第2話 ゲーマー夫婦と思い出のMMORPG②

 ――いや、それは戦いと呼ぶにはあまりにも一方的過ぎた。


「うわっ。私が倒したボス、弱すぎ……?」


 大罪エリア最初のボス、「色欲」。

 巨大な黒兎に山羊の角と蠍の尾、蝙蝠の羽をつけたような姿をしたボスキャラで、戦闘前の会話中に出てくる選択肢によって難易度が変わるというギミックがある。

 難易度が上がる方がレアドロップ率が高くなるため、夫妻はもちろん難しくなる選択肢を選んだ。

 しかし、いざ戦うと、易しくなる方の選択肢を選んだ時よりも弱くなっていた。

 具体的に言うと、時子のキャラが放ったそこそこ強めの魔法の一撃で沈んだ。


「運営さぁ、いくら最後だからってこの調整はやばくない?」

「しかも、報酬凄いね。こんな量のドロップ見たことないよ」


 画面いっぱいに出てくるドロップアイテムの数々。

 その中には夫妻が何度も挑んでようやくドロップした物もあった。


「こんなにあっさりドロップされちゃうと何だか萎えるわね」

「いや、でも見たことの無いアイテムもあるよ?」


 長いドロップ欄をスクロールすると、確かに“NEW”と表示されているアイテムがあった。


「えーと、なになに……『色欲の指輪』?」


 それは、ピンクの宝石がついた指輪だった。

 説明文には「色欲の悪魔の力を封じた指輪」とだけ書かれている。


「ねえ、このアイテム知ってる人いる?」


 時子はスクショを撮り、ギルドのチャットに画像を貼った。


「んー? いや、なんすかその指輪」

「俺も知らないな」

「検索しましたけど、どのサイトにも記載がないですよ」

「え、じゃあこのアイテム手にしたの私達が初かもしれないってこと?」

「やったね、クロノさん」


 嬉しそうに拳を合わせる夫妻は、そのまま次々と「大罪の悪魔」を倒していった。

 どれもいつもよりかなり弱くなっており、ドロップアイテムが大量に手に入った。

 そのドロップアイテムの中には必ず「○○の指輪」という、倒した「大罪の悪魔」の名を持つ指輪があった。

 そして、全ての「大罪の悪魔」を倒した時、大罪エリアに着いてからまだ40分しか経っていなかった。


「もう既に記録更新したわ」

「でも、ラスボス戦が残ってるよ。『魔王』はどう頑張っても1時間近くかかってたから、弱くなったとはいえ残り時間で倒せるかなぁ」

「やるっきゃないでしょ。こちとらカウントダウンイベントほっぽり出して来てんだから」


 ラスボスへの道が開かれ、夫妻はダッシュで駆け抜ける。


『よくぞ来た、弱者ども――』

「うるさい。スキップじゃ、スキップ!」


 既に聞き慣れた戦闘前の会話イベントをスキップし、彼らはラスボスとの戦いを始めた。

 ラスボスは画面を覆い尽くすほどの巨体とは裏腹に、素早さが高く、必ず2回攻撃を行う。

 加えて、「超回復」という体力を一定量自動で回復するスキルを持つため、ちまちまと攻撃して削るのは難しい。回復技も使ってくるため、長期戦必至の相手だった。


「くらえ、『聖光一閃ホーリースラッシュ』!」

「『聖なる爆発ホーリーイクスプロージョン』!」


 ラスボスは聖属性が有効な敵ではあるが、その聖属性に耐性を持つため、通常時であれば夫妻が今放った技を当てても体力ゲージは10分の1も減らない。

 しかし、やはりラスボスも弱体化されているようで。


「うわぁ、半分削れたんだけど……」

「……これはさすがにやり過ぎじゃないかな」


 夫妻がドン引きするほど、ラスボスの体力ゲージは一気に半分以下にまで削れた。

 ラスボスが体力半分を切った時の演出が入り、「怒りモード」などと呼ばれる強化状態に変化する。


「素早さ高いから先制攻撃されると思ったのにされなかったし、結構ステータス下げられてるのね」

「うん。何か、ラスボスなのに可哀想になってくるよ」

「おーい、最強夫妻。怒りモード中に喋る余裕あんの?」

「ここからが大変なんだから、油断すると負けますよー」


 ラスボスの怒りモードは攻撃力及び防御力が上がり、全範囲攻撃の魔法をバンバン放ってくる。

 全範囲攻撃は躱しようがないので魔法防御力を上げたり、その属性の耐性を上げる装備を事前に身につけておいたりといった対策が必要となる。

 もちろん、夫妻は対策バッチリなので、そう易々とやられたりはしない。


「強化モードはそこそこ強いじゃない」

「と言っても、普段よりはキツくないね」


 怒りモードのラスボスの動きは、先制攻撃こそなかったものの、弱体化前とほぼ変わらなかった。

 攻撃力が落とされているためか、攻撃はさほど痛くない。しかし、防御力はそこまで下げられていないのか、こちら側の攻撃が入っても体力ゲージはあまり減らなくなった。

 夫妻は朗らかに会話しながらも、キーボードを叩く手は真剣そのもの。

 プレイキャラの動きも無駄がなく、しっかりとラスボスの体力を削っていった。


「ゲージ、あともうちょい!」

「これで削り切る!」


 茂雄が再び「聖光一閃ホーリースラッシュ」を放つ。

 ラスボスの巨体に入ったそれはクリティカルヒットし、見事体力ゲージを削り切った。


「……や、やった」

「いやっほーい! 最短記録更新!!」


 胸を撫で下ろす茂雄とは対照的に、時子は手を挙げて今にも踊り出さんばかりに喜びを顕にしている。

 彼らのヘッドホンからは、ギルドメンバーからのお祝いの言葉が流れていた。


「……あ、そろそろサービス終了まで残り10秒切りますよ!」

「そっか、もうそんな時間かあ」

「結局ラスボス倒して終了することになったわね。あーあ、カウントダウンイベント参加したかった」

「こんな終わり方でも良いんじゃないかな? こっちの方が僕達らしいでしょ?」

「ま、確かにそうね」


 夫妻はドロップアイテムを確認しながら、ギルドメンバーのカウントダウンの声を聞いていた。


「魔王は『魔王の指輪』みたいなの、落とさないのね」

「初ゲットのアイテムもないし、特に隠し要素はないのかな?」

「ちょっと拍子抜けかも。せっかくここまで来たのに」

「まあまあ。どうせ後ちょっとで消えちゃうんだからさ」

「もう、そういうこと言うのは悲しくなるからやめて」


 そして、サービス終了まで残り5秒となった時だった。


『ふふふ……』


 不気味な笑い声が夫妻のヘッドホンから聞こえてきた。


「え? 誰よ、今笑ったの」

『ようやくだ……ようやく解放される』


 その声は、飽きるほど聞いたラスボスの声だった。

 しかし、ラスボスを倒した時の演出に、こんなセリフは登場しない。


『貴様らにも恨みはあるが――まずは、元の世界へ戻るとしよう』


 その瞬間、夫妻が見ていたPC画面が真っ白に光りだした。


「え、ちょ、なに――」

「眩し――」


 部屋全体が白い光に包まれる。

 その光は次第に引いていったが、ゲーミングPCの前にいたはずの夫妻の姿はなかった。

 PC画面にはサービス終了のお知らせが表示され、ゲーム内ボイスチャットを利用していたためヘッドホンから聞こえてくる音はない。

 だから、誰も気づかなかった。

 その日、あるMMORPGのサービス終了と共に、佐藤夫妻が現代日本から消えてしまったことに。

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