死者の祈り、あるいは呪い(6)

 部屋着のままで出かけた街は、夕暮れの色に染まりつつあった。


 もし誰かに姉が墜ちた場所に行こうと思った理由を問われたら、きっと答えに窮してしまったことだろう。仏間に運び込まれた姉しか見ていないのでと俯くぐらいが関の山か。鎮魂、探究、祈り、あるいは呪い。どれでもあるようだし、どれでもないようでもあった。


 家を出て三十分ほど歩いたところで、県道に行き当たった。この時間帯は混雑する。ぼくは車列から漏れ出てくる黒い煙に顔をしかめつつ、県道を北に向かった。


 陸橋の周辺は小さな工業団地だった。車道の右側を歩いているぼくからは、自動車部品メーカーの敷地がよく見える。手前にあるノコギリ屋根がバックミラーの工場で、その向こうの平屋根が電動バックミラー用のアクチュエータ工場。アクチュエータ工場は何年か前に周辺の土地を買収して新設したものだ。


「あそこか」


 陸橋の頂上近くまで来ると、ぼくはひとりごちた。歩道に接したU字型の周り階段が、幾重にもとぐろを巻きながら、地表に向かっている。その入り口には、とってつけたように立ち入り禁止のバリケードが置いてあった。


 もちろん気にせずにすり抜ける。


 非常階段と言っても大人が三人ゆうに通れるほどの広さがある。床板は金属で、歩く度にカン、カンと派手な音がした。外周に沿って設置された鉄柵は、階段の大きさの割に粗末な印象で、一定間隔で打ち込まれた柱に対して、細い横材が三本通っているきりだった。


 陸橋側にせり出した二つ目の踊り場に降りると、本来ならば金属製の柵があるべき箇所に空隙が生じていることに気がついた。横材のうち、上の一本本がなくなっていて、残った二本も真ん中でぽっきりと折れ、斜めになっている。ぼくは姉があの場所から転落したのだと悟って、ぞくりと背筋を震わせた。


 風の吹き付ける場所におっかなびっくり近づいて、折れた鉄柵を手に取る。ひどくさびついていて、ちょっと触っただけでぼろぼろと赤い粉がこぼれてくる。見るからに脆そうだ。破断面はぎざぎざしていてあまり綺麗ではなかった。


 ぼくは目を閉ざして、古い鉄柵が姉の質量を受け止めきれず、ぽっきりと折れる情景を思い浮かべた。


 吐きそうな気分で息を吐き出すと、ぼくはゆっくりと後ろを振り返った。踊り場の向こうに、茜色に染まるアクチュエータ工場の全景が広がっている。平らな屋根の上には、青い畳を思わせるソーラーパネルが規則正しく並べられ、本日最後の発電に力を注いでいる。時折パネルがきらきらと輝いて見えるが、ちょうど太陽を背にする位置に立っているせいか、あまり眩しくはなかった。


 あの工場ができる前は、ちょうど搬入口があるあの辺りに溶接工場があったはずだ。中学時代の同級生の親が経営していた小さな溶接工場が。ぼくはどうでも良いことを思い出しながら、地上を目指し、非常階段を下り始めた。

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