section4 不安なミッドナイト


 ……カーテンを開けると、雨は割と強かった。


 

 土曜日の夜なんて夜更かしするにはもってこいだけど、わたしにはやる事もないし、どうせ今夜も溜まっている録画を消費するのだと思う。


 昨日は春野くんとメールアドレスを交換した。今思い返してもあのやり方は強引だったなと自分でも引いている。「わかったことがあれば報告する」と言われたし、自分からはやっぱり送りづらい。

 

 ……それにしても、春野くん。女子との待ち合わせに一時間半遅れるなんて、どうかしてるよ。わたしじゃなかったら帰ってると思うな、まったく。

 なんて言いつつ待っているわたしもわたしだけど……。

 

 音楽プレイヤーに手を伸ばす。スピーカーに繋ぐのは、お母さんに「うるさいから」と禁止されている。しかし、わたしの部屋は二階にあるので、お母さんが夕飯の支度をしている今は絶好のチャンスだ。

 

 最近ハマっている『チャメ』というガールズバンド。これがなかなか良い。SNSで話題になってから一躍有名になった。

 わたしは話題になってから初めて聴いたけど、いわゆる古参と呼ばれる方々は、新規のファンを毛嫌いしていて、ちょくちょく揉めているのを見る。わたしは、好きなことには変わりないのになと少し悲しい気持ちになるが、もし自分が古参の側だったら、新規のファンに対して心から歓迎できるのか自信がない。

 コアなアーティストが好きな人って、「自分が見つけた」とか「自分しか知らない」とかそういう所に価値を見出している気がする。最初からアーティストなんて誰のものでもないのに。


 ……そんな事どうでもいいや。

 はぁ、ライブ行きたいな。八月のはじめに武道館で初のワンマンライブをやるらしい。でも今までライブなんて行った事ないし、一人で行くのも怖いなぁ。

 ……春野くん、誘ったらくるかな。でも、いきなりライブなんてめんどくさいかな、わたし。

 

 そういえば、春野くん。メールアドレス交換したっていうのに、何も送ってこない。……わたしってもしかして嫌われてる?まさかね、そんな事。あはは……。

 

 春野くんは松ヶ谷さんの幼馴染。クラスメートに聞いたら、よく一緒に帰ったりしてたって言ってた。……やっぱりあの二人って仲だったのかな。でも松ヶ谷さん、もう引っ越してるしな……。

 

 

 松ヶ谷さん。まだ、わたしのこと許してくれてないのかな……。

 罪を償うってちゃんと決めたのに今更決意が揺らいでいる自分が嫌になる。でも、春野くんに嫌われちゃいそうだな。春野くん、本当は知っていて、それで黙ってくれてるのかな……。もしそうだとしたら、なんかちょっと悲しいな。わたしはスピーカーの音量を少し下げた。


 

 「帆奈ーご飯できたわよ。降りてらっしゃい」

 「はーい。今いく」

 ちょうど夕飯の支度が終わったようだった。わたしは大きな声で返す。そのままスピーカーを切って充電器に繋ぐ。ケータイを見たけどやっぱりメールは来ていなかった。充電器に繋いだまま部屋を出た。


 

 夕飯を終え、しばらくしてから部屋に戻ってきた。

 どうせメールは来てないし、昨日の学校帰りに買った文庫本の続きを読むことにした。読書家なんて立派なものじゃないけど、本は嫌いじゃない。

 

 

 数ページすぎたところでメールの着信音がなる。

 「えっ」

 思わず声が出てしまった。文庫本に栞を挟まずに、そのままケータイを手に取る。

 

 春野くんからだった。どんな内容だろう。何かわかったのかな。それとも……。


 若干の期待を胸に、メールを開く。件名「こんばんは」、そのまま本文の方へスクロールする。


 



 「何よこれ……」

 わたしは自分の目を疑った。でもそれは紛れもない事実だった。

 

 ……『世界は嘘ツキ』の名前がそこにあったのだ。あの『世界は嘘ツキ』の名が。

 なんで春野くんが知っているのだろう。やっぱり最初から知っていたのかな。


 わたしは急いで返信する。すぐにでも確認したい。明日会えるかな……。明日の予定は特にない。春野くん次第だけど詳しい話を聞きたい。

 

 メールが少し塩な気もするけど、送信してしまった。

 するとすぐに返信が来る。


 返事はOKだった。「berry」って……。久しぶりに行くな。急に松ヶ谷さんと過ごした日々が鮮明に蘇ってくる。もちろん忘れていたわけじゃない。でも……。



 わたしはもう寝たかった。というより、不安だった。

 返信を返してベッドに腰を下ろす。春野くんはやっぱり知っている気がする。誘っといてだけど、わたしは明日どんな顔をしていけばいいのだろうか。


 ケータイを充電器に繋ぐ。すると、すごい小さい音でスピーカーから音がなっていることに気付いた。

 雨の音で気付かなかったけど、夕飯の前に、電源を切ったつもりが切れていなかったようだ。

 今度こそはしっかりと、電源ボタンを抑える。

 しかしその指を離す。

 

 「今日も不安なミッドナイト〜明日のことはわからないから」

 


 『チャメ』の新曲「不安なミッドナイト」が流れていた。

 

 ……本当はすごくいい曲なんだけれどな。何でなのか今は聞きたくなかった。

 結局最後まで聞かずに電源を切り、電気も消す。

 

 九時過ぎに寝るなんて小学生か、わたし。

 ベッドに潜っても、不安なことばっかりだ。……この際、はっきり言ってしまおうか。けれどやっぱり、春野くんに嫌われたくない自分がいる。

 はぁ。雨、うるさいな……。

 

 



 わたしは結局寝不足だった。


 










 



 


 

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世界は嘘ツキ あろは @Kentaaroha

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