第3話 テンプレって色々あるけど見たことの無い人にとってはテンプレだってわかりようがないよね
「魔王(自称)」達が食べ終わった頃合いを見計らい、時子が声をかけた。
「ねえ。この際だから、君が『魔王』だっていうのは認めるわ。ところで、さっき私達が『魔王』達を倒したからこうなったんだって言ってたけど、あれってどういう意味?」
「どういう意味も、そういう意味じゃが?」
「説明になってないから聞いてるのよ」
名残惜しそうに棒を舐めながら、「魔王(自称)」は口を開いた。
「儂達はな、あの世界に封印されとったんじゃ。そこで貴様らや他のプレイヤーとかいう奴らに倒されまくったせいで力が弱まっていてな。それに加えて、あの時はあの世界の神が儂の力に制限をかけとった」
その時のことを思い出したのか、「魔王(自称)」は子供らしくない忌々しそうな顔をする。
「あの世界の神」というのは、シュバルツミトス・オンラインの運営のことだろう。
ゲームの中の存在であった「魔王(自称)」には、システム変更ができる運営は神に等しい存在だったに違いない。
「そのせいで力も精度も一気に下がってしもうてな。本当は儂と配下達だけで元の世界に戻るはずが、貴様らも巻き込んでしまったのじゃ。予定より力を多く使う羽目になってしもうて、このように無様な姿になってしまったというわけじゃ」
茂雄が、今度は違う味のロリポップキャンディを「魔王(自称)」に差し出した。
それを受け取り、「魔王(自称)」はペロリと舐め始める。
「じゃあ、僕達は巻き込まれちゃったってことだね」
「いい迷惑だわ」
「むう。元はと言えば貴様らが……」
「てか、いい加減『貴様ら』って呼ぶのは止めてくれない? 今は私達の方が断然強いんだから」
「む。確かにそうじゃな……。貴様らが呑気なもんじゃから油断しとったが、儂達を殺そうと思ったらいつでも殺せる状況になっとるんじゃな」
「君達を殺したりなんてしないよ」
「今のところはね」
時子が含みのある笑みを見せると、「魔王(自称)」はブルッと肩を震わせた。
「あらら。この程度で怖がっちゃうなんて、『魔王』が聞いて呆れるわねぇ?」
「く、くそぅ……。き、貴様ら呼びを止めさせたいのなら、名前を教えるのじゃ。汝らだけ儂達のことを知っているような状態では不公平であろう」
「礼儀がなってないわねぇ。そこは『教えて下さい』でしょ?」
「ぐぬぬ……お、教えて下さい」
唇を噛みながらこちらを睨みつける「魔王(自称)」を見て、時子は満足そうに笑った。
「あんまりからかわないであげなよ。可哀想だよ」
「いやぁ、面白くてつい」
「良いから早う教えるのじゃ……下さい」
「ああ、ごめんね。僕はさと――」
茂雄が本名を名乗ろうとした時、時子がその口を塞いだ。
茂雄が時子の方に目をやると、彼女は唇の前に人差し指を立てていた。
「今『佐藤茂雄』って言おうとしたでしょ」
時子に耳元でそう囁かれ、茂雄は首を傾げた。
「え? だって、名前を教えて欲しいって言われたんだからそう言わないと」
「ダメよ。アンタはこういう異世界転移のテンプレってもんをわかっちゃいないわ」
「テ、テンプレ?」
「そう。こういう時はね、キャラの名前を名乗るもんなのよ」
「どうして?」
「今、私達は『シュバルツミトス・オンライン』のキャラの姿になってるでしょ? 姿が変わったらそれに合わせて名前も変えるのが異世界転移のテンプレってものなのよ」
「そ、そうなの?」
そんなテンプレがあるかどうかは知らないが、そもそも異世界転移系の話を読まない茂雄にとってはそれが本当にテンプレなのか判断するだけの知識もなかった。
故に、時子のこのテキトーな説明にも納得してしまったのである。
「なんじゃ、コソコソしおって。早うせい!」
「ごめんごめん。僕の名前は『アイルファー・アオス・シュテルベン』。長いから『アイル』で良いよ」
「私は『クロノ・アガレス』よ。『クロノ』で構わないわ」
夫妻は「シュバルツミトス・オンライン」で使用していたキャラクターネームを名乗った。
そして、今この瞬間この世界において、茂雄は「アイルファー・アオス・シュテルベン」、時子は「クロノ・アガレス」という名の存在へと変化した。
そんなことになっているとは夫妻には知る由も無い。知ったところで、どうにかなる問題でもない。
しかし、そうなった以上、彼らのここでの呼び方も「アイル」と「クロノ」に変更した方が良いだろう。
「『アイル』と『クロノ』じゃな。うむ、ではこれからよろしく頼むぞ!」
「は?」
「儂や配下達が力を取り戻すまでの間、汝らに儂達の面倒を見る権利を与える!」
「はぁ? アンタねぇ、私達を巻き込んでおきながら……」
「まあまあ。良いんじゃない? この子達の面倒を見てあげても」
アイルの呑気な返答に、クロノが怒り心頭の様子で彼を睨みつけた。
「何言ってんの!? コイツらゲームの世界に封印されてたのよ? つまり、この世界で何かやらかしたからそうなったんでしょう?」
「何、大したことではないぞ。ちょいとこの世界を征服してやろうとしただけじゃ」
「世界征服って、それもう悪の代名詞みたいなもんじゃない! コイツ連れてたら私達まで世界の敵になるわよ!」
「多分、この子達が『魔王』と『大罪の悪魔』だってバレなければ大丈夫だよ」
「バレたら終わりでしょ! ていうか、自分達の身の振り方も決まってないのに子供と動物達の面倒を見るなんてできるわけないわ!」
「配下は闇の中に仕舞えるぞ」
そう言うと、「魔王(自称)」の足元に再び闇が広がり、その中に配下達が沈んでいった。
「だってさ。僕達が面倒を見るのは主にこの子だけで良いみたいだね」
反論しようと口を開いたクロノだったが、何も言わずに口を閉じ、かわりにこの日一番の大きなため息をついた。
「もういいわよ……コイツの面倒見てあげればいいんでしょう?」
「ようやく儂達の面倒を見られるという行為の素晴らしさに気づきよったか」
「誰もそんなこと言ってないわ。アイルが乗り気だから仕方なく付き合ってあげるだけよ」
仏頂面の彼女に、アイルがそっと近づいた。
「ありがとう、クロノさん」
「別に。でも、アナタって時々頑固よね」
そう言ってそっぽを向く彼女を、アイルは優しく抱きしめた。
「ちょっ、何!?」
「こんなに優しくて素敵な女性と結婚できて、僕はなんて幸せ者なんだろうって思って」
そして、アイルは彼女の耳元でこう囁いた。
「大好きだよ、クロノ」
「〜〜っ!!?」
日本にいた時、彼がここまで大胆な行動をすることはなかった。
異世界へとやって来たことによる興奮からか、はたまた「アイル」となったことによって彼の中で何らかの変化があったのか。
いずれにしろ、クロノにとっては予想できない出来事であった。
「――『
故に、彼女が照れ隠しで彼に魔法を放ってしまうのも致し方のないことである。
それがMP消費の多い高威力の魔法であることは、彼女のご愛嬌ということで。
魔法防御力が高いので大したダメージは入っていないはずだが、頭上から雷を落とされたアイルは「ギャー!?」という情けない叫び声を出していた。
「何を乳繰りあっとるんじゃ、汝らは……」
そんな様子を「魔王(自称)」が飴を舐めながらジト目で見つめていたのは言うまでもない。
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