心理学風短編集

@demae_6

サリーとアンと

 子ども向けの簡単な心理テストです。


 小さな部屋の中でサリーとアンが遊んでいた。部屋にはカゴと箱があった。

 サリーはカゴにビー玉を入れた。

 サリーは部屋の外に出かけた。

 アンはビー玉をカゴから取り出した。

 アンは箱にビー玉を入れた。

 部屋に戻ってきたサリーがビー玉を探すのはどこ?



 


 最初は、左利きなのだと思った。

 

 デスクのキーボードの左側に使い古したテンキーが置いてあった。マウスはテンキーの側にあり、キーボードの右側はひどく散らかっていた。マウスを走らせる余地は無かった。

 次に、手首の腕時計が目に入った。社会に出てから腕時計やら時計やらのブランドを確認することが増えた。最近の私は、浅ましいことだが、装飾品で無意識に人間を値踏みすることが増えてきたようだった。彼が身に付けているそれはノーブランドの極めて質素なものだった。


 彼は人当たりの良い性格で、人の頼みを断ることがない。常に誰かの頼みごとを引き受けては、自分の仕事が終わらず上司から嫌味を言われていた。


 ふと、おかしなことに気づいた。腕時計は左手首に巻き付けられている。この人は左利きではなかったのか。右手首を見ても当然腕時計は無い。有名なサッカー選手に憧れているというわけでもなさそうだ。


「変わった人だな」


 と、ぼんやり右手首を見ながら、思考を巡らせた。

 正確に言えば、思考を巡らせたのではなく思考が勝手に一人歩きをしていた。原因はその右手だ。

 中年男性のものだというのに一切毛が生えていない。左手はどうだ。人並外れた剛毛とまではいかないが、目を凝らさずとも見て取れる程度には生えている。無遠慮な好奇心は抑えきれなくなっていた。


 義手だったのだ。不自然に見える彼の生活空間は、たった一つの単純な理由で説明が付いてしまった。この事務所に配属されてから僅かの間ではあるが、彼には幾度となく雑務を押し付けていた。私が彼に依頼する内容の多くは手先の器用さを必要とした。それを彼は一度たりとも断らなかった。


 後になって考えてみれば、彼が他人の依頼を断らないのは、彼のによるところが大きいのかもしれない。





 「他人の視点」で考える時、自分が相手だったならと考えてしまう。これは「自分の視点」だ。そうならないように、自分と相手がお互い気持ちのよいコミュニケーションを取れるようにと私たちは教育されてきた。しかし、知識が足りず創造力の及ばないところでは他者を「自分の視点」で解釈するしかない。

 私は未だに、ビー玉を探す場所を答えられない。

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