第3話 ギフをわが手に

 その日の夕方、ノブナガはしお垂れて帰って来た。

 耳を伏せ、目だけはまん丸く見開いてキョトキョトと辺りを見回しながら。


「お、ノブナガ。お帰り」

 しゃがみ込んで声をかけると、ノブナガは慌ててあたしの顔に頭をこすりつけた。

「ば、馬鹿者。声が大きい。敵に気付かれたらどうする」


 あらら。すっかり怯えてしまっているじゃないか。

 あたしはノブナガの脇の下に手をいれ、ぶらーんとぶら下げて裏表とも確認する。良かった。どこも怪我はないようだ。


「奴め。わしが偵察のつもりで近づいたら、集団で襲いかかりおって」

 憤懣やるかたない様子のノブナガ。

 それはちょっと許しがたい。こんなバカネコとは云え、うちの家族だからな。急に応援したくなってきた。


「大体斉藤さんちの前は、駐車場とかあって広いんだから集団の方が有利でしょ。どこか狭い所へ誘い込んだ方がいいんじゃないの」


「成る程。蘭丸お主、戦人いくさにんの素養があるのう」

 そうかな。まあ、ネコに褒められても嬉しくはないが。


「そうだ。隣の、何とかギフト…」

 店の名前が思い出せないけど、そこの路地がいいかも。


「ふむ。ギフとは何だ」

「いや、ギフと、じゃなくてギフト。……ん?」

 ギフと。

 ギフ、と。

 岐阜!

 なんと、ノブナガのために在るような場所ではないか。


「そこの横に有る路地、というか建物の隙間だけどね。そこなら一匹ずつしか攻撃してこられないと思う。物が積み上げてあるから、その上からなら攻撃も効果倍増だよ」


「うむ。念のため、他のネコをお主が引きつけておけば完璧だな」

 あたしとノブナガは、ふっふっ、と笑った。


 いざ、決戦。


 ノブナガは尻尾を立て、ゆっくりと斉藤不動産へ近づいていく。

 それに気付いた周辺のネコが集まり始めた。みなドラコくんの手下だ。


 のっそりと、店の奥からボス、ドラコくんが現れた。

 さすがの貫禄。

 頭の部分が金色に近い茶色。背中は黒。

 

「そうか、名前の由来はあの映画のキャラクターか」

 あたしはやっと気付いた。


 ノブナガは彼の正面に立った。

「尋常に勝負せい、〇フォイ!」

 いや、そこはドラコ、だから。ポッターさん関係ないから。


 走り出したノブナガをドラコくんたちが追う。目指すはあの路地だ。

 あたしはエサを手に、彼らを追いかけた。

 このエサで他のネコをおびき寄せるのだ。


 なのに。


 あたしは、近所のおばさんに捕まって、説教されていた。

「ダメでしょ、野良猫に餌なんかやっちゃ。そんな事するから、野良猫が増えるんだよ……」

 はい、よく分かっています。その通りです。分かってはいるんですけど、ノブナガの命令なんです。

 もちろんそんな事は言えないけど。


 その間にもネコたちが路地に入っていく。

 まずい。ノブナガ。今度こそ危ない。


 おばさんの説教は終わりそうにない。

 あたしは後ろ手に持ったエサの袋をカサカサと振る。

 反応がない。


 もう一度強く振る。袋の口も開けてみた。

 頼む、出てきてくれーっ。


 とことこっ、と一匹のネコが路地から出てきた。続いて、二匹、三匹。いつもあたしが餌付けしている奴らだ。


(やったーっ)


 そいつらは足元にまとわりつき、あたしを見上げてにゃー、にゃー鳴いている。

 説教されながら、あたしの頬はゆるんでいた。


 あとはドラコくんだけだ。がんばれ、ノブナガ。


 路地の奥で、うなり声が聞こえた。

 ガラガラと何かが崩れる音。

 更に激しい鳴き声が続く。格闘しているような雰囲気だ。

 気になる。すごく気になる。

 でも、あたしの前には説教するおばさん。


 やがて、路地からネコが走り出てきた。疑いようも無く『敗走』だ。

 それは、金と黒のネコ。ドラコくん。


 その後から、自信たっぷりの様子で出てきたのは勿論。


(ノブナガっ!)


 勝ったんだね。ノブナガ。

 あたしは、おばさんに見えないよう、後ろで拳をぐっと握った。



 こうして、ノブナガはギフト屋さんの路地と『のん』ちゃんを手にいれた。

 たぶん、向こうの世界の織田信長も岐阜城(稲葉山城)を手に入れたのだろう。

 意気揚々とあたし達は帰路についた。


「あれ、こんな所に新しい本屋さんが」


 全然気付かなかった。今度、寄ってみよう。


 でも、このお店。店名が。

「本の宇治」

 ほんの、うじ。


 すっごく嫌な予感がした。

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