第11話 誇張はしたが、嘘は言っていない

 ビオラによると今日から依頼を受けられるそうなので、アイル達は依頼書が貼られている掲示板を見ていた。


「Eランクの依頼は……ここら辺に貼られているやつね」


 冒険者はA~Eにまでランク分けされている。

 駆け出しはEランクで、一定の功績と昇格試験を経て、Dランク、Cランクと徐々に上がっていく。

 一般的にはAランクまでしかないが、特別なランクとしてSランクも存在している。

 Sランクは別名「英雄ランク」と呼ばれ、町1つ以上に被害が出そうな魔物の大群などを倒した者に与えられる。

 いわば、人々を救った英雄に与えられる称号のようなもので、中には物語として一生語り継がれているSランク冒険者もいるらしい。

 目立ちたくないアイル達にとっては絶対になりたくないランクである。


「……なんか、勝手にフラグを立てられた気がする」

「うん? 何か言った?」

「何でもない。それより、受ける依頼はどうするの?」


 掲示板に貼られていたEランク向けの依頼は2つ。

 1つ目はこの町の孤児院からで、内容は「子供達の遊び相手になって欲しい」であった。

 2つ目は一般市民からの依頼で、「世話をしている動物の遊び相手になって欲しい」だった。


「どっちも何でも屋的な内容の依頼ね」

「この2つ目の『世話をしている動物』ってどういう意味だろう?」

「そりゃあ、ペットって意味じゃないの?」

「いや、それだったらペットって書くんじゃないかな?」

「そう言われると確かに。誰かから預かってるけど手に負えなくて困ってるとか?」

「子供達の相手も大変そうだけど、動物の遊び相手になるのも大変そうだなぁ」


 2人がどちらを受けようか悩んでいると、それまで黙って見ていたマオが口を開いた。


「悩むくらいなら両方受ければ良いじゃろう。2人で1つを受けるのではなく、1人で1つ受ければ今日中に終わると思うぞ」

「ああ、そっかぁ。その手があったね」

「その手も何も、これが1番効率の良い稼ぎ方じゃろうに」

「アンタが受けるわけじゃないのによく言うわよ」

「汝らがいつまでも悩んでおるから儂がわざわざ助言してやったというのに、その言い方はないのではないかの?」


 再び言い争いが始まりそうだったので、アイルはさっさと貼られていた2枚の依頼書を受付へと持っていった。


「こちらの依頼ですね。両方アイルファーさんが受けられるのですか?」

「いえ、1つはクロノさんが受けて、もう1つの方を僕が受けようかと」

「では、アイルファーさんはどちらを受けられるますか?」

「どうする、クロノさん?」


 後ろでマオと睨み合うクロノに尋ねると、彼女は少しの間考え込んでこう言った。


「……孤児院の方を受けようかしら。私、あんまり動物に好かれないのよね」

「そうなの?」

「ええ。よく近所の犬に吠えられてたから」

「それだけじゃ嫌われてるのかわからない気もするけど。でも、クロノさんがそう言うならそうしようか」


 こうして、アイル達はそれぞれ依頼を受けて、現地に向かおうとしたのだが。


「……何でアンタはまだついてこようとしてるのよ?」


 2人が依頼先に向かっている時も、マオはずっとついてきていた。


「こんな可憐でぷりちーな子供を1人で歩かせるつもりかの?」

「こういう時だけ子供のふりをするんじゃない。ここから宿屋までそんなに遠くないし、大人しく帰って待ってなさいよ」

「嫌じゃ」


 ぷいっと顔を背けるマオにクロノがキレそうになっていると、アイルに「まあまあ」と宥められた。


「マオ君もきっと寂しいんだよ。それに非力になっている今、敵対していた人間のいる場所に1人でいたくないんじゃないかな?」

「寂しいかどうかは別にして、その可能性が確かにあったわね」


 今ではこんな姿だが、マオはかつてこの世界を征服しようと目論んでいた「魔王」。

 人間にバレれば即殺されてしまう上、力を失っている今はそれを自力で防ぐ手立てがない。

 マオが身の安全を考えるなら、夫妻のそばにいるのが一番安全であると言えた。


「だからといって、依頼先にまでついてこられても困るんだけど」

「でもさ、孤児院だったら大丈夫じゃない? マオ君も子供達の遊び相手になれるわけだし」

「……確かにそうね」


 どんな動物かわからない上に依頼者の手に負えていない動物である可能性が高いアイルが受けた依頼には連れて行けない。

 それに比べ、孤児院の子供達となら遊び相手になれる見た目をしているし、孤児院側もマオがいることを咎めたりはしないであろう。


「マオは引きそうにないし、しゃあないか。私がマオを孤児院まで連れていくよ」

「お主、まさか儂を孤児院に預けようと思ってないだろうな?」

「そんなこと1ミリも考えてなかったんだけど……その手があったか」

「な、何じゃと!?」

「ちょっとクロノさん、からかうのは止めてあげなよ」

「冗談よ。アンタみたいな危険な奴を孤児院になんて預けられるわけないじゃない」


 ケラケラ笑うクロノを頬を膨らませて睨むマオであったが、結局彼女についていくこととなった。


◇◇◇


 クロノとマオはアイルと別れ、孤児院にやって来ていた。

 真っ先に目に入ったのは、まさに小さな町の教会という雰囲気の建物であった。

 どうやらその教会の隣にある小さな建物が孤児院であるらしい。

 金属製のドアノッカーで扉を叩くと、いかにもシスターといった服装の女性が中から現れた。


「はい。何か御用でしょうか?」

「すみません。私、冒険者ギルドで依頼を受けた者なんですが」

「あら、そうでしたか! どうぞ中へ入って」

「あ、その前に。この子が一緒でも大丈夫ですか?」


 クロノがそう尋ねると、女性はそこでマオの存在に気づいたようだった。

 女性はマオを見ると、目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。


「まぁぁ! なんて可愛らしい子なの!」


 そして、彼女はマオに抱きついてきた。

 突然のことにマオもクロノも反応できず、マオは抵抗する間もなく抱きつかれてしまった。


「ああ、ほっぺたぷにぷにで髪の毛もフワフワだわ。お名前はなんて言うの?」

「ええっと、その子はマオって言います」

「まあ、マオちゃんっていうのね? お名前も可愛らしいわぁ」


 グリグリと頬ずりされているマオの目が次第に死んでいく。

 その女性の奇行っぷりに、流石のクロノもマオが可哀想に見えてきた。


「……あの、マオが中に入っても大丈夫ですよね?」

「ええ、もちろんよ! むしろ、この孤児院に預けてくれても構わないわ!」


 笑顔で放たれた女性の言葉に、マオが「絶対に止めてくれ」と目だけでクロノに懇願する。


「さ、流石にそれはちょっと……」

「そうよね。預けるためにここに来たわけでもないし。でも、一時預かりなんかもやってるから、困った時は頼ってね」


 女性はマオに頬ずりするのをやめ、名残惜しそうではあったがマオから離れた。


「一時預かりというのは?」

「子供を決まった期間だけお預かりすることよ。昔はそういうことはやっていなかったのだけど、この町では働く女性が増えてきていて、領主様から寄付といったお力添えもあって、こういったことができるようになったの」

「へえ……福祉に力を入れてるとは聞いてたけど、こういうところにも力入れてるのね」

「ええ。他では孤児院の経営が成り立たなくなっているところもあるけれど、ここは領主様のおかげでお金の心配がなくなって、子供達に良い暮らしをさせてあげられているわ」


 思った以上に福祉がちゃんとしている町なのだと感心しつつ、クロノ達は孤児院へと足を踏み入れた。

 まだ昼食前らしく、出迎えてくれた女性は調理をしなければならないと、子供達にクロノ達のことを紹介すると、彼女はその場を離れていった。

 その直後、子供達があっという間にクロノの周りを取り囲んだ。


「ねえねえ、冒険者ってどんなことするの?」

「ダンジョンっておっかない魔物がいっぱいいるんだろ?」

「お宝もいっぱいあるって聞いたよ!」

「クロノお姉さんのお話が聞きたいなぁ」


 普段、冒険者と関わる機会が少ないのだろう。

 好奇心旺盛な子供達はクロノにありとあらゆる質問をした。


「お姉さんは冒険者になったばかりだからダンジョンとかの話はできないわ」

「そうなの?」

「なんだぁ、残念」


 あからさまに不貞腐れる子供達に、クロノは苦笑いする。


「でも、(ゲームで)それなりに魔物は倒してるから、それでも良ければお話するわ」

「本当!?」

「聞きたい聞きたい!」


 子供は素直だなぁとしみじみ思いながら、クロノは昼食の時間まで多少誇張しながら話をしたのだった。

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