ある朝うちのネコが織田信長になっていたんだけど。

杉浦ヒナタ

第1話 決戦! オケハザマ

「起きろ、蘭丸。出陣じゃ!」


 あたしの枕元で大きな声がした。

 はあん? とあたしは寝ぼけ眼をこする。


 目の前にはうちの飼い猫『ノブナガ』(♂2才・茶トラ)がちょこん、と座っていた。じっ、とこちらを見ている。


「おぁー、ノブナガちゃん。お早う」


 伸ばした手が、ネコパンチで弾かれた。

 さすがに爪は出していないが、ちょっとびっくりした。


 この野郎、生意気な。捕まえて布団に引きずり込んでやる。

 あう。今度は顔面にパンチを食らった。


「なんだよぅ、機嫌悪いな、もう」


「敵はオケハザマに有り、だ。一緒に来い蘭丸」

 苛立った声でノブナガが迫ってくる。


 えーと。あたしは暫く考えて、もう一度布団に潜り込んだ。

 これは夢に違いない。

 もう、絶対間違いない。


「きさま、手打ちにするぞ」


 布団から出た頭頂部にネコパンチが連打される。

 ああ、もう分かったよ。


「分かりましたよ、信長さま。何ですって、桶狭間?」

 諦めて、この夢に付き合うことにした。


「今川義元でも退治しに行くんですか」

 決して歴女ではないあたしだが、それくらいは知っている。


「その通りだ。あやつめ、樋本ひのもと町の覇権をねらって、我が相地あいち商店街へやって来おった」

 ごろごろ、と喉を鳴らして、あたしの顔に頭を擦りつける。


「今はオケハザマをねぐらにしているらしい。奇襲を掛けるのだ」


 やれやれ、とあたしはベッドから降りた。

 ネコ同士のケンカに付き合うならスカートはないな。でも、いかに夢とはいえジャージ姿で出歩くのも憚られる。厚手のデニムにしておくか。


「早くしろ、光秀」

 あれ、さっきは蘭丸だったはずなのに。まあ、ネコだからな。

 ともかく、ノブナガに先導され、家を出る。


「あら、しずくちゃん。ノブナガちゃんとお散歩?」

 近所のおばさんに声を掛けられ、ええ、まあ、とか答える。

 そのときノブナガが振り返った。


「おい、俺たちはどこへ向かっているのだったかな」

 お前はネコじゃなく、ニワトリか。


「でも、桶狭間ってどこよ。この辺りでは聞いたことがないけど」


 なに? といった感じでノブナガが振り向いた。ネコだから、ニャに、かもしれないが。心底から軽蔑した表情で、あたしの頭から足の先までめつけたあと、けっけっ、と毛玉を吐くようにむせた。


 そこへ、斉藤さんちの『のんちゃん』(♀ ?才・白)がやって来てノブナガにすりよる。ノブナガは満更でも無い表情でじゃれ始めた。

 しかし、突然ふーっと声をあげた。


「いかん。こんな事をしている場合ではない。ではまたな、のん」

 ぴっ、とウインクしたようにも見えたが、多分錯覚だろう。


「まだ場所は分からぬのか、蘭丸」

 あれ、蘭丸に戻った。

「待って下さい。今、考えてるとこですから」

 桶狭間、オケハザマ。

 オケ、ハザマ。


「あっ、分かりました!」


 あたしとノブナガは、物陰からその建物を伺った。

 その入り口には派手な看板。そこにはこう記されていた。

『カラオケ ハザマ』


 やつは、そこに居た。ふてぶてしい表情で、うずくまっている。白と茶トラ柄で額に丸い眉毛のような模様がある。

 思い出した、今川焼き屋さんの『マロ』くんだ。


「褒めてつかわす。お前は手を出すな」


 お、ちょっと格好いいぞ。ノブナガ。

 彼は、うなり声を上げながらそいつに近づいていった。はあっ?


 待てよ。どこが奇襲なんだよ。隠れていた意味がないじゃない。


 まあ、戦いの詳細は伏せるけど。とにかくノブナガは勝利した。

「ふん、口ほどにもない」

 毛繕いをしながらうそぶくノブナガ。


 でも、マロくんって、すごく大人しいネコなんだよ。これって、どこかに誤解があったような雰囲気を感じる。

 でもまあ、気が済んだのならいいけど。幸い、二匹とも怪我は無いみたいだし。




 だが、その数日後のことだ。

「おい、蘭丸。どうも『のん』の兄貴がわしの事を気に入らないらしい。倒しに行くぞ。案内せい」

 再び、ノブナガは言いだした。え、何それ。風評被害じゃないの。


 その家って、不動産屋さんだ。斉藤不動産さいとうふどうさん。でも止めた方がいいと思うけどな。手下のネコがいっぱい、いるんだけど。


 あたしがそう言うと、ノブナガは不敵に笑った。

「よし。それでは蘭丸、寝返り工作を任せる」

 は、はあっ? 寝返りって、なに?


 ああ、味方に付ければいいんだ。


 こうして、あたしは斉藤さんちのネコたちに餌付けをするはめになってしまった。

 はたして、このノブナガの天下布武は完成するのだろうか。

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