第6話 本人より心配しちゃう時ってない?

「そういや今まで聞いたこと無かったすけど、おやっさんの呪いって簡単に解けないものなんすか?」


 おかわりしたパンにかぶりつきながら、男が何気ない様子で聞いた。


「そう簡単に解けない代物だから、この顔で店に出てるんだろうが」

「魔術師さんとか、呪い解いてくれそうな人には見せたんっすか?」

「たくさんの魔術師とか呪術師なんかに見せたし、知り合いに頼んで呪いを解く専門家みたいな人にも見せたがダメだったんだ。もう半ば諦めてるよ」


 その会話に聞き耳を立てていたクロノの食事する手が止まった。


「……あの」

「なんだい、嬢ちゃん?」

「もし、呪いが解けるとしたらどうしますか?」

「どうするって……そりゃあ是非とも解いて欲しいさ。だが、結構な人数に無理だって言われたような呪いだぜ? もし解いてくれる人がいるなら宿代もここでの食事代も無料にしてやるよ」


 グラジオはケラケラと笑っていたが、クロノは真剣な顔で何か悩んでいた。

 その様子に気づいたアイルが、心配そうに声をかける。


「クロノさん。どうかしたの?」

「……別に、なんでもない」


 明らかに何か隠しているクロノにアイルは更に声をかけようとするが、それは彼の斜め下から発せられた声によって遮られてしまった。


「解けるんじゃろ?」


 アイルがその声の方へ顔を向けると、マオが小さな口にちぎったパンを放り込みながらクロノを見つめていた。


「クロノ。汝は彼奴あやつの呪いを解くことができるのであろう?」

「えっ。そうなの、クロノさん」


 小声で伝えられた言葉に、クロノは黙って首を縦に振った。

 クロノはこっそり、「鑑定アプレイズ」という魔法でグラジオの状態を調べていた。

 その結果によると、彼にかけられている呪いは彼女が持っている「解呪の杖」で解けるらしい。


「じゃあ、解いてあげようよ」

「……解いてあげたいのは山々なんだけど」


 クロノが悩んでいたのは、解いた後に起こるであろう諸々の事だ。

 誰にも解けなかった呪いを解いたことが広まると、その力を悪巧みに利用しようとする輩が現れないとも限らない。

 自分の身だけ危険に晒されるならまだしも、アイル達やここで関わった人達にまで迷惑がかかってしまう可能性を考えると、迂闊に解呪するわけにはいかなかった。


「宿代や食事代もタダにしてくれるのであればやっても構わんのではないか?」

「確かにタダより高いものはないって言うけど、その後のことを考えるとね。別にお金に困ってるわけでもないし」


 彼らがヒソヒソと話している横で、男がグラジオに更に質問していた。


「てか、そんなに強かったんすか? その呪いをかけた魔女さんは」

「いや、そこまでじゃなかったんだが、最期の悪あがきで放った呪いに当たっちまったんだよ」


 その時、豪快に笑うグラジオの後ろから、浮かない顔のガーベラが現れた。


「……私のせいなんだよ」


 会話の内容を聞いていたらしい彼女が、弱々しくそう言った。

 威勢の良い声で話す彼女しか知らない男は、その様子に目を丸くした。


「それ、どういう意味っすか?」

「私がその魔女にトドメを刺したのだけど、死んだと思って背を向けた瞬間に魔女が呪いを放ったらしくてね。私はそれに全く気づけなかったんだ。とっさにこの人が庇ってくれたから私は助かったけど、この人は……」

「ガーベラ。いつも言ってるだろ、気にするなって。男が好きな女を助けるのは当然だろ?」


 今にも泣き出しそうなガーベラの肩を、グラジオが抱いている。

 クロノは逡巡していた。

 人間、我が身が可愛いのは当然だ。自らを危険に晒してまで他者を助けるのは、心根の優しい勇者か考え無しの馬鹿者くらいだろう。

 けれども、目の前で辛い思いを顕にしている人を見殺しにできるほどクロノは非情ではない。ましてや、助ける方法を知っているのだから尚更だ。


「クロノさん」


 不意にかけられた声に、彼女は顔を上げる。


「君は真面目だから、色々な可能性を考えてしまうのはわかるよ。でも、君はとても優しい人だから、この店の人達を助けなかったら、きっと後悔すると思う」


 そう語りかけるアイルの顔は、兜のせいでクロノからは見ることができない。

 しかし、きっといつも通りの優しい笑顔を浮かべているのだろう。


「僕なら大丈夫。まだこの世界に来たばかりで慣れないこともあるけど、6年間鍛えてきたキャラだからそう簡単にやられたりしないよ。それに、マオ君のことは僕が守るから。もちろん、クロノさんのこともね」


 その言葉は、普段のクロノであれば「危機感がない」と言って激怒しそうなものであった。

 だが、この時の彼女は怒ることはなかった。いつもは頼りない夫でも、彼女が真剣に悩んでいる時は同じくらい真剣に考えてくれる人であることを知っていたから。


「儂も平気じゃぞ。人間に追いかけ回されるのも、倒されるのも慣れておるからな」

「流石に倒されるのに慣れるのはちょっと……」


 アイルとマオの言葉で、クロノは決心した。


「……グラジオさん」

「おう、どうした?」

「その呪い、私でしたら解くことができます」

「なんだって!?」


 反応が早かったのはガーベラの方だった。


「それ、本当なのかい!?」

「はい。信じられないと思いますが……」


 その勢いに怖気づくクロノの手を、ガーベラが握る。


「解けるんなら、是非とも解いておくれ」

「ちょ、ちょっと待てよガーベラ。いくらなんだって急過ぎるだろ。本当にできるとは限らないし」

「今まで色んな人に匙を投げられたんだ。私は呪いを解いてくれるって言うなら、そこら辺を歩く野良猫にだって頭を下げるよ」


 ガーベラは真剣だった。

 それだけ彼女は思い悩んでいたのだろう。

 呪いにかけられている張本人は未だ半信半疑の様子だったが、そんな彼女の熱意に負けたらしい。


「……わかった。お前がそこまで言うなら、嬢ちゃんにお願いするよ」


 こうして、クロノはグラジオの呪いを解くことになった。

 しかし、慎重な彼女にしては珍しく、あることに気づいていなかった。


「……おい! あそこのお嬢ちゃんがおやっさんの呪いを解くってよ!」

「マジか!?」

「俺達も見させてもらおうぜ!」


 ここで解呪すると言えば、大勢の観客に見守られることになるということに。

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