第10話 天然か養殖か(注:食べ物の話ではありません)

 アイナが帰った後、アイル達は冒険者ギルドへとやって来ていた。

 昼前は人が少ないと聞いて、今のうちに登録を済ましておこうと思ってのことだった。


「……何でアンタがついてきてるのよ。部屋で待ってなさいって言ったでしょう?」


 クロノは足元にいるマオを見て嫌そうな顔をした。


「ふん。敵情視察は基本だろう」

「敵って、アンタは冒険者と戦うつもりなの?」

「当たり前じゃ。儂達の力が戻った時、奴らも儂達に立ち向かってくるに違いない。いざという時に奴らの弱みを知っていれば取れる策が増えるからの」

「とか言って、本当は置いていかれるのが寂しかったんじゃないの?」

「じゃから、儂は子供ではないと……!」

「こら、2人とも。入口で立ち止まると迷惑だよ」


 睨み合う彼らをアイルが宥めながら、ギルドの扉をくぐる。

 話に聞いていた通り、中にいる人は少なく、受付にも女性が1人立っているだけだった。


「すいません、冒険者登録をしたいのですが」


 アイルがそう話しかけると、受付の女性は書類を書いていた顔を上げた。

 彼女はズレた丸眼鏡を直しながら、ニッコリと微笑んだ。


「ようこそ、冒険者ギルドへ! 冒険者登録ですね。では、こちらの用紙にご記入をお願いします!」


 10代半ばと思しき彼女はツインテールを揺らしながら、用紙を差し出してくる。

 それと同時に、彼女の幼い顔に似合わない胸の膨らみが強調される。

 本人にはそのつもりは無いのだろうが、見ている方はそんな感じがした。

 クロノが妬みと悲しみの混ざった複雑な顔でそれを睨みつけていたのは言うまでもない。


「あ、もう1枚いただいてもよろしいでしょうか? 彼女も一緒に登録をしに来たのです」


 クロノの様子に全く気づいていないアイルがそう言うと、受付の女性はクロノを見て首を傾げた。


「えーと、失礼ですが、そちらの方は年齢足りてますか?」

「こちとら14歳じゃボケェ!」


 沸点の低くなっているところにそんなことを言われてブチ切れたクロノだったが、受付の女性がそれを気にした様子は無く、驚いた顔をした。


「えっ!? 私と2コしか違わないんですか?」

「に、2コ?」

「私、16歳なので! 若く見える方って羨ましいです!」


 嫌味なのか天然なのかわからない発言にクロノは魔法で周囲を火の海にしかけるが、アイルとマオによって必死に止められたために事なきを得た。

 そんな一悶着がありながらもアイル達は登録用紙に記入し終わり、受付に提出する。

 こちらの世界の文字は元からなのか翻訳されているのかは不明だが、日本語であった。

 記入事項も名前以外は記入する必要がないらしく、彼らは名前だけを書いた。


「ええっと、『アイルファー』さんに『クロノ』さんですね! それではカードを発行しますので少々お待ち下さい!」


 そう言うと、受付の女性は受付の向こうに登録用紙を持っていき、こちらからは見えない位置でしばらく何かをしていた。


「……お待たせしました! こちらがお二人のギルドカードになります」


 渡されたのはそれぞれの名前が入ったカードだった。

 プラスチックのような材質の白く薄い板に黒字で名前が書かれているだけで、他に装飾などはない。


「そちらのカードは身分証代わりになります。また、依頼を受ける際に依頼書と共に受付に提示していただかないと依頼を受けられませんので絶対に無くさないようにして下さい!」

「もし壊れてしまったり、無くしてしまった場合はどうしたら良いのですか?」

「特殊な素材でできているのでそう簡単には壊れません。しかし、壊れたカードをお持ちいただければ無償で新しくお作りしますよ。無くしてしまった場合は罰金として銀貨1枚頂戴致しますのでご注意を!」

「特殊な素材って、一体何を使っているの?」

「それは企業秘密です! でも、耐熱性・耐久性に優れていて、かつダンジョンに取り込まれない素材でできています」


 この世界のダンジョンでは、中で倒した魔物は一定時間が経つと消えてしまうらしい。

 消えていく様を見た者はいないようだが、それをこの世界の人々は何故か「ダンジョンに取り込まれた」と呼んでいる。

 取り込まれるのは魔物の死体に限らず、中で死んだ人やその持ち物なども時間が経つと消えてしまう。

 ダンジョン内に入った人の管理は行われているが、出てこないからといって本当に死んだのかどうか判断するのは難しい。

 広大で複雑な作りのダンジョンも存在しており、単に中で迷って出られなくなっている可能性もある。

 このギルドカードは持ち主が死んでもその場に残るため、これがダンジョンに落ちていれば死亡が確定される。

 このギルドカードの採用で、いつまでも見つからない冒険者を探して人員を割く必要がなくなったそうだ。


「まあ、ダンジョンで死んじゃうような無茶をしないでいただけるのが1番良いと思いますけどね」

「でも、お宝求めて入るのがダンジョンなんでしょう?」

「それはそうなんですけど。ご遺体が残らないでカードだけ残ってしまうのも、寂しいと言いますか、切ないと言いますか……」


 それまで元気いっぱいといった様子だった受付の女性が、悲しそうに目を伏せた。

 ギルド職員ということもあって、カードだけ残して消えた冒険者を実際に知っているのかもしれない。


「そうならないようにギルドでも色々と対策してるんでしょう?」

「ええ、まあ、そうなんですけどね。それでも無茶する人はいますし、避けられない戦闘で命を落とす方もいますから」

「それはもうその人達の責任というか、運が無かっただけでしょう。あなたが気にする必要ないじゃない」

「……そうやって割り切れたら良いんですけど」


 そう言って唇を噛み締めていた彼女だったが、突然ハッとしてアイル達に頭を下げた。


「すみません! 急にこんな話をしてしまって」

「大丈夫ですよ。それに僕達は今のところダンジョンに入るつもりは無いので安心してください」

「そうでしたか。あ、でも、ダンジョンの他にも魔物が出る場所はありますし、町に近い森とかなら野盗が出る場合もありますので充分に気をつけてくださいね!」

「ご忠告ありがとうございます」


 その後、受付の女性は冒険者のランクのことや依頼のことなど、様々なことを丁寧に説明してくれた。

 既にグラジオ達から聞いていることもあったが、確認も兼ねて2人は真剣に話を聞いた。


「……説明は以上です。何かご質問はありませんか?」


 アイルはそれに首を横に振ったが、クロノはふと思い出したようにこう尋ねた。


「そう言えば、あなたの名前を聞いてなかったわ」

「ああ、そうでしたね! 私はビオラです。皆からは『ビィちゃん』って呼ばれてます!」

「あだ名の情報まではいらないわよ……」


 幸せが逃げそうなため息をつくクロノを尻目に、ビオラは「よろしくお願いします!」とこの日一番の笑顔を彼らに向けた。

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