第5話 深夜に見たらいけないアレ
そろそろ日が暮れそうだというのに、町の中は多くの人で溢れていた。
良い匂いを放つ露店を通り抜け、マオが我慢の限界に達して露店の食べ物に手を出しそうになっていた時、案内していた男の足が止まった。
「ここっすよ」
男が指さした先には、「ドラゴンヘッド」と書かれた看板がぶら下がっていた。
「何か、食べ物を提供しているようには見えない店の名前ね」
「まあまあ、これには深い訳があるんっすよ。とりあえず、中に入りましょ」
店の扉を開けると、食べ物の匂いと共に威勢の良い女性の声がした。
「いらっしゃい! おや、トーニョじゃないか。後ろの子達は誰だい?」
「こんばんはっす。後ろの人達はさっき町に着いたアイルさんとクロノさん、そしてこの小さい子がマオちゃんっすよ」
「誰がマオちゃんじゃ!」と言って暴れ出しそうなマオを抑えつつ、クロノとアイルは「初めまして」と頭を下げた。
「初めまして。私はガーベラ。この食堂兼宿屋を旦那と一緒に経営してるしがない女さ」
「しがないって、元冒険者で腕っ節も強いのに何言ってるんっすか」
「へえ、アンタはよっぽどしごかれたいみたいだね」
「誰もそんなこと言ってないっすよ!?」
その会話を聞いて、クロノが「ああ」と声を上げた。
「もしかして、お店の名前は女将さん達が組んでいたパーティの名前ですか?」
「いいや、パーティの名前とは関係ないよ。店の名前の由来はね……」
その時、食堂の方から男性の声がした。
「おーい、ガーベラ。ちょっと来てくれ」
「あいよ。ごめんね、食堂の方に行ってくるわ」
「あ、俺らも行くっすよ。今晩の飯、ここで食おうとしてたんで」
ガーベラが受付の真向かいにある扉を開けると、食べ物の匂いが更にキツくなった。
食堂内は多くの人で賑わい、中にはもう既にできあがっている人もいた。
「トーニョじゃねぇか。こっちで1杯どうだ?」
「俺まだ仕事なんで。あと、今日はこの人達と食べる予定なんでその誘いにはのれないっす」
カウンター席が丁度4席分空いていたため、彼らはそこに座った。
すると、カウンターの向こうで厨房にいる人物とガーベラが何か話しているのが見えた。
「悪いな、ガーベラ。宿の受付の仕事もあるのに、こっちで給仕の仕事もさせちまって」
「それは構わないけど、そろそろ従業員雇おうっていつも言ってるじゃないか」
「いやー、それはそうなんだが、俺がこんなんじゃ集まるもんも集まらねぇよ」
「もうほとんどの人に事情は知れてるんだし、集まると思うけどねぇ」
その様子にアイル達が注文するのを躊躇っていると、男が厨房に向かって声をかけた。
返事をしたのは女将さんではなくもう1人の方で、男性の声だった。
「おやっさん。奥さんとイチャついてないで、さっさと注文取りに来て下さいっす」
「誰もイチャついちゃいねーよ! すぐ行くから、ちょっと待ってろ!」
その言葉通り、その声の主はすぐアイル達の前に現れた。
その顔を見た瞬間、彼らは店の名前の由来を知った。
「お、新顔がいるな。揃いも揃って俺を見て間抜けな顔しやがって」
その人物が大きな口を開けて笑った。
鱗に覆われたその顔でそうされると、今にも炎を吐き出すのではないかと思ってしまう。
「……ど、ドラゴン?」
その顔は、物語に出てくるドラゴンそのものだった。
顔全体が真っ赤な鱗に覆われ、ギョロりとした金色の瞳はとても人間のものとは思えない。
しかしながら、その胴体は紛れもなく人間の男性であった。
「冒険者だった頃にとある魔女を倒したことがあるんだが、そいつに呪いをかけられちまってな。そのせいで俺のクールでカッコイイ顔がこんな恐ろしい顔になっちまったってわけよ」
「いっつも思ってたんすけど、元々トカゲ顔だったからそうなったんじゃないんすか?」
「うるせーぞ、トーニョ。いいからさっさと注文しろ!」
そう言われてアイル達はメニュー表を見ようとしたが、男に手で制された。
「ここは日替わりのディナーが美味しいんすよ。しかも安くて量も多い。他のを頼むよりずっとお得で満足できるっすよ」
そう言われてしまうとそれを頼みたくなるのがアイル達であった。
注文してそれほど経たないうちに、4人分の日替わりディナーが運ばれてきた。
「お、今日はハンバーグなんすね」
皿の上のハンバーグはかなり大きく、皿の半分を占めていた。
セットのパンとスープはおかわり自由らしく、アイル達の後ろからそれらのおかわりを求める声がしていた。
「うわぁ、こんな大きなハンバーグ初めてだ……」
「こんなサイズのよく焼けるわね。一体どうやって焼いているの?」
「そこは企業秘密なんで教えられないな」
アイルは真っ先にハンバーグに手をつけた。
大した力を入れていないにも関わらず彼のナイフはスッと滑るようにハンバーグを切り、切り口から大量の肉汁が溢れ出す。
アイルはそのままかぶりつきたい衝動に駆られたが、自分が兜を外せないことを思い出し、悲しくなりながら一口サイズに切り分けた。
なんとも小さな肉片となってしまったハンバーグを口に入れた瞬間、あの小さな欠片のどこにあったのかと思うほど大量の肉汁が口いっぱいに広がった。
ふんわり柔らかな肉は、噛む度に濃厚な旨味で彼の舌を刺激する。
一方、クロノはスープを味わっていた。
コンソメ味に近いスープの中には細かく刻まれた野菜がたっぷり入っており、少食の彼女にとってはこれだけで満足してしまいそうなほどであった。
そんな彼らに挟まれるようにして、マオはパンを食べていた。
丸いふっくらとしたパンは子供の力でも簡単にちぎることができ、噛めば噛むほどほのかな甘みが口の中に広がっていった。
「なんとも美味であるな!」
「ホントに美味しい……。異世界あるあるに食文化が酷いっていうのがあるけど、この世界には適用されなかったみたいね」
「アイルファーさん、兜取らないんすか? めっちゃ食いにくそうっすけど」
「えっと、取れない事情がありまして……。でも、ここのお料理すごく美味しいですね」
彼らはしばらくの間、食事をしながら談笑した。
流石に異世界から来たとは言えなかったので、ここより遠く離れた場所から冒険者になるためにこの町にやってきたと男には伝えた。
他の町にも冒険者ギルドはあるようなので不思議に思われないかと心配したが、「ここのギルドが1番デカいですもんね」と男は納得した様子だった。
男からはこの町について教えてもらった。
ここは「プルプァ」という国境付近にある貿易都市で、隣国からも多くの人が集まるため店が多く、様々な産業が発展しているらしい。
十数年前に領主が変わってからは福祉にも力を入れており、町中で浮浪者や孤児を見かけることが少なくなったと聞いて、アイル達は感心していた。
途中からは手が空いたドラゴン頭のおやっさんも会話に参加した。
名を「グラジオ」という彼は、冒険者時代の話を語ってくれた。
しかし、そのほとんどが誇張されているのか真偽が疑われる話になってしまっており、アイルやクロノは話半分に聞いていたが、マオは真剣に耳を傾けていた。
そして、楽しい食事もそろそろ終わりそうな頃、話の話題は遂にグラジオにかけられた呪いへと移った。
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