第1章 ゲーマー夫婦、ゲームの世界へ行く
第1話 元々少ないと無くなったことに気づけないよね
「うーん……」
最初に目覚めたのは時子の方だった。
目を開ければ、広がるのは青い空。
上体を起こし周囲を見渡せば、鬱蒼とした木々が彼女を取り囲んでいる。
「何だここ。てか、何だこれ」
彼女は自分の服装を見て首を傾げた。
制服のようなブレザーに赤いタータンチェックのスカート、黒いソックスに茶色のローファー。
とてもアラサー女性が着るような格好ではなかった。
しかし、彼女にはこの格好に見覚えがあった。というか、ついさっきまで画面越しに見ていた。
彼女が自分の髪を触る。肩で切り揃えていたはずのそれは後ろで1本の三つ編みを作っていた。
彼女は恐る恐る、自身の胸に両手を当てた。
「……無い。私の、胸が無い!」
「壁」と評されるほどの微乳ではあったが、触れば柔らかな感触があった。
が、今はその感触もない。まさに断崖絶壁と言うべき感触がそこにはあった。
それで彼女は確信した。
自分は今、自分のプレイヤーキャラクターになっているのだと。
「ああ、そっか、14歳だもんね。その時の私、確かに胸無かったわ……って、そこまで忠実に再現せんでもええねん!」
エセ関西弁を発しながら、時子は隣でぐっすりと眠っている全身鎧の人物を叩いた。
「いったぁ!? ……え、あれ、何か前が見えにくい?」
「ようやくお目覚めのようね。気分はどう?」
「その声は時子さん? うーん、身体が軽いような……?」
「そりゃそうでしょ。あんた今細いもん」
「え? わぁ、ほんとだ。しかも、鎧着てるのに全然重くないよ」
鎧の人物は軽やかに起き上がると、自分の両手をグーパーさせていた。
「あれ、これってアイルファーが着てた鎧だよね? 何で僕が着てるの?」
「そもそも細くなってることにツッコミなさいよ」
「わっ、時子さんがクロノさんのコスプレしてる!」
「コスプレじゃないわ。よく見なさいよ、特に胸を」
「うん? 特に変わったところなんてないよね……痛い痛い。鎧ごしでも痛いよ時子さん」
鈍感な茂雄をポコポコと殴る時子だったが、不意に手を止めた。
「どうしたの? 僕の顔に何か付いてる?」
「いや、フェイスガードでシゲの顔見えないからわかんないけど。でもさ、アンタ声違くない?」
「あ、やっぱりそう? 自分で言うのもあれだけど、カッコイイ声になってる気がするんだ」
「そうね。とっても聞いたことのあるイケボになってるわ」
「聞いたことあるの?」
「ええ。だから、ちょっと頭の兜を外してもいいかしら?」
そう言うや否や、時子は茂雄の兜を外した。
「……時子さん? やっぱり、何か顔に付いてた?」
「……」
時子は何も言わず、兜を再び茂雄に被せた。
彼女の顔は何故かほんのり赤く色付いている。
「ね、ねぇ? どうして何も言ってくれないの?」
「……とりあえず、アンタはその兜絶対取らないでね」
「取らないでねって、食事の時とかはどうするの?」
「知らない。顔見せないように食べて」
「ええ!? それって兜を被ったまま食べろってこと?」
「口だけ空いてるヤツとかあるでしょ」
「確かにあるけど、それでも食べる時に邪魔だよ」
「うるさい。それくらい我慢して」
「ええ……。じゃあ、せめてそうしなきゃいけない理由を教えて欲しいんだけど」
「……顔が良すぎる」
「へ?」
「アンタは今、アイルファーの顔になってんの! イケメンは鑑賞物だっていつも言ってるでしょ!」
「……つまり、『イケメンが傍にいると落ち着かないから被ってろ!』ということだね」
「わかればいいのよ、わかれば」
そう言うと、時子は茂雄から顔を背けたのだった。
さて、ここで彼らの操っていたキャラクターについて説明しておこう。
彼らは結婚した際、見た目を変更する課金アイテムを使い、互いのキャラクターの見た目を変えることにした。
その時、茂雄は時子のキャラメイクを、時子は茂雄のキャラメイクを行った。
いつも一緒に行動するからお互いに見ていて楽しいキャラを使おうという理由からだった。
そのキャラメイクによって、時子のキャラは14歳の時子をイメージした姿になり、茂雄のキャラはその頃時子がハマっていた乙女ゲーの推しキャラそっくりになった。
そして、彼らは今、自分がさっきまで動かしていたキャラの姿になっている。
「イケメンは鑑賞物。近くに寄られると発光体なので眩し過ぎる」という時子には、乙女ゲーの攻略キャラの見た目をした今の茂雄の姿は眩しすぎたらしい。
「ところでさ。これって、最近よく見るゲームの世界に転移しちゃったってヤツじゃない?」
「時子さんが前に読んでた、主人公がゲームのキャラになって異世界を無双するってやつ?」
「うん。今の状況にそっくりじゃない?」
「言われてみるとそうかも……」
少し落ち着きを取り戻した夫妻は、これがいわゆる「異世界転移」なのではと思った。
2人ともゲームして寝落ちしたのでは、と思わなかったわけではない。
だが、夢にしては鼻腔をくすぐる草木の匂いも、肌を撫でる少しひんやりとした風も、あまりにリアル過ぎた。
「こういうのってさ、序盤から強い敵が現れたりするのよね」
「例えば?」
「うーん、そうね……ラスボス級の超強いモンスターが仰々しく現れるとか」
その時だった。
「――貴様ら。よくもやってくれたな……」
夫妻の後ろから、恨めしそうな声が聞こえたのは。
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