第9話 普段嘘つかない人が嘘ついてるのを見ると不安になるよね

 その人物は食堂のカウンター席に座り、グラジオと話をしていた。


「まさか、連絡入れてすぐに来てくれるとは思わなかったぜ。あんたも俺のこと心配してくれてたんだな」


 グラジオがそう言うと、席に座る人物は「フッ」と鼻で笑った。


「別に君のことが心配だったわけではない。そもそも、私が君のことを一度でも心配したことがあったか?」

「……ほんっと、そういうところは変わんねぇな。俺は未だにあんたが支部長ギルドマスターやってるだなんて信じられねぇよ」


 グラジオはため息混じりにそう言うと、アイル達が入ってきたことに気づいた。


「部屋で休んでいたところに呼び出して悪いな」

「いえ、お気になさらず。ところで、お客さんというのは……」

「私のことだ」


 その人物が立ち上がると、後ろで1つにまとめられた藍色の髪がサラリと揺れた。


「私はアイナ・パトリオットだ。この町の冒険者ギルドの支部長をやっている。気軽にアイナと呼んでくれ」


 そう名乗る女性――アイナは背が高く、スレンダーでありながら出る所は出ているグラマラスなモデル体型をしていた。

 しかしながら、切れ長の目は強い意志を感じさせ、“できるキャリアウーマン”という雰囲気が漂っている。

 そんな彼女を見て、クロノが自分の胸に手を当てて悲壮感溢れる顔をしていたのはここだけの話である。


「さて。君達のことは既にグラジオやガーベラから聞いている。どうやら冒険者に興味があるとか」

「あ、はい。私達、冒険者になろうと思っていまして……」

「そうか。それならば話が早い」


 アイナはクロノに近づいてこう言った。


「私は今日、君のスカウトに来たんだ」

「……え、私の、ですか?」


 深青色の瞳でクロノを見つめながら、アイナは頷いた。


「君は昨日、グラジオにかかっていた誰にも解くことができなかった呪いを解いたそうだな。私はそれを聞いて、君がかなりの実力者であると思った。だから、冒険者にならないかとスカウトしに来たんだ」

「いや、ちょっと待ってください。あれは私が持っていたアイテムで解けるとわかったから解いただけで、私が直接的に解いたというわけでは……」

「そう謙遜するな。どのような呪いなのかわかるだけでも充分凄いのだぞ?」


 随分と期待されているようだが、クロノにとってはいい迷惑でしかない。

 元冒険者で現ギルド支部長からのスカウトで入ったと周囲に知れ渡れば、注目は避けられない。

 それに、支部長直々のスカウトということで特別扱いされるのは気が引ける。

 そして何より、スカウトされたのがクロノだけというのが一番嫌だった。


「……どうして私だけなんですか?」

「呪いを解くのに貢献したのは君だけなのだろう? そちらの彼が何かしたという話は聞いていないからな」


 確かに、呪いを解いた時にアイルは何もしていない。厳密に言えば、全く何もしていなかったわけではないのだが、スカウトされるようなことはしていない。

 しかし、クロノだけスカウトされて冒険者になれば、アイルとは別行動を強いられるかもしれない。

 クロノはアイルと離れたくなかった。

 単純に寂しいというのもあるが、赤の他人とパーティを組まされる可能性を考えるとそばにいて欲しかった。


「確かに呪いを解いたのは私ですが、あのアイテムを手に入れられたのはアイルのおかげなんです」

「というと?」

「アイルがボスを倒してくれたから入手できたものなんです」


 ゲームにおいて、「解呪の杖」はとあるエリアのエリアボスと呼ばれる敵のドロップアイテムだった。

 クロノはそのボスをアイルと2人で倒した時にそれを入手したのだが、その時の彼女は完全サポート役の職業であった。

 故に、攻撃は全てアイルがやっていたため、彼女は「アイルが倒した」と言ったのである。

 もっとも、今ではそのエリアボスはクロノ1人でも倒せるのだが。


「ボス? もしや君達はダンジョンに入ったことがあるのか?」


 その言葉に、クロノは「しまった」と内心で悪態をついた。

 この世界には「ダンジョン」と呼ばれる魔物の巣窟のような場所がある。

 ダンジョンの中には常に無数の魔物が出現し、至る所に宝箱が存在している。また、ダンジョンには必ず「ボス」と呼ばれる上位の魔物がいて、それを倒せば珍しいアイテムが入手できる。

 そして、どういう仕組みなのかは不明だが、宝箱の中身を回収してもすぐに中身が補充され、ボスも再び復活するようになっている。

 いわば、一般的なRPGのダンジョンと似たような場所であるらしい。

 この世界ではダンジョンは冒険者ギルドによって管理されているが、冒険者以外が入ってはいけないというようなことはない。

 ある程度の難易度であれば一般人でも入れるし、そこで腕を磨いてから冒険者になろうとする者も少なくない。

 しかし、そのような場所でも、一般人がボスを倒すのは禁止されている。

 というより、ボスがいる場所に行かせないようにギルド職員達が見張っているのだ。

 いかに弱い魔物しか出現しないダンジョンでも、何の鍛錬も積んでいない者が倒せるほどボスは弱くない。

 一般人にボスまで行かせないのは、死者を出さないためのギルド側の安全対策である。

 だが、クロノは今「ボスを倒した」と言ってしまった。

 この世界において「ボス」とは、一般的にはダンジョンのボスを指すものである。

 つまり、アイナの中で、冒険者ではないクロノ達が何故ボスを倒せたのか、という疑問が発生することになる。

 本当のことを話しても信じてもらえるとは思えず、かといって下手に嘘をつくと変な疑いをかけられる可能性がある。

 どう言い訳するかクロノが思案していると、アイルが彼女の前に出た。


「実は、誰にも見つかっていないダンジョンを発見したのです。僕達はその中を探索して、ボスを倒しました」

「何だって!? では、何故それをギルドに報告しなかった?」


 新たに発見されたダンジョンは冒険者ギルドに報告しなければならない。

 そうしなければ倒す者がいないためにダンジョン内に魔物が溢れ、外に出てきてしまうからだ。

 発見報告をすれば謝礼も支払われるため、この世界では報告するのが常識であった。


「僕達がダンジョンのボスを倒した直後、ダンジョンが崩れ始めたのです。命からがら外に出た瞬間に完全に崩落し、出入口が塞がれてしまったので、報告しても無意味かと思いまして」

「いや、だが、他にも出入口があったらどうする?」

「それは大丈夫でしょう。逃げている時に後ろが完全に崩落して道がなくなっていくのを確認しましたから」


 まるで本当にあったことのように、アイルは淀みなく話した。

 その様子にアイナは話を信じたらしく、呆れた顔をした。


「そうであるならば良いのだが。しかし、未発見のダンジョンに入るなど危険極まりない。これからは発見したらすぐに報告をしてくれ」

「わかりました。アイナさんの寛大な御心遣いに感謝致します」


 そう言ってアイルがお辞儀する様を、クロノは呆然と眺めていた。

 彼女は、アイルが嘘をついたところを見たことがない。

 彼は良くも悪くも正直な人間で、嘘なんて一度もついたことがないのではないかと彼女は思っていた。

 しかし、今のアイルは平然と嘘をついていた。声にも不自然なところはなかった。

 クロノは旦那の意外な一面を知れたことに少し嬉しくなった反面、怖くもなった。

 彼は今まで、自分に嘘をついたことがないと思っていた。

 けれど、もし嘘をついたことがあるのなら、一体どれが嘘だったのか。もしかすると、全てが嘘かもしれない。そう、自分を好きだと言ってくれたのも――。


「……クロノさん」


 優しい声に顔を上げれば、アイルの顔がすぐ近くにあった。

 彼はクロノの耳元で、こう囁いた。


「僕、好きな人相手に嘘をつくことができるほど、器用な男じゃないから」


 クロノはハッとして、アイルの顔を見る。

 兜の隙間から見える彼の顔はほんのり赤く染まっていた。

 彼はすぐにアイナの方に向き直ってしまったが、きっとまだ赤いままなのだろう。

 そしてクロノもまた、顔を赤くして俯いてしまった。

 アイルがそれほどまでに自分を愛してくれているのだという嬉しさと、そんな彼を疑ってしまった自分の浅ましさに恥ずかしくなっていた。


「君の持つアイテムは私も見たことがない物だし、未発見ダンジョンを攻略したという話は信憑性が高い。君がボスを倒したという話を信じよう」

「じゃあ……!」

「君達2人をスカウトしたい」


 喜びを顕にするクロノだったが、すぐに喜んでいる場合ではないことに気づく。


「あの、スカウトされた冒険者って、扱いはどうなるんですか? もしかして、入った時から高ランクの冒険者の扱いになったりしませんよね?」

「その点は心配しないで欲しい。スカウトで入っても、最初は駆け出し扱いだ。昇格試験を早めに受けさせられるかもしれんが、最初のうちはその程度だ」

「最初のうち、ということは、後から変わってくるんですか?」

「まあ、ギルドマスター……あ、ギルドマスターは支部長と同義だと思ってくれ。そのギルドマスター推薦で入ってきたとなれば、周囲の注目を浴びるだろうし、より難易度の高い依頼を名指しで受けさせられることにもなるだろう」


 受けさせられるという言い方をしているが、成功すれば報酬と共に名声を集められるため、有名になりたい冒険者にとっては名指しの依頼を受けるのは憧れの一つである。

 しかし、目立ちたくないクロノ達にとっては迷惑以外の何物でもない。


「あの、私達がスカウトで入ったっていうのは内緒にしてもらえませんか?」

「何故だ? それを知られた方が依頼を優先的に受けられるというメリットもあるぞ?」

「私達、目立ちたくないんです。元々冒険者になろうとしていたのだって、普通に生活できるぐらいに稼げたらなと考えてのことなので……」

「ふむ、成程……」


 アイナはしばし顎に手を当てて考え込んでいたが、クロノ達に視線を戻すとこう言った。


「では、私がスカウトしたという話は一部の職員にしか知らせないことにしよう。君達はギルドで通常通り冒険者登録をして、依頼をこなしてくれ。昇格試験も好きな時に受けてくれて構わない」

「良いんですか?」

「ああ。無理強いさせても長続きしないだろう。だが、私の方から密かに依頼をするかもしれない。バレないように細心の注意を払うから、その時はよろしく頼む」


 クロノ達が頷くと、アイナは「仕事が残っているので、失礼させてもらう」と言って、この場を後にした。

 何とか目立たずに済みそうだと、クロノは今度こそ安堵するのであった。

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