砂糖菓子の思い出

第1話

僕はこの町が嫌いだ。

 僕のお父さんは僕が気がついた時にはもういなくてそばにはお母さんしかいなかった。

お母さんは昼も夜もずっと働きづめだけど、夕飯にだけ帰ってきて一緒にご飯を食べてそれからまた働きに出ていってしまう。それでまた帰って来るのは深夜にもなる頃で。僕はいつも布団の中から帰って来る気配を感じながらいつも眠くていつもお母さんはすごいなあと思っていた。

 でも朝がくると、お母さんはもういなくて用意された朝ご飯だけがテーブルに残されていた。もう湯気はでていなくて、冷めてしまった料理をただ口の中に放り込んだ。僕はこれからの一日はこの冷めた料理からいつも始まるのだった。

 学校では僕以外みんな新しく手提げ袋を買ってもらっていた。今日から新しい工作の授業があってその道具を持って行くのに手提げ袋がいるのだった。僕のお母さんは新しい手提げ袋を買うようなお金はなくて、決められた日までにあるものを集めて裁縫してつくってくれた。僕がお願いしたキャラクターのマークもつけてくれた。お母さんは裁縫があまり得意じゃないけれど絵をかくのはわりと得意だったので、僕はそのマークをつけてくれたことが本当に嬉しかった。

 だけどみんな買ったものだからちゃんとマークがついていて、僕のはニセモノだって言うんだった。ついには僕のを取り上げて、ニセモノをつくったら犯罪だと騒ぎ出した。僕はお母さんは間違ったことをしていないと言っても、みんなに取り押さえられて罰だといって殴られた。

 学校の授業が終わって帰ろうとすると僕の手提げ袋はまた取り上げられた。ニセモノを持ってきたということで、手提げ袋はハサミで切り刻まれてしまった。その間も僕は何人かに殴られてしまってなにもすることができなかった。

 ニセモノを持ってきてごめんなさいとみんなに謝れと言われた。僕はなにも言えなくて涙がただこぼれた。そうするとまた泣いていると騒がれた。僕のマークはテレビでやっているものより赤い線が入っていて本物よりかっこよかった。みんなの持っているものは青と緑色と白い色だ。僕のは赤があるだけで、みんなのよりかっこよかった。それをみんながニセモノだって大声で言っていた。

 僕は前からずっとみんなからこんなことをされていた。ゲームも持っていないし、みんなと同じ塾にも行っていない。だからいつも仲間はずれにされていた。みんな僕を嫌がっていた。たまに消しゴムの破片や紙くずを投げつけられることはあったりした。

 だけど今日みたいにここまでされたことはなかった。僕のかっこいいマークがそんなに気になったのかわからないけれど、ひとりが見つけて言ったらみんなにわっと火がついて、今こんなことになってしまった。

 もうニセモノなんて持ってくるなよと言われて僕は離された。僕は走って帰った。

 お母さんになんて言ったらいいのかわからない。切り刻まれた手提げ袋を抱えて走っているとまた涙がこぼれてきた。

 いつまでも泣き止むことができなくて、しゃっくりも激しくなってきてどうしたらいいのかわからなくなっているとお母さんが夕食の支度に帰ってきた。

 お母さんは僕を見つけると僕を抱えて一緒に泣いた。手提げ袋をこんなにされても怒られなかった。お母さんはずっと頭をなでてくれた。お母さんはその日の夜の仕事を休む電話を入れた。そして明日の仕事も休む電話をした。

 お母さんは明日一緒に学校に行こうと言った。僕の持っている手提げ袋をとって、これを持って先生と話に行こうと言った。

 次の日の朝にお母さんと先生と校長先生とお話をした。お母さんは今まで見たことのないお母さんで先生に強く言っていたけど、先生は子供もすることですからとか、いじめということがあるなんて認められませんとか、ずっと同じことを言っていた。校長もまあまあしか言わなかった。いつも朝礼で人の言うことをちゃんと聞きましょうと言っているのに、少しもお母さんの話を聞こうとしていなかった。お母さんも次第に涙がこぼれてきて、それを見たら僕も一緒に涙がこぼれてきた。涙を拭う手の向こう側で先生はなんか笑っていた。

 お母さんは僕の手をひいて学校をでることにした。帰り道お母さんが泣き止むと、ずっと僕にごめんねと謝った。なんでお母さんが僕にごめんねと謝るのかわからなかった。気がつかなくてごめんね、お金がなくてごめんね、こんなことさせられてごめんね、お母さんはごめんねの理由を言うけど、僕はお母さんが謝ることはひとつもないと思った。思ったら僕はまた泣いてしまった。

 お母さんはその日に僕にお金が少しあるから、おばあちゃんの家で暮らそうと言った。おばあちゃん家はここからすごく遠いところにある。おばあちゃんとお母さんはあんまり仲良くないのを僕は少しだけ知っている。いいのと僕が言うと

「大人がしっかり守るから大丈夫よ」

 とお母さんは言った。

 だけど僕は学校に通った。もう引っ越すのがわかっているからか、みんなはもう僕のことは少しも相手しなくなった。お別れの挨拶もどうだったかよく覚えていない。

 その日の帰り道、学校近くにあるお菓子屋のおばさんに声をかけられた。あまり買ったことがない店だったから最初僕のことを呼んでいるのがわからなかった。

 僕が切り刻まれた手提げ袋を持って走っていたのを見たらしくて元気かと言ってきた。僕は急に恥ずかしくなった。おばさんは僕に砂糖菓子をくれた。

「それ食べて元気になりなさい。元気になったらお友達とまたおいで」

 おばさんは僕の頭をなでながら言った。

 僕はうなずくだけでなにも言えなかった。また涙がこぼれてきそうになったので僕は砂糖菓子を抱えながら走って逃げた。

 走りながら砂糖菓子をほおばった。カリカリに焼けた砂糖菓子だったけど涙が落ちてふにゃふにゃになってしまう。顎が震えておえってしてきて上手に食べられないけど、僕は砂糖菓子をずっとほおばった。

 せっかくお菓子をもらったのに僕はありがとうも言えなかった。またおいでと言われたのにもう来られない。さようならも言えなかった。

 お礼も言えない僕は子供だ。

 子供の僕はお母さんを泣かせてしまう。

 僕ははやく大人になりたい。強くて、そう大人はみんな強くて、優しい。

 優しくないのは大人なんかじゃない。学校の人たちに大人は誰もいなかった。大人は強くて嘘をつかなくて優しくて、守れる人だ。

 僕は最後にもらったこの砂糖菓子を忘れない。嫌いなままでこの町からさよならしなくて、よかった。

 大人になったら砂糖菓子、買いに来るからそれまで待ってて、おばさん。

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