第4話 センゴク期の終わり
「だから、あの本屋さんには近づいたらダメだからね」
新しくオープンした書店『
ノブナガは、じろりとあたしを見て、また毛繕いを始めた。
これは、ダメだ。
あたしの言うことを聞く気はないようだ。
「あそこの倉庫は日当たりが良い。昼寝に最適だ」
一生懸命、下腹部を舐めながら、ぽつりとノブナガは言った。
「だけどさぁ」
のぞき込んだあたしの顔に、ノブナガは頭を擦りつける。
「うおっ、ぷぷ」
おい、お前さっき股間を舐めてただろ。ぺん、とノブナガの頭をはたく。
「あれ、どうしたの。元気無いじゃない?」
あたしは気付いた。叩かれても反抗しないなんて。
ああ、と力なく答えるノブナガ。
「我が好敵手であった奴らが、続けてこの世を去ったのでな」
「あら」
そう言えばそんな話を聞いたな。
「甲斐さんとこの『
まあ、メスに景虎という名前もどうかと思っていたのだが。
「あの兄妹も不憫な……」
「確か、晴信くんがお餅の食べ過ぎで、景虎ちゃんは……」
うむ。とノブナガは頷いた。
「グラスに残ったビールを飲んで、酔っ払ったあげく浴槽に落ちたのだ」
日本で最も有名な、名前の無い猫みたいな最後だったようだ。
あたしたちは暫くの間、
「そのおかげで、わしの舎弟は喜んでいるようだがな」
誰よ、舎弟って。
「あの近くの、薬屋の『たぬポン』だ」
あ、ああ。多分この近所で最も残念な名前の子だ。ノブナガの舎弟だったんだ。
平松元気健康堂のたぬポンくん。(♂1才くらい・地味)
一度、晴信くんにひどい目に遭わされたらしい。
「腰が抜けて、糞を垂れ流して帰って来たとか聞いたぞ…」
傑作だろ、と笑っている。
「止めなさい、
ごろん、ごろんと背中で床に転がりながら、ノブナガはこれからの計画を語り始めた。
「まずは、この商店街の中心に居座るあいつを倒さねばならん」
前脚の指の股を舐めては、爪を出し入れしている。
「大和骨董店の、あのジジイをな」
キラリ、と目を光らせる。
あたしも、よく見かけるそのネコの名前は知らない。
骨董店の店先に大きな茶釜が展示してあって、いつもその中で丸くなっているから、友達はみんなこう呼んでいる。
『釜じい』と。
勢い込んで出かけていったノブナガだったが、すぐに戻ってきた。
「あれ、早かったね。どうだった?」
ノブナガはこっちを見て、うん、まあ、とか何とか口の中で言った。
「もしかして、負けちゃったの?」
「いや。そうではないのだが」
どうにも納得がいかない表情になっている。
「あやつ、耳が遠くてな。何を言っても、おおヨシヨシ、としか言わんのだ」
はあ。なるほど。
「大和は貰うぞ、と言っても……」
おお、ヨシヨシ、だったのか。それは張り合いがない。
「でも、いいじゃん。領地が増えたんだから」
「そういうものでは、ないんだがな」
あたしはノブナガの頭を抱きしめた。
「ノブナガが無事だったのが一番だよ」
ふむ、と満更でもなさそうなノブナガだった。ぴん、ぴんと尻尾を振っている。
それから数日は平和な日々が続いていたのだが。
「商店街西口に神社があるのを知っているか」
ノブナガが言った。
赤い鳥居が立っているから、よく知っているけど。
ああ。あの辺にもいるね。ネコが。
特に、広島風お好み焼き屋さんの周りに。
「あの三兄弟を倒せば、わが事業も半ばまで来た事になる」
なんだよ、その事業って。
「ヒノモト統一に決まっておろう。それでセンゴクは終わる」
ここで不安がよぎる。
織田信長って、秀吉が
でも、言って止めるような奴じゃないし。
「じゃあ、くれぐれも本屋さんには近づかないでね。お願いだよ」
ふん、と鼻を鳴らし、ノブナガは部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます