メガネとアンドロイド

プラのペンギン

無題

正直私は驚いた。

 私は小説家をやっている。自分で言うのは小っ恥ずかしいことではあるが、有名な賞をいくつか取ったことがあるくらいの実績を持っている。しかし、執筆以外のことはてんでできないのだ。そこで数年前からお手伝いさん兼秘書として、アンドロイドを買ったのだ。嫁が若いうちに死に、寂しさからかはわからないが女性型アンドロイドを買った。自分でも未練がましいとは思っているが、嫁の名前からとってハナと呼んでいる。そんな彼女が、一週間ほど前からメガネをかけているのだ。私が与えたわけではない。買い出しの間にでも買ってきたのだろうか。彼女が充電のためスリープモードに入ったときにメガネをよく見たのだが、どうも度が入っているらしい。ファッションの一つかと思っていたのだが、もしかしたらカメラのレンズなどが劣化しているのかもしれない。

 そして私は、意を決してハナに質問を投げかけた。

「ハナ、どうしてメガネをかけているんだ。それにそれは度付きだろう」

ハナは掃除の手を止めて、表情を変えずに答えた。

「レンズの劣化で焦点が合わなかったため、作りました」

「どうしてだ。言ってくれれば修理を頼んだのに」

ハナは一度口を開け、閉じて、また開いた。

「修理より断然安上がりですし、メンテナンスするには軽度な劣化でしたので……」

一理あるが、ありがたいことにお金にある程度余裕がある私は、彼女の気遣いに異見を出したのだ。

「構わないよ、一度メンテナンスに行ってきたらどうだ」

ハナは少し歯切れ悪そうにうつむき、なにか思考しているようだ。モーターか何かの駆動音が小さく聞こえてくる。高い処理能力を持ったアンドロイドとしては珍しく長い思考時間だったが、ついにハナは口を切った。

「メンテナンスには少なくとも1ヶ月かかります。その間、先生の世話と経理などができなくなってしまいます」

「それなら出版社から誰か派遣してもらえるだろう」

「……それに、」

「それに?」

「……先生が寂しい思いをしてしまいます」

それはとても小さな声だったが、駆動音はより大きくなっていた。そしてわかったのだ。

「そうか、大事にされた物には魂が宿るっていうのはホントだったんだな」

思わず忍笑いしてしまった。彼女は何言っているのかわからないといった調子でこちらを眺めていた。そこで私は提案したのだった。

「私の知り合いにメガネ職人がいる。彼に君に合うメガネを作ってもらおう」

 彼女は寂しいという感情を理解し、自己の中で再現したのだ。

正直私は驚いた。

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