section3 件名:こんばんは
窓の外を見る。ここ最近じゃ珍しい降雨となった。今夜は夜通し降ると、先ほどの七時の全国ニュースでキャスターが言っていた。せっかくの週末が台無しだと思う人もいると思うが、あいにく俺は週末に外出する趣味など無い。家で過ごす分には、正直なところ、天気なんてどうだっていいのだ。
……俺は昨日、倉敷のメールアドレスを貰った。
メールアドレスを貰ったその日のうちに、何かしら送ればよかったのかもしれない。が、俺はどんな内容を送るかを考える段階で疲れてしまっていた。
メール『件名:こんばんは』は、序文に「今日はありがとう」とだけ書き残し、その後に続く文章が思いつかず、そのままの状態で保存した。
そして、ついには「内容なんて明日考えればいいじゃないか」という結論に辿り着き、就寝を選んだ。
そして今日。朝起きてケータイを開き、昨日保存したメールの下書きを開く。
「『今日はありがとう』ってもう昨日じゃないか……」
昨日考えた唯一の文章を全て削除し、何を送ろうか考える。そして俺はあることに気づく。
「倉敷はもしかしたら、週末は昼まで寝るタイプかもしれない」と。
もしそうだった場合。土曜日の午前中である今、メール送ったらそれは迷惑ではないのか。しつこい男として見られるのではないか。
悩み抜いた結果、午前中のメールは諦め、二度寝をすることにした。
そして目を覚ましたのは午後三時回る少し前だった。
ケータイを手に取りメールを打ち込もうとする。しかしまたしても一つの問題点が浮かび上がってくる。
「なんで昨日のうちにメールしなかったんだ」と。
この場合。昨日の夜に寝てしまった時点で、メールを送ること自体が中止になったということになる。時間が経過していくのに比例して、メールを送ることのハードルも上がっていたのであった。
結局、何もしないまま時間が過ぎ、七時になると家族と一緒に夕飯を食べた。
そして今は、食事中に見たニュースを思い返しながら、窓から外を眺めているのであった。
……元より、メールしたところでどうするんだ。「昨日はありがとう」と送っても、「こちらこそ」で会話は終了だ。
少し乗り気だった自分が恥ずかしくなってきた。
そもそも何故俺は、倉敷のメールアドレスなんてもらったのだろう。確か、俺のフォローを倉敷が曲解して「ナンパだ」とかどうとか言ってたんだよな。んで何かわかったら連絡するってなっていたな。……というか、わかるも何も倉敷とこみちの問題なんて俺が分かるわけないじゃないか。
「ん?……いや、待てよ」
ここにきて俺はあることを思い出す。
俺は腰掛けていたベッドから立ち上がり勉強机の横についている引き出しを開けた。
中は文房具だのプリントだので散乱している。俺はそれらを全て外に出し、両手でかき分けた。
「あった……」
そこにあったのは青い封筒だった。手作りのそれはこみちが引っ越した直後に俺宛に送ってきていた。
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貴也へ
いきなり引っ越すこと、言えなくてごめんなさい。知ってると思うけど、生まれつきの病気。それの療養のため、郊外の病院に入院することになりました。
しばらくは一人になりたいので病院も詮索しないでください。でも良くなったら、また今の家に戻るから。それまで待ってて。
追記
もしかしたら、『世界は嘘ツキ』という小説を探しているという女の子に会うかもしれません。その時は私の部屋に案内してください。
松ヶ谷こみち
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「どこの病院かぐらい教えてくれれば見舞いに行ったのに……」
これがこみちとの最後のやりとりだった。
当時はまあ、ショックの方が大きかった。この手紙も、貰ってすぐ机にしまってしまった。
なんとなく裏切られたような気がしていたのだ。
……しかし、これは俺がこみちに、勝手に期待していただけで、一人で俺が傷心してしまっただけの事である。
……とまあ、俺の回想シーンなどどうでもいい。
今回大事なのは追記の部分だ。
当時は意味がわからなかったのでスルーしていたが、この「小説を探している女の子」というのは、ひょっとして倉敷のことではないか。
……こみちと繋がりのある女の子なんて、倉敷以外いないのだから。
……とにかく。この手紙の内容の真偽がどうであれ、倉敷にメールを送る口実が出来たのである。俺は早速、新規メールを作成する。
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to:倉敷帆奈
sub:こんばんは
こんばんは。突然でごめん。
倉敷は『世界は嘘ツキ』って知ってる?なんか小説らしいんだけど……。
いきなり変なこと聞いてごめん。
もし試験勉強の最中だったら申し訳ない笑
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……ついに完成した。ここまで辿りつくのにどれだけ頭を捻ったことか。メールの最後には、俺のできる精一杯のユーモアを取り入れた。
学校の誰かとこうやって連絡するのは久しぶりだ。俺は何度も推敲して、送信ボタンを押した。
まあ、返信は気長に待つとするか。
「ユーガッタメールユーガッタメール」
……嘘だろ。早すぎじゃないか!
送信して、五分も経たないうちに返信が返ってきたのだ。
急いでベッドに飛び乗り、内容を確認する。
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to:春野貴也
sub:Re:こんばんは
こんばんは。その小説知ってます。
明日って時間ありますか?よければ話がしたいです。場所はどこでも
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……まあ、俺の精一杯のユーモアがスルーされてるのは置いておいて。
やっぱり、倉敷は『世界は嘘ツキ』という小説を知っているらしい。
明日は暇だが、休日に女子と会うなんて。それはいわゆるデー……いや、違う。勘違いすると痛い目をみるぞ、俺。
とにかく、こみちの手紙によれば、倉敷を松ヶ谷家に案内すればいいらしい。
俺の家とこみちの家は歩いて十五分ほど。引っ越した直後、こみちのお母さんに話を聞きにいったが、それ以来一度も行っていない。
そういえば、こみちの家の近くに確かカフェがあったな。待ち合わせはそこにしよう。
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to:倉敷帆奈
sub:Re:Re:こんばんは
菊川駅の北口から歩いて五分ぐらいのところに喫茶店「berry」っていうのがあるんだけどそこでいい?
時間は十三時でどう?
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送ってしまったが、質問攻めのような文面じゃないか……。
がっついてると思われて引かれているのではと不安になったのも束の間、返信がすぐに返ってくる。
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to:春野貴也
sub:Re:Re:Re:こんばんは
わかりました
おやすみなさい
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時計を見ると、針は九時を指していた。
……高校二年生の就寝時間というのは、こんなに早いものだろうか。
九時だと、嘘寝と本当に寝ているかの判別がしづらい時間帯である。
健康的な女子ということで処理しておこう。その方がいい。
……しかしさっきから若干気になっていたのだが、(あえて触れないようにしていたのだが)倉敷のメールは随分と素っ気なくはないか。
通常の明るく気さくな様からは、この素っ気なさを想像できない。
メールというものはこういうものなのだろうか。
……考えてもわからないので、俺も明日に備えて早めに寝ることにした。
風呂から戻り、ベッドに腰をかける。
……いきさつがどうであれ、明日俺は学校以外の場所で女子と会うのだ。慣れてないせいか、自分には身に余る行為ではないのかと、とても不思議な気持ちでいる。
そうか。明日は私服で行くのか……。朝は早めに起きて準備しないといけないな。などと考えていると、持ち物や、実際にこみちの家に案内してそこからどうするのか、とか余計な心配事で脳内が埋め尽くされていった。
ええいと電気を消し、カーテンに手をかける。寝てしまうのも一つの策である。
はっきりとはわからないが、雨はまだ降っているようだった。
……とりあえず、明日は晴れるといいな。
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