異世界戦記・転魔撃滅ガッデムファイア ~ 地球から来た転生者どもはすべて倒す! 絶対神の魂を宿した最強の復讐者が、魔炎をまとって敵を討つ超必殺・撃滅譚!
第89話 初めての冒険職協会――ジ・アルチザン・アソシエーション
第89話 初めての冒険職協会――ジ・アルチザン・アソシエーション
「――
ソフィア寮の1階にある事務室で、栗色の髪のシスタールイズがわずかに首をかしげながら訊き返した。まだ朝の早い時間だというのに、制服に身を包んだシャーロットとネインが連れ立って部屋を訪れ、不意に話を切り出しきたからだ。
「はい。急な話で申し訳ないんですけどぉ……」
不機嫌そうに眉をひそめたシスタールイズを見て、シャーロットはおずおずと話を続けた。
「えっとぉ、じつは、来週から授業が再開すると聞いたので、その前にポーラのお墓にお花を
「なるほど。そういうことですか」
淡々とした顔でシャーロットの話を聞いたシスタールイズは、赤毛のウィッグをつけたネインにも目を向けて、小さな息を1つ漏らした。
(ああ……この顔はダメかもしれない……)
シスタールイズの感情のない顔を見て、シャーロットは胸の中でそう思った。
ポーラが何者かに殺されてから、シャーロットは毎週欠かさずポーラの墓に足を運んでいた。しかし、暗殺騒ぎで多くの生徒が実家に戻ってしまったので、最近ではシャーロット以外で
(なんだろ……。他の生徒たちに不幸な事件を思い出させたくないから、不機嫌になったのかなぁ……)
口を閉じて思案している様子のシスタールイズを見て、シャーロットはそう考えた。しかし、それはそれで仕方ないとも思った。シスタールイズはソフィア寮を監督する立場の人間なので、残忍な事件とは早々に決別し、生徒たちに平和な日常を取り戻させたいと思うのは当然のことだからだ。
だからシャーロットは自分の思いつきが失敗したと感じて、少なからず落胆した。しかし次の瞬間、シスタールイズは胸の前で手を組んで、シャーロットをまっすぐ見つめながら口を開いた。
「それは素晴らしい考えです」
「……え?」
シャーロットは思わず呆気に取られてパチクリとまばたいた。シスタールイズがいきなり明るい声を発したからだ。さらにシスターは満足そうに何度もうなずき、言葉を続けた。
「ナクタンさん。あなたがこのような提案をしてきたことに私はとても感動しました。このソフィア寮の仲間であるパッシュさんに
シスタールイズはシャーロットに近づき、シャーロットの両手を握りしめた。
「シャーロット・ナクタンさん。あなたはパッシュさんの親友でした。そのあなたが、パッシュさんのためにみんなで祈りを捧げたいと申し出てくれたことに、私はとても心が動かされました」
「そ、そうですか……。それでは、お花の件は……?」
「もちろん、許可いたします」
おそるおそる尋ねたシャーロットに、シスタールイズは力強くうなずいた。
「よろしいですか、ナクタンさん。この世に未練を残して死んだ者や、無残に殺害されて命を落とした者は
「はい……。ありがとうございます……」
シスタールイズの手から温かい想いを受け取ったシャーロットは、思わず瞳を潤ませた。
「それでは、お花と
「もちろんです」
シスタールイズはシャーロットの手を放し、シャーロットとネインを交互に見た。
「生徒の皆さんには私の方から伝えておきます。それと、花を配る時は声をかけてください。寮長と副寮長にも手伝うように話を通しておきましょう」
「そうしてもらえると助かります。許可していただき、ありがとうございました」
シャーロットは再び感謝の言葉を口にして、丁寧に頭を下げた。それからすぐに、ネインと一緒に事務室をあとにした。
その去っていく2人の背中を、シスタールイズはその場に立ったまま無言で見送った。そしてドアが静かに閉まり、ネインとシャーロットの足音が聞こえなくなるまで待ってから、ゆっくりと振り返る。すると、事務室の奥から細い人影が音もなく姿を現した。それは長い黒髪の少女だった。
「……あれでよろしかったでしょうか」
ゆっくりと近づいてくる少女に、シスタールイズは感情のない声で尋ねた。すると、腰に白い剣を
「――えっ? 朝ごはん、ここで食べるの?」
ネインと並んで歩いていたシャーロットは、目の前に迫った大きな建物を見たとたん、思わず目を丸くした。
シスタールイズと話を終えたシャーロットは、魔法陣を描くための紙とインク、それとソフィア寮のすべての部屋に飾る花と
「ああ。ここなら座ってゆっくり食べられるし、安くて美味いからな」
「でも、ここってたしか
「もちろんある。中に入ったことがないのか?」
「そんなの当たり前でしょ。こんな怖そうなところ、わたしみたいな子どもが入れるわけないじゃない」
「そうか。まあ、この時間は人が少ないから問題ないだろ」
ネインは淡々と答えると、さっさと建物の中へと入っていく。それで、腰が引けていたシャーロットも慌ててネインの背中を追いかけて、おっかなびっくり
「それにしても、よくあんな方法を思いついたな」
「あんな方法……? ああ、献花のことね。前からポーラに、お花をいっぱい持っていってあげたいって思っていたのは本当だから、それで思いついたんだと思う」
ネインの隣を歩くシャーロットは、初めてみる
「
「そうだな。たしかにオレには思いつかない完璧な方法だ。どうやらシャーロットには、そういう計画を立てる才能があるみたいだな」
「ん~、どうかなぁ~。こんなこと思いついたのは初めてだから、ほんとにたまたまだと思うけど……」
思いがけずネインにほめられたシャーロットは、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。そしてネインに案内されて、中央ホールの一角に並ぶテーブル席に腰を下ろした。すると、何やらリズミカルな金属音が響いてきたので、首をかしげながら奥の方に顔を向けた。
「ねぇ、ネインくん。あの音はなに?」
「あれは鍛冶屋だ。壊れた武器や防具を直しているんだろ」
「へぇ~、ここってそんなお店もあるんだぁ~」
「まあな。他にも、怪我を治す
ネインはシャーロットに答えながら片手を上げて、近くにいた女性店員をテーブルに呼んだ。そして手早く注文を済まし、運ばれてきた水を一口飲んだ。
「そういえば、ネインくんは
「オレはランク2の
不意にシャーロットが訊いてきたので、ネインは上着のポケットから
「それで、そのランク2ってすごいの?」
「いや。10段階の下から2番目だから、まだまだ初心者だな」
「へぇ、そうなんだぁ~。でも、昨日のクルースさんとの話だと、ネインくんはものすごく強い暗殺者を倒したんでしょ? それってかなりすごいことじゃないの?」
「いや。べつにすごくはないな。暗殺者というのは、闇に紛れて人を殺すことしかできない臆病者だから、まともに戦えば大して強くないヤツが多い。そんなヤツらを5人ほど倒したところで、なんの自慢にもならないだろ」
「ふーん、そうなんだぁ」
ネインの話を聞いて、シャーロットはわずかに首をひねった。なぜかネインの声がどこか不機嫌そうに聞こえたからだ。だからシャーロットは
「ああ、そうそう。昨日の話で思い出したんだけど、なんで学院に潜入していることをクルースさんに話しちゃったの? そんなの、黙っていればわかんないのに」
「いや。あそこで説明しなかったら、オレはかなり不利になっていた。だから話した」
「え? それってどういうこと?」
「べつに難しい話じゃない。隠し事がバレると、よけいな手間がかかるからな」
キョトンと首をかしげたシャーロットに、ネインは手のひらを上に向けて説明した。
「クルース・マクロンは警備軍の人間だ。そして王族を暗殺した犯人を、オレが始末したことを知った。だからきっと今頃は、オレが危険な人間かどうか調べるために情報を集めているはずだ。そうすると、王立女学院に潜入したことをオレが自分の口から話さなくても、クルース・マクロンは自力で突き止める可能性が高い。そしてオレが隠し事をしていたら、何か悪事をたくらんでいるのではないかと疑うはずだ」
「あ~、なるほどぉ~。だから変に疑われる前に、自分から話したってことなんだぁ~」
「そういうことだ。ソフィア寮に潜入するのはたしかに悪いことだが、暗殺者を倒したオレに、警備軍は借りを作ったと感じている。しかもソフィア寮で暮らすシャーロットがオレを警戒していないとわかれば、クルース・マクロンはオレの行動を黙認する可能性が高かった」
「そっかぁ~。だからわざわざ、わたしを連れていったってわけかぁ~。ネインくんって、いろいろ考えているんだねぇ~」
ネインの説明を聞いたとたん、シャーロットは感心しながら何度もうなずいた。しかし不意に首をひねり、あごに指を当てて考え込んだ。
「あれ……? だけどそれって、どゆこと……? もしかしてわたし、いいように使われたってこと……?」
「さあ、飯がきたぞ」
「え? どこどこ?」
シャーロットが真実に気づきかけたとたん、ネインが奥の
「うわぁ~、なんかいい匂いがするねぇ~」
テーブルに運ばれた皿を見て、シャーロットは興味深そうに目を見開いた。王立女学院の食堂では見たことがない料理だったからだ。しかしネインの方は淡々とした顔で、大皿に盛られた生姜焼きのチキンを手早く切り分け、2つのドンブリに盛られたライスの上にのせていく。そして皿に残ったタレをチキンの上にかけてから、シャーロットの前に差し出した。
「ジンジャーチキンだ。温かいうちに食べると美味しいぞ」
「わぁ~い。それじゃあ、いっただきまーす」
シャーロットは話を誤魔化されたことに気づかないまま、野菜スープに口をつけた。それからドンブリを手前に引いて、ジンジャーチキンライスをパクリと食べる。そのとたん、パッと顔を輝かせた。
「うわぁ、なにこれぇ~。ほんとにおいしぃ~」
「そうか。そいつはよかったな」
ネインはシャーロットに淡々と声をかけて、自分のドンブリに黒ゴマを振りかける。そして黙々と食べ始めた。
「あ、そうだネインくん。肝心なことを聞いていなかったんだけど――」
シャーロットも一心不乱にドンブリ飯を食べていたが、ふと思い出してネインに尋ねた。
「ネインくんは、どうして
「……どうしてそんなことを知りたいんだ?」
「ん~、じつはわたし、いまちょっと悩んでるんだよねぇ~。実家の
「そうか――」
ネインはポツリと呟き、残りのライスを食べきった。そして水を一口飲んでから、ゆっくりと言葉を続ける。
「……前に少し話したと思うが、オレの両親は何者かに殺されて、妹はさらわれた。だからオレは
「……ごめん。そういえば、そうだったね……」
ネインの目的を聞いたとたん、シャーロットは力なくうなだれた。以前、メナの家で5人の男たちに襲われたあと、ネインに王立女学院まで送ってもらったことがあったが、ネインの家族についてはその時に聞いていたからだ。
「べつに気にしなくていい。もう7年も前の話だ」
「それじゃあネインくんは、そんな昔からずっと体を鍛えてきたの?」
「ああ。あの時のオレは何の力もない子どもだった。だから、生き抜く力を身につけろって、ある人に言われたんだ」
「そっかぁ……。それで、メナちゃんを守れるほど強くなったんだ……」
シャーロットは肩を落として、小さな息を吐き出した。
「ネインくんはすごいね。わたしなんて、同い年なのになんにもできないダメ人間なのに……」
「オレも昔は、今のシャーロットと同じようなことで悩んでいたけどな」
「え? そうなの?」
「まあな。たぶん誰だって、自分以外の人間は強く見えて、自分は弱く見えるんだと思う。だけど、どんなに強い人間でも、どんなに弱い人間でも、やっていることはみんな同じなんだ」
「みんな同じ?」
「ああ。人間というのは誰であろうと、自分にできることをしているだけだからな。誰だって、できないことはできないし、できるようになるには時間がかかる。だから、他人と自分を比べることに、あまり意味はないとオレは思う。大事なのは他人の目から見た自分じゃない。自分の目で、自分自身を見ることだ」
「それはまあ、たしかにそうかもしれないけど……」
シャーロットは考え込みながら、再びライスを食べ始めた。
ネインの言いたいことは何となくわかるが、結局のところ、シャーロットに足りないものは最初の一歩を踏み出す勇気だった。その勇気を持っているネインとは立っている場所がまったく違うし、見ている景色もまるで違う。だからシャーロットは心の弱い自分を不甲斐なく思いながら、ジンジャーチキンを噛みしめた。
するとネインは、食後の茶を静かにすすり、ゆっくりと語り始めた。
「……オレにも昔、自分の人生を決める大事な瞬間があった。だけどその時のオレには、考える時間はほんの数秒しかなかった」
「えっ? 自分の人生をたったの数秒で決断したの?」
「ああ。すぐ目の前にオレの答えを待っている人がいたからな。だからオレはすぐに覚悟を決めて、自分の運命に飛び込んだ。その決断が正しかったかどうかは今になってもわからない。だけど今のオレは、その時の決断について後悔はしていない」
「どうして? どうして後悔してないの?」
「オレはこの7年で、いろいろな人たちの人生を見てきたからな。どんなに偉い人間でも、どんなに裕福な人間でも、思いどおりの人生を過ごした人間は1人もいなかった。そしてほとんどの人間が、大事な決断から逃げたことを後悔していた。……このカメオを彫った人もそうだ」
ネインはそう言って、上着の内ポケットを軽く叩いた。
「運命の波に飛び込むか、それとも避けて乗り切るか――。それを選ぶのは個人の自由だ。どちらが正解ということはない。だけどオレは、今の道を選んでよかったと思っている。たぶんあの時、自分の運命から逃げていたら、オレは何もできない人間で終わっていたからな」
「なにもできない人間で終わってしまう……」
そのネインの言葉に、シャーロットは胸を
今のシャーロットは自分のことを何もできない人間だと思っていた。だから自分は王位継承権者に相応しくないと思っていた。しかし、このまま何もしなかったら、それこそ何もできない人間で終わってしまうかもしれない――。ネインの話でそのことに気づいたシャーロットは、思わず呆然としてしまった。
「そ……それじゃあ、ネインくんはどう思う? わたし、実家の
「それを決めるのはオレじゃない――なんて、毒にも薬にもならない助言をする人間は、オレの知り合いに言わせればこれ以上ないほどの愚か者だそうだ。悩んでいる人の質問にはっきり答えないのは、責任逃れしか頭にない、ただのクズらしいからな」
ネインは
「だからオレはシャーロットの質問にはっきり答えよう。オレは自分の運命に飛び込んだ。そして、その選択を後悔していない――。これがオレの答えだ」
「それはつまり、わたしも自分の運命に飛び込んだ方がいいってこと?」
「まあ、そういうことだ。とりあえず飛び込んで、イヤになったら途中で逃げるって手もアリだしな」
「あ、そっかぁ……。そういう方法も、たしかにアリかも……」
そのネインの
「ありがと、ネインくん。わたし、なんだかちょっとスッキリしたかも」
「そうか。それはよかったな」
とたんにサッパリした顔つきになったシャーロットを見て、ネインは軽く肩をすくめた。すると元気を取り戻したシャーロットは、ドンブリ飯を勢いよくかきこみ始めた。そしてすべて食べ終えると、水を飲んで息を吐き出し、ニッコリ笑ってネインに言った。
「あ~、おいしかったぁ~。それじゃあ、ネインくん。次はなにを食べよっか?」
「――えっ? まだ食うの? オレ、お腹いっぱいなんだけど」
その瞬間、シャーロットの笑顔は凍りついた。
シャーロットはゆっくりと両手を引いて、膝の上にそっと置いた。そして顔に暗い影を落としたまま、ひたすら無言で固まり続けた――。
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