第2話 親戚の子供に会うとお菓子を上げたくなるのは何故だろう?

 その声は夫妻の背筋を凍らせるほど恐ろしく――は、なかった。

 むしろ、夫妻の頭にははてなマークが浮かんでいた。


「今、子供の声がしなかった?」

「うん。でも、こんな森みたいなところに子供なんているわけないよね」

「いいからこっちを向くのじゃ!」


 彼らは言われるがまま、その声がする方向へと顔を向けた。

 そこには、大きな丸い瞳に涙を浮かべる子供が立っていた。

 年の頃は5歳ほど。パッと見では性別を判断できない、可愛らしい顔の子供だった。


「君、どこから来たの? 親御さんは?」

「こんな所にいたら怪物に食べられちゃうわよ」

「ええい、子供扱いするな!」


 近寄る夫妻に、その子供は殴りかかりそうなほど激怒する。


「儂は『魔王』だぞ! 貴様らに心配されるようなことは何も無いわ!」

「あっそ。じゃ、私達は町目指すから」

「あ! お、置いていくでない!」


 スカートの裾を掴まれ、時子は「ハァー」とわざとらしいため息をついた。


「で? 『魔王』って、あのラスボスの『魔王』でOK?」

「如何にも! 儂こそが貴様らに何度もボコボコにされたラスボスの『魔王』である!」

「それ、自分で言っていて悲しくないの?」

「……事実じゃからな」


 ショボーンという効果音が聞こえてきそうなほど、「魔王」と名乗る子供は落ち込んだ。

 その姿はやはりただの子供にしか見えなくて、夫妻は疑いの目を強めた。


「君が『魔王』だっていう証拠は?」


 茂雄が聞くと、その子供はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張った。


「フッ、そう言うと思ったぞ。では見せてやろう。『配下召喚』!」


 「配下召喚」。

 それは、ラスボスであった「魔王」が怒りモードに入った時に発動する固有スキルである。

 能力は「魔王」の配下である「大罪の悪魔」達を3分間だけ召喚するという、至ってシンプルなもの。

 しかしながら、それはゲームの運営が決めたシステム。

 本来、このスキルは時間制限など無く、全ての配下を呼び出せるものであった。

 この世界は夫妻がプレイしていた「シュバルツミトス・オンライン」の世界などでは無い。

 故に、運営による制限など無い。「魔王」は今、その本来の力を出せる環境下にいる。

 「配下召喚」を発動させた子供の足元から、漆黒の闇が溢れ出す。

 その闇はドロリとした粘り気を持って徐々に広がり、一定の大きさで止まった。


「いでよ、我が配下!」


 子供が両手を広げると、闇の中からゴポッという嫌な音を立てて何かが現れた。

 それは1つだけでなく、2つ3つと増えていき、最終的に7つの影が子供の背後に出現した。


「フッフッフ。見たか、我が忠実なる配下達――『大罪の悪魔』が闇より出でる様を!」

「「……」」

「フン! 恐れ慄いて声も出んようじゃな!」


 より一層胸を張り、ドヤ顔をする「魔王(自称)」。

 確かに夫妻は声が出なかったのだが……それは、別の理由からだった。


「……『大罪の悪魔』?」

「僕らにはどう見ても、ただの動物達にしか見えないけど……」

「ふぇ?」


 間抜けな声を出して、「魔王(自称)」は後ろを振り返る。


「……な、なんじゃこりゃあ!?」


 そこに居たのは、「大罪の悪魔」と思しき小動物達だった。

 そう。彼らは力を失い、ベースとなった動物達の姿に変わってしまっていたのだ。


「あ、一応『憤怒』はドラゴンのままなのね。てっきりトカゲになるのかと思ったわ」

「ドラゴンをトカゲ呼ばわりはやめようよ。でも、ドラゴンだけど子供だよね、あれ」


 夫妻が知っている「憤怒」は、当たれば火傷の状態異常になる炎を全身から噴き出していた巨大なドラゴンだった。

 だが、今彼らの目の前にいるのは、手のひらサイズの赤い子供ドラゴンだ。


「憤怒……儂じゃ、魔王じゃよ。儂のことがわかるか?」

「クァ?」


 自称「魔王」な子供でも抱きかかえられそうなほど小さな身体のドラゴンは、その小さな首を傾げた。

 それは何か言われたとは思っているが、その意味を理解できていないようだった。


「これってどういう状況なわけ?」

「さ、さぁ? あの動物達が『大罪の悪魔』なら、あの子供は本当に『魔王』ってことになるけど……」

「……貴様らのせいじゃ」

「は?」

「貴様らが我々を倒したせいじゃ! 貴様らが現れなければ、我々はある程度の力を持って元の世界に帰れたはずなのじゃ! それなのに、き、きしゃまらが、儂や配下達を、た、だおじだがらぁ……」


 グスッグスッと鼻を啜り、零れ落ちそうなほど涙を溜めた目で、「魔王(自称)」は夫妻を睨みつけた。


「落ち着いて。ほら、飴ちゃんあげるから」


 泣きじゃくる「魔王(自称)」を見兼ねた茂雄は、どこかから取り出したカラフルなロリポップキャンディを差し出した。


「その飴、どっから出したのよ……」

「『パンプキンヘッド』のスキルだよ。MP1消費でお菓子がいっぱい出せるやつ」

「あー、あのハロウィンイベ限定の職業のやつか」


 茂雄のいう『パンプキンヘッド』とは、ゲームのハロウィンイベントで手に入れることのできた職業である。

 ゲームでは攻撃スキルは「お菓子を投げつける」しかなく、メインの動きは様々なお菓子を出して味方に食べさせてバフをかけるという、完全サポート型の職業だった。


「でも、今あのクソダサい頭アクセサリー付けてないわよね?」

「そもそも石も持ってないから職業変更もできないよ」


 ゲームでは職業変更は神殿と呼ばれる場所で行うか、そこに売っている「職業変更の石」というそのまんまの名前の使い切りアイテムで行うことができた。

 言い換えれば、神殿に行くか、そのアイテムがなければ自由に職業を変えることができなかった。

 しかし、どうやらこの世界では職業変更をせずとも、既に持っている職業であればそのスキルを使うことができるらしい。

 なお、時子が言った「クソダサい頭アクセサリー」とは、ジャック・オ・ランタンを模した被り物のことである。ゲームでは「パンプキンヘッド」はそれを被らないとなることができない職業であったが、この世界においてはその設定も適用されないようである。


「のう、この『あめちゃん』とやらは何に使うものなんじゃ?」

「いや、それ食べ物だから」

「なんと! この珍妙な色の渦巻きが食べ物なのか!?」

「そうだよ。口に入れるには大きいから、舌で舐めてみてごらん」


 「魔王(自称)」は険しい顔で飴を舐めた。

 すると、大きな目を更に大きくして固まってしまった。


「どう?」

「……美味しい! 何と甘くて美味なる渦巻きじゃ!」


 大興奮の「魔王(自称)」は、小さな舌で一心不乱にペロペロと飴を舐め始めた。


「……ほんとにこの子、魔王だと思う?」

「うーん。でも、何となく親戚の子供みたいで可愛いよね」

「何よそれ。アンタは相変わらず能天気なんだから……」


 ふと、「魔王(自称)」の後ろを見ると、その飴を舐める姿をジッと見つめる「大罪の悪魔(?)」達がいた。


「もしかしてさ、あの動物達もお菓子を食べたいんじゃない?」

「そうなの? じゃあ、上げてみるよ」


 茂雄は色んなお菓子を「大罪の悪魔(?)」に渡した。

 彼らは「魔王(自称)」同様、お菓子を口にした瞬間、夢中になって食べ始めた。


「皆可愛いねー」

「……呑気というか緊張感がないというか。ちょっと警戒してた私が馬鹿みたい」


 目をキラキラさせてお菓子を食べる「魔王(自称)」達と、それを嬉しそうに眺める茂雄を、時子は呆れながら見つめていた。

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