第7話 気がついたら歳の差カップルになっていた。何を言っているのか(以下略)
大勢の客に見守られながら、クロノは食堂のど真ん中に立っていた。
「私は大丈夫、私ならやれる、私ならやれる……」
「のう、アイルよ。クロノは一体何をやっているのじゃ?」
「あれはクロノさんが緊張してる時になる症状だね」
クロノは注目されるのが苦手だ。
幼稚園の頃、劇でたった一言だけのセリフを緊張し過ぎて言えなかったトラウマもあり、極度のあがり症になっていた。
「本当に大丈夫かのぅ……?」
「大丈夫だよ。もう少ししたら落ち着くと思うから」
アイルの言葉通り、しばらくするとクロノはブツブツと喋るのを止めた。
「……お待たせしました。やりましょう」
「おう。そう緊張せずに、気楽にやってくれて構わないぞ」
目の前に立つグラジオにそう言われたが、クロノの心臓はバクバクと音を立てていた。
それでも何とか気持ちを落ち着かせて、アイテムボックスから「解呪の杖」を取り出す。
「お、嬢ちゃんは『アイテムボックス』持ってるのか。そのスキル持ってると便利だよな。荷物かさばらないで済むし」
「え。あ、そ、そうですね」
クロノは「アイテムボックス」のことを指摘され一瞬ドキッとした。
異世界あるあるには、「アイテムボックス」のスキルは異世界召喚された勇者しか持っていない、なんて場合もあるからだ。
幸い、この世界ではそんなことは無いようだが。
「えっと、それじゃあ、目を瞑ってもらってもいいですか?」
グラジオが目を瞑ったのを確認すると、クロノは解呪の杖を彼の顔面スレスレで振った。
すると、グラジオの顔が光り輝き、強い光が辺りを包み込んだ。
あまりの眩しさに、その場にいた全員が目を瞑る。
しばらくすると光は徐々に弱まり、クロノ達は恐る恐る目を開けた。
「……ど、どうなったんだ?」
グラジオがいた場所には赤髪の男性が立っていた。
切れ長の目は金色をしていて、精悍な顔立ちはクロノ達にハリウッド俳優を彷彿とさせる。
その人物はぺたぺたと、自分の顔を触っている。
「お、おお? 顔が柔らかいぞ。こんな感触、久しぶりだな」
「……グラジオ」
ガーベラは目に涙を浮かべていた。
それを拭うことなく、彼女は赤髪の男に抱きついた。
「あぁ、グラジオ! やっと呪いが解けたんだね!」
その言葉で、クロノは目の前の人物がグラジオであるとわかった。
それと同時に解呪に成功したとわかり、彼女は安堵のため息をつく。
「ガーベラ。今まで苦労させてごめんな」
「謝らなくてもいいよ。グラジオが元に戻れたのなら、もうそれだけで報われたから」
その様子を黙って見守っていた客達だったが、次第にどこからともなく歓声が上がった。
「おめでとう、ガーベラさん!」
「いやー、良いもん見させてもらったわ」
「おやっさん、あんたマジでイケメンだったんだな」
「トカゲ顔で結局変わんねぇじゃんって言いたかったのによー」
「うっせーぞお前ら!」
はやし立てる客達に一喝した後、グラジオはクロノの方を向いた。
「ありがとう、嬢ちゃん」
「いえ、私は杖を振っただけですし……」
「何言ってるんだ。嬢ちゃんがそれを持っていなければ俺の呪いは解けなかったし、嬢ちゃんがそれで呪いが解けると気づかなかったら俺はドラゴン頭のままだった。嬢ちゃんには感謝してもしきれない」
「そうさね。ここでの食事代と宿代をタダにしてもお釣りが来るくらい貴女には感謝してるんだから」
こんなに感謝されるとは思っていなかったクロノは赤面し、挙動不審になっていた。
そんな彼女に、ずっと見守っていたアイルが近づいていく。
「お疲れ様、クロノさん。よく頑張ったね」
そう言って、彼はクロノの頭をポンポンと叩いた。
「アイル……」
いつもであればその手を振り払うクロノであったが、緊張から解放された安心感からか、それを素直に受け入れていた。
そんな彼らの様子に周囲の人々はホッコリとしている。
そんな中で、マオは興味が無いと言わんばかりの大きな欠伸をした。
「ありゃ。もう子供はおねむの時間か」
「今日は結構歩いたから、眠くなっちゃったのかな?」
「結構って、そんな歩いてないじゃない。そもそもマオは途中でアイルにおぶってもらってたし」
「煩いのぅ……この身体はもう限界なのじゃ……」
マオが半開きになった目を擦る。それでも意識がハッキリしないらしく、遂には身体がフラフラし始めた。
「全く、雰囲気ぶち壊しもいいところね」
「しょうがないよ。まだ子供なんだから」
「いや、アイツの中身、絶対私達より年上だから」
そうヒソヒソ話していると、ガーベラに声をかけられた。
「貴方達も疲れてるだろうから、今日はもう休みな。部屋は2つ借りるんだろ?」
「え? いえ、2人部屋を借りたいのですが……」
「こっちの負担を考えてるなら心配いらないよ。部屋はまだいくつか空いてるからさ」
どうも話が噛み合っていない。
アイル達が首を捻っていると、その疑問はガーベラの次の言葉で払拭された。
「思春期の女の子がお兄ちゃんと一緒の部屋なんて嫌だろう?」
その瞬間、アイル達はまるで石化したように固まった。
「……僕達、兄妹じゃないです」
クロノより意識が戻ってくるのが早かったアイルが、絞り出すように言った。
「おや、そうなのかい? じゃ、親戚か幼馴染とか?」
「……わ、私達は夫婦です!」
相も変わらず勘違いし続けるガーベラに耐えかねたのか、クロノは「夫婦」の部分を強調して言った。
その言葉に、今度は周囲の人々が固まった。
「……俺の聞き間違いか?」
「今、『夫婦』だって言ったよな?」
「いや、でもあの女の子、10代前半にしか見えないぞ」
「下手したら10歳未満かも……」
何故、周囲がざわついているのか一瞬理解できなかった2人だが、自分達の姿を思い出してハッと気づいた。
「……確かに、私の姿が幼すぎて兄妹に見えなくもないわ」
「僕が兜を取らないのもいけなかったね」
「でも、アンタのイケメン顔は別の意味でざわつくから見せるわけにはいかないし」
自分達の容姿を踏まえれば、夫婦と名乗るには少々問題があった。
しかし、言ってしまったものはしょうがない。
開き直ったクロノは、未だにどよめいている人々に向かって言った。
「誰が何と言おうと、私達はれっきとした夫婦です。これ以上の詮索はやめてください。後、女性の年齢をとやかく言うのは失礼ではありませんか?」
冷静に、けれど語気を強めて発せられたクロノの言葉に、店内が静かになった。
「ごめんよ、みんな悪気があったわけじゃないんだ。ただ、驚いちまってね」
「そうそう。こんな若いのに結婚してるだなんて思わなくてな」
慌てふためくグラジオとガーベラを見て、クロノはやりすぎたかもしれないと感じた。
ただ詮索されると面倒だからあんな感じで言ったのだが、もしかするとまた妙な勘違いをさせてしまっているかもしれない。
「いえ、僕達も勘違いさせてしまってすみません」
「私も強く言いすぎました。改めて、2人部屋を貸していただけますか?」
「ああ、大丈夫だよ。ベッドは大きいから、その子とも寝れるよ」
ガーベラがマオを指さしてそう言った。
クロノは、あからさまに嫌そうな顔をする。
「……あの、備え付けのベッド以外に寝具を貸していただけたりはできませんか?」
「生憎だけど、そういうサービスはやってないから準備もできないよ。恩人の頼みを断るようなこと、本当はしたくないのだけれど」
「いえ、無茶を言ってすみませんでした」
元より、そこまで期待していたわけではなかったので、クロノはあっさり引き下がる。
だが、内心では物凄く荒ぶっていた。
「何でコイツと同じベッドで寝なくちゃならないのよ……!」
「まあまあ、大勢で寝るのも楽しいよ?」
「『魔王』が隣に居るのに、寝れるわけないじゃない。いつ力が戻るのかもわからないのよ?」
クロノは表向きにはそう伝えたが、本当はアイルと二人きりで寝たかった。眠りの浅いクロノでも、彼の隣で寝ると良く眠れるからだ。
それを彼に伝えれば喜んでくれそうなものだが、恥ずかしがり屋な彼女には難しいようだ。
「僕が隣にいるから大丈夫だよ。それとも、僕が寝ないで見守っててあげようか?」
「それはそれで恥ずかしいから止めて」
結局、彼らは借りた部屋に備え付けられたダブルベッドに3人で寝ることとなった。
真っ先にマオがベッドの中央を占領して眠ってしまったため、マオを挟むようにして夫妻は寝ようとしたのだが。
「……アイル、寝ないの?」
クロノはマオの隣に横になったが、アイルは鎧をつけたまま横になろうとしなかった。
「今、僕が兜を取って寝たら、クロノさんが眠れないでしょう?」
「そんなことは……無いとは言いきれないわね」
「だから、クロノさんが寝たら僕も寝るよ」
アイルの優しさにクロノは申し訳なくなった。
そもそも、彼女が我慢すれば良いだけの話なのだ。彼女が眠れないだけなのだから、アイルには関係がない。
彼女の気持ちを無視して寝ることもできた。それをしなかったのは、アイルが彼女を大切に思っているからにほかならない。
そう思うと、真面目な彼女は謝らずにはいられなかった。
「……ごめんなさい」
「え、どうしたの突然」
アイルは恐らく、兜の下でキョトンとしているだろう。
彼には、彼女に謝られるようなことをされた覚えはないのだから。
「な、何でもない。おやすみ!」
自分で言っておきながら恥ずかしくなった彼女は、誤魔化すように掛け布団を目深に被る。
「うん。おやすみ、クロノさん」
その後、アイルはクロノの寝息が聞こえてくるまで、鎧を外すことなく窓の外を眺めていた。
空には、無数の星が瞬いている。
しかし、皆が寝静まるにはまだ早い時間のようで、窓から見える多くの店から明かりが漏れ、複数人の笑い声が微かに聞こえてくる。
「……良い人達が多そうで良かった」
誰にも聞こえないよう、アイルがそっと呟いた。
大体の物事を楽観視する彼でも、異世界転移という特殊な状況には不安を抱いていたらしい。
外の喧騒とはうってかわって静かな室内に、二人分の寝息が聞こえ始める。
彼は鎧を「装備一括解除」で外して、静かにベッドに潜った。
マオの力が戻るなんてことはなく、彼の隣で可愛らしい寝息を立てている。更にその隣には幼くなった妻の無防備な顔。
「何だか、家族みたい」
似たような顔で眠る2人は本当の親子のようで、アイルは家族3人で川の字になって寝ているような気持ちになった。
そんなことを言えば2人に怒られるだろうな、と思いながら。
「2人共、おやすみなさい」
そうして、アイルも眠りに落ちた。
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