。


「私だけでなく我が君まで侮辱するか! 最早晒し首だけでは済まされん、この世のありとあらゆる苦痛を貴様に味わわせてやる!」

「へえ、やってみなさいよ。やろうとした瞬間にアンタとアンタのご主人様を消し炭にしてあげるわ」


 「暴食」は大量の蝿を召喚し、クロノはゲーム時代に愛用していた杖を取り出して魔法を唱えようとしている。

 まさに一触即発といった状態だった。


「減らず口を叩いていられるのも今のうちだ。恐怖に身を震わせ、泣いて命乞いをするがいい。勿論、助けてなぞやらんがな」

「とってもよく回るお口ですこと。そんなに良く回る口なら、火の回りも早そうね?」


 そして、まさに戦いの火蓋が切って落とされようとした時。


「はい、ストップ!」


 2人……いや、1人と1匹の間に、アイルが割って入った。

 そして、それぞれの口に何かを押し込んだ。


「「むぐっ!」」


 喋っている時に口に物を突っ込まれ、どちらも同時に情けない声を出した。

 1人と1匹は何をされたのかと訝しみながらも、口の中の甘く柔らかい感触に思わずモグモグと咀嚼する。


「ふわふわもちもちの食感にフルーティな甘さ……これは、以前にも口にしたことがあるような……?」

「覚えていらっしゃるのですね。先日、他の悪魔さん達と一緒に貴方が召喚された際にお渡しした、『ギモーヴ』という名のお菓子です」

「『ギモーヴ』……ふむ、良い響きだ。味も良いし、中々に中々の菓子であるな」

「お気に召したようで何よりです。まだまだご用意できますから、遠慮なくどうぞ」

「下等種である人間にしては準備の良いことだ。献上品として受け取ってやらんこともない」


 そう言いながらも、蝿達を引っ込めた「暴食」の手(足?)は、アイルが持つ籠の中のギモーヴへと伸びている。


「む。ずるいぞ、『暴食』。アイルよ、儂にもそのぎもーぶとやらを寄越すのじゃ!」

「いいよ。はい、どうぞ」


 マオも籠からギモーヴを1つ貰い、それを頬張った。

 もにゅっもにゅという食感と共に、フルーツの香りが鼻に抜ける。

 まるで本物のフルーツをそのまま閉じこめたような芳醇な味わいに、「暴食」とマオは舌鼓を打っていた。


「……なんか、一昨日も見たような光景ね」

「あ、クロノさんも食べる?」


 アイルも食べているのか、その言葉はモゴモゴと少しこもったように聞こえてきた。


「あー……食べるわ」


 最早ツッコむのに疲れたクロノは、「疲れた脳には甘い物を」と彼の差し出した籠の中のギモーヴを手に取ったのだった。

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