第2話 ノブナガ、天下を望む

「どうだ、調略は進んでいるか蘭丸」


 こたつでレポートを書いているあたしの周りをグルグル回りながら、ノブナガは言った。


 ノブナガ。うちで飼っている茶トラのオスネコだ。どうやらこの前から織田信長になったらしい。

 飼い主であるあたしを森蘭丸だと思い込み、顔や体をこすりつけてくる。匂い付け、つまりマーキング。もうすでに所有物扱いだ。


「ええっ? 斉藤さんちのまわりで野良ネコに餌やってたら、迷惑おばさんみたいな目でみられたよ。どうしてくれるの、学校で噂になったら困るんだから」


「愚か者め。そんな事を気にして天下が取れると思うのか」


 いや。たとえ気にしてなくても取れないよ、多分。

 だっておまえ、ネコだし。あたし女子大生だし。


「それにダメだよ。『マロ』くんみたいな優しいネコ、いじめちゃ」

 だがノブナガの返事は意外なものだった。


「蘭丸、連鎖世界という言葉を知っているか」

「れんさ、せかい?」

 知らない。


「そうだろう。わしが創った言葉だからな」

 あたしは黙って、ノブナガの尻尾の付け根あたりを軽く指先で叩いた。


「おうっ♡」

 ノブナガはぴん、と尻尾をたて、お尻を持ち上げた。さらに叩き続けると、段々お尻の位置が高くなっていく。

「あう、あう、あう」

 口をぱくぱくさせながら、目を細めている。


 ははは、バカめ。お前の弱点など知り尽くしておるわ。


「お、おのれ。武士もののふを辱めおったな。この場で成敗してくれ…るっ。…あう、あう、あう」

 まあ、きりが無いので、この辺で勘弁してやる。


「で、なんだって。連鎖世界?」

 ノブナガは仰向けになって、体のあちこちを舐めている。

 今度は返事もしない。なんて生意気な。

「おい、ノブナガ」


「此処とは別の世界のことだ。並行して存在しているのか、砂時計のように直列しているのかは、人間のイメージ次第ではあるがな」

 振り向きもせず、ノブナガは言った。


 織田信長がイメージ、とか言ってんじゃない、と思う。

 それにしても。

「お前、いい声だね」

 ノブナガは、がふがふ、と脇腹のあたりを噛んだ。なんか痒かったのだろう。


「関心を持つのはそっちか。ならば説明してやろう。この声はわしが出しているのではない。中の人がな…」

「中の人とか言わないで」


 ううむ、とノブナガは考え込んだ。

「そうそう。これはお前の頭の中に直接語りかけているのだった。だから、どんな声でも出せるぞ。例えば……」


 お前の好きなアニメに出てくる、なんとかという先輩の声でもいいぞ。

 などとバカな事を言う。

 ノブナガよ、それは絶対にあり得ない。〇〇先輩だぞ。

 あたしを誰だと思っている。かれの三次元での妻だぞ、これは自称だけど。


「ほう。〇〇先輩の声が出せると。いいだろう、聞いてやるよ。さあ、やれ」

 ノブナガは口を開いた。

「……、……」

 ええっ。

「……♡」

 せ、先輩。〇〇先輩が、あたしに愛を囁いているっ!

 あたしは両手で身体を抱きしめ、床を転げ回った。


「しずく、×××してもいいか」

 は、はいっ。いや、でも恥ずかしい、そんなことぉ。でも、あん、いやん♡


 髪を振り乱し、息を切らし、あたしはノブナガの前にひれ伏していた。

「何でも言うことを聞きますっ」


 何てことだ。危うくイカされるとこだった。

 声だけで。

 しかもネコに。


「何の話しだったかな」

 でもやっぱりネコだ。すっかり忘れている。

 ……いや、あたしもだけど。


「えーと。砂時計がどうとか、連鎖球菌がどうとか言ってなかった?」


「おう、そうであった。実はこの世界と繋がる別世界があってな」

 それは、あたしも聞いたことがある。

「パラレルワールド、だね」

「誰が、やあミッキーだよ、だ」

 それは、イッツ・ア・スモールワールドだし。ネズミだし。

 例によって、声は激似だけど。

 本当に織田信長なのか、こいつ。


「つまり、だ」

 やっと本題に入りそうな雰囲気だ。

 そこでノブナガは顔半分くらいの大きな口を開けて欠伸をした。

 くるっ、と丸くなって眠り始めた。


「おい、起きろ。バカネコ」


 細い瞳孔でこっちを見たノブナガは、のっそりと起き上がった。

 両手を前に出して、ぐぐっ、と伸びをする。

 じろ、とあたしを睨み付ける。


「今度茶化したら、貴様の頭蓋骨に金箔を貼って、わしのエサ皿にしてくれるからな!」

 何で逆ギレしてるんだ。

 でも、これは本気で言っているのだろう。なんか、そういうの聞いたことあるし。

 ただし、茶化したのはお前だけどな。


「つまり、この世界でわしが行った事は、その別世界に反映されるのだ」


 ほー。

 さて、レポートの続きを……。


「聞け、わしの話しをっ!」

 がががっ、とノブナガは、あたしの背中を駆け上がる。

 爪が、爪がっ!


「なんだよぅ。あれでしょ、ノブナガがこっちで今川さんのネコをやっつけたら、向こうでは織田信長が今川義元を討ち取ることになる、って事でしょ」

 そんな物語を読んだことがあるような気がする。


 きょとん、としたノブナガ。

「なんだ。分かっているではないか。さすが、我が小姓だのう。話しが早い」

 別に、あたしは小姓ではないが。


 そうか、それで次は斉藤さんちを狙っているのか。

 でも、歴史ではどうなるんだったけ。

 それに斉藤さんちのネコ。この辺り最強と呼ばれる『ドラコ』(♂7才・茶黒)くん。ノブナガとは、体格が倍くらい違うんだけど。


 止めた方がいいんじゃないのかなぁ。

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