第12話 動物は可愛いけど、やっぱりサイズ感って重要だと思うの
一方その頃、アイルは郊外にある住宅街にやって来ていた。
そこは大きな屋敷が立ち並ぶ高級住宅街らしく、そのうちの一つが目的地だった。
その敷地内に足を踏み入れると、庭の方から声をかけられた。
「もしかして、依頼を受けてくださった方ですか?」
駆け足で近づいてきたのは、栗色のショートヘアが似合う少女だった。
しかし、その格好はオーバーオールという、大きな屋敷の家主にしては些かラフすぎるものだった。
「はい。冒険者ギルドから来ました、アイルファーと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私はカーラといいます。まずは依頼内容の説明をさせていただきたいので、どうぞ中へお入りください」
カーラという少女と共に屋敷の中へ入ったアイルは違和感を覚えた。
広い屋敷なのに全く人がおらず、家具なども少ない。
恐らく絵画などの美術品を飾っていたのではないかと思う場所にも、今は何も飾られていなかった。
不思議に思うアイルではあったが、それを尋ねるのは失礼だろうと思い、黙って彼女の後をついていった。
応接室のような場所に案内されたが、そこにもソファーと机があるだけで、他に調度品はなかった。
「気になりますよね、お屋敷の中が何故こんな状態なのか」
「ええ、まあ……」
アイルの返事に、カーラは苦笑いをする。
「別に複雑な事情があるわけではないんです。実はこの屋敷の家主は王都に引越しを進めている最中でして、こちらから荷物を移している途中なんです」
「そうでしたか。では、貴女はどうしてこちらに?」
「私はこの屋敷の使用人をさせていただいているのですが、荷物を完全に移すまでの間、屋敷の管理を任されました」
「この屋敷には今、貴女お独りで暮らしているのですか?」
「はい。他の使用人は王都にある新しいお屋敷の方へ行っていますから」
カーラは「ああ、でも」と、何か思い出したようにクスリと笑った。
「正確に言えば、この屋敷には私の他にも住んでいる子がいますね」
「その方は今どちらに?」
屋敷にいるのなら挨拶しなければと思い、アイルが立ち上がろうとすると、カーラが慌てた様子でそれを止めた。
「言い方が悪かったですね。今私と一緒に暮らしているのは人間じゃないんです」
「……ああ、もしや、依頼書に書かれていた」
「はい。私が世話をさせていただいている、家主のペットと共に暮らしております」
アイルはそれでようやく合点がいった。
依頼主はこの少女であるらしいので、ペットではなく「世話をしている動物」と書かれていたのだろう。
「元々私がお世話係を任されておりまして、王都のお屋敷にペット用品が運ばれてくるまでこちらでお世話させていただいてます」
「では、そのペットのお世話をお手伝いすれば良いのでしょうか?」
「お手伝いというよりは、本当に遊び相手になってくだされば大丈夫です。いつもは私が遊び相手をしているのですが、先日足をくじいてしまって……。歩くのは大丈夫なのですが、走ると痛くて。1人で遊ばせるのは何だか可哀想で、冒険者ギルドの方に依頼を出したんです」
「成程。私が遊び相手になってその子が満足してくれるかわかりませんが、精一杯頑張らせていただきます」
アイルが頭を下げると、カーラは目を丸くした。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。冒険者の方って何となく粗暴なイメージがあったものですから。それに、こういうふうに誰かから頭を下げられるなんてこと、今まで無かったもので……」
「驚かせてしまいましたか?」
「少しだけ。ですが、アイルファーさんのような方に受けていただけて嬉しいです。これからその世話をしている子――名前はノワールちゃんというのですが、その子のところに案内しますね」
応接室を出たカーラの後ろをついていくと、今度は中庭へと案内された。
しかしながら、そこは庭というより、サッカーグラウンドのようだった。
綺麗に刈り取られた芝生だけが広がる中、その丁度真ん中辺りに巨大な黒い物体が鎮座している。
その巨大な何かはのそりと動き、アイル達の方へと振り返った。
「ノワールちゃん! 良い子にしてましたかー?」
カーラが大声で叫ぶと、その黒い何か――サーベルタイガーと黒豹を足して2で割ったような生物――が、こちらに駆け寄ってきた。
人の倍以上の体躯を持つそれに一瞬身構えるアイルであったが、カーラはその生物に自ら近寄っていく。
「カーラさん!?」
「ああ、大丈夫ですよ! あの子は人を襲ったりしませんので!」
その言葉通り、黒い生物はカーラに擦り寄り、その顔をペロペロと舐めだした。
「くすぐったいですよ、ノワールちゃん」
カーラとじゃれ合う様子からは確かに危険を感じない。
しかし、人間を丸呑みできそうな巨大生物が依頼にあった動物だと知り、アイルの血の気が引いたのは言うまでもない。
「この子はサーベルパンサーという魔物の1種なんですが、産まれたばかりの時に親に捨てられてしまったようで、たまたま見つけた旦那様が連れて帰って育てたのだそうです。野生の子達とは違って大人しくて人馴れしていますから、そこまで危険性はないですよ」
「……そこまで?」
「あ、たまにこの子は甘噛みのつもりでも結構深くて出血したり、じゃれ合っている時にこの子の力が入りすぎて骨折させられたりすることもあるみたいです。でも、私は今のところそんなことにはなってないので大丈夫ですよ!」
カーラは焦ったように、ノワールの世話は安全であると主張した。
彼女が焦るのも無理はない。
この世界で魔物とは人間を襲う危険生物として知られ、このように大人しく飼われているケースなど極稀である。
大抵の冒険者は見た瞬間に逃げ出すか、辞退を申し出るだろう。
「……すみません、何も詳しいことを書かずに依頼を出してしまって。書いたら絶対に受けてもらえないだろうと思いまして。あの、もし受けられないというのでしたらお帰りになって構いません」
しょんぼりとするカーラの顔を、ノワールが「大丈夫?」と言わんばかりに覗き込む。
彼女は愛おしそうにノワールを撫でた。
「いえ、受けさせていただきます」
アイルはハッキリとそう言った。
断られると思っていたカーラの顔は、驚きを隠せていない。
「え? ほ、本当に良いんですか?」
「はい。僕を見ても警戒してませんし、遊ぶのは問題ないですよ。それに、何より可愛らしい子じゃないですか」
最初こそ血の気が引いたアイルであったが、元より動物好きの彼はカーラとじゃれ合うノワールを可愛いと感じたらしい。
最悪、怪我しても回復魔法が使えるから大丈夫だろう、とも思っていたが。
そんなことは露ほども知らないカーラは、ぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます! 早速で申し訳ありませんが、ノワールちゃんと遊んでいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました。ですが、何をして遊べば?」
「できれば、ノワールちゃんと追いかけっこをして欲しいです。この子、追いかけっこが一番好きなので」
ふとアイルを見たカーラは、「あ!」と口にした。
「その鎧姿で走り回るのは難しいですよね。屋敷にもアイルファーさんに合うサイズの服はありませんし、一度着替えるために戻っても構いませんよ?」
そう言われて、アイルも自分が鎧を着ていたことを思い出した。
まだ2日目だというのに、彼の中で最早鎧を着ているのに違和感が無くなりつつあった。
それくらい着ている鎧に重さを感じないというのもあるが……兜の視界の悪さにすら慣れてしまうのは、色んな状況に慣れるのが早い彼ゆえかもしれない。
「確かに、鎧でノワールちゃんを傷つけてしまう可能性もありますし。今ここで着替えますね」
「へ?」
アイルはアイテムボックスの機能の一つ、「装備」を使う。
これはゲームにあったアイテム欄から装備するのと同じく、アイテムを取り出さずとも身につけている物を変更できる機能である。
昨夜、アイルがやっていた「装備一括解除」などもこれに付随する機能である。
「これで大丈夫ですかね?」
アイルは鎧からジャージ姿に変わっていた。
ジャージは全ての能力が初期装備とほぼ変わらないため、今の彼にとっては完全にネタ装備である。
しかし、今着ているジャージは非常に着心地が良く、鎧よりも断然動きやすかった。
「アイルファーさんって魔術師だったんですか?」
「いえ、これはスキルの1つですよ」
「あ、そうなんですね。では、その頭に被っているものは……?」
鎧からジャージ姿に変われば、当然頭部が露出する。
クロノとの約束を律儀に守ろうとしたアイルは、顔を晒すのを避けるために頭アクセサリーを付けていた。
「これは『ジャック・オ・ランタン』ですよ。ただの被り物です」
クロノ曰く「クソダサい頭アクセサリー」こと「ジャック・オ・ランタン」を付けたアイルはジャージ姿も相まってただの変人にしか見えない。
なお、後に「顔を隠すだけならお面で充分じゃない?」とクロノに指摘され、ちょっとした後悔に苛まれることになる。
「不思議な被り物ですね。でも、前が見ずらくありませんか?」
「兜で慣れてますから」
「そ、そうですか……」
カーラはアイルに顔を見せたくない理由があるからだと察し、つっこまなかった。
それがアイルにとって仇となったのは言うまでもない。
「では、今度こそよろしくお願いします」
「はい。お任せ下さい」
何やかんやありつつも、アイルとノワールの追いかけっこが始まった。
最初こそ手加減していたノワールであったが、アイルに余裕があるとわかるや否や、次第にスピードを上げた。
そのうちノワールはトップスピードとなり、アイルは命懸けで逃げ回る羽目になったのだった。
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