第79話  優雅なる魔女の狂想曲――ザ・デイ・オブ・パーフェクト その4


・まえがき


■登場人物紹介


・ナキンカルナ・オルトリン

『雨の魔女』という異名を持つ二つ星の魔女。

現在は『オルトリンの森』に居を構えている。

最強の悪魔使いとして恐れられている。

実力は三ツ星魔女クラス。

紅金天位の紅金クリムゾン魔法使い。



・ブリトラ・ダヤン

カルナの契約悪魔。

常に黒い執事服に身を包んでいる。

カルナが最強の悪魔使いと呼ばれるのは、ブリトラの実力が高いため。

階級は上級悪魔ハーモン。第6階梯の悪魔魔法を使いこなす実力者。

オリジナルの合成魔法シンセマギアを編み出している。

カルナと魔女契約を交わし、絶対の忠誠を誓っている。



・ルシーラ・ポラリス

はるかなる遠い昔、カルナを護衛していた女騎士。



・ヘンリエッタ・ミリオン

カルナの師匠になった二つ星魔女。

商業連邦シンプリアに在住。

名前すら登場しませんが、一応。



・ガルト・ボルト

ヘンリエッタの契約悪魔。

ブリトラとは顔見知り。

名前すら登場しませんが、一応。



***



「……ネインは去ったか?」


 瀟洒しょうしゃな館の広いロビーに突っ立っていたカルナが、隣に立つブリトラに声をかけた。すると執事服に身を包んだブリトラも突っ立ったまま丁寧に答えた。


「はい、カルナ様。ネイン・スラートはすでに、この館から遠く離れております」


「間違いないか?」


「はい。間違いございません」


 赤いドレス姿のカルナは、澄ました顔で玄関のドアを見つめたまま、もう1度確認した。館を出ていくネインを見送ってからすでにかなりの時間が経っているが、それでもカルナは慎重だった。


「では、どれぐらい離れておるのだ?」


「この館と森の端のちょうど中間ほどでございます」


「では、わらわの声はもう届かないな?」


「はい。森の奥深くにいるネイン・スラートに、カルナ様の声が届くことはありません」


「そうか。では、そろそろやるぞ」


「かしこまりました」


 そう言って、カルナは大きく息を吸い込んだ。同時にブリトラは、体の前で両手を構えた。そして次の瞬間、カルナは全力でこぶしを握りしめながら絶叫した。


「ぃぃぃぃぃぃぃよぉっしゃぁぁぁーっっ!」


「おめでとうございます、カルナ様」


「イエスっっ! イッツァ! パーフェクト・デェーイっっ!」


 広いロビーにカルナの歓喜の声が響き渡ったとたん、ブリトラは拍手をして祝福した。カルナはさらに、オレンジ色の特殊魔法核エクスコアを高々と頭上に掲げて吠えまくった。


「見よっ! ブリトラっ! この美しい輝きをっ! これぞまさにっ! 完璧なカエンドラの瞳っ! 神聖アマリス帝国が世界統一を果たしてからおよそ2200年っ! その長き歴史の間にこれを手にしたのは、かの伝説の錬金術師マグナ・ライゲンただ一人っ! あまたの大賢者や魔女たちがどれほどの年月としつきをかけても手にすることができなかった至上の特殊魔法核エクスコアがっ! 今っ! このわらわの手の内にあるのだっ! ああっ! なんという僥倖ぎょうこうっ! なんという運命さだめっ! まるで絶対なる神がわらわに微笑みかけているようではないかっ!」


「まさに、そのとおりかと存じます」


 あふれんばかりの喜びに満ちあふれたカルナを見て、ブリトラは仰々ぎょうぎょうしく頭を下げた。


「そしてこのカエンドラの瞳を使えば完全無欠のバイオーンが完成する! わらわとおまえが10年の時をかけて作り上げたバイオーンとは比べものにならない性能だ! 182分どころか半永久的に効果が持続する完璧な魔道具だ! これでもはや! なぞなんの障害にもならない!」


「それもすべて、カルナ様の努力の結晶でございます」


「そのとおりっ!」


 興奮が抑えきれないカルナは、満面の笑みでロビーの中を歩き始めた。


「これであとはあのネインが、わらわの出した条件を達成すればすべてが終わる! そう! すべてが終わるのだ! 復讐を心に誓ったあの日から! 195年に渡るわらわの悲願が成就するのだ!」


 カルナは広いロビーの中心で足を止め、天井のはるか向こうにある天の彼方に顔を向けた。


「ふふ……たぎる。この体に流れる復讐の血が、熱くたぎって燃えている。これでようやく父と母と兄たちと、わらわを守るために命を散らせたルシーラの魂に応えることができる……」


 不意に声を落としたカルナは、瞳の中に怒りの炎を燃やしながら世界をにらんだ。そして美しい顔を邪悪に歪めて微笑んだ。


「ふふ。こんなに心が躍るのは、魔女になった時以来ね……。ふふ。ふふふ。ふわーっはっはっはっはっはっ! ふわーっはっはっはっはっ……ハックショーイっ!」


 輝かしい未来を確信したカルナは高らかに笑った。しかしそのとたん、盛大なクシャミが出た。


「失礼致します、カルナ様」


 ブリトラはすかさず近づき、カルナの額に手を当てた。


「……やはり、少々熱がございます。おそらく急いで身支度をされたので、湯冷めされてしまわれたのでしょう」


「あ~、やっぱりね……。どうりでさっきから寒いと思っていたのよねぇ……」


 カルナは軽くのぼせたような顔で呆然と呟き、鼻の下を指でこすった。


「やっぱ、すっぽんぽんでフルメイクしたのがまずかったかしら……」


「すぐにホットワインをお持ち致します。今宵こよいは体を温めて、早めにお休みになってください」


「そうね、そうするわ……」


 ブリトラに促され、カルナは2階につづく階段をのぼり始めた。そして自分の寝室に向かいながら、疲れた声で呟いた。


「ほんと、カッコつけるのって大変よねぇ……。他の魔女も、みんなこんな苦労してんのかしら……」




***




「――ヘックチン!」


 雨の魔女カルナが暮らすオルトリンの森から、はるか彼方にある王都クランブルの屋敷の一室で、白いドレス姿の少女が不意に大きなクシャミをした。ソファに座って食後のケーキを食べていたアム・ターラだ。さらにクシャミに続いて小さな音がかすかに響いたとたん、アムはパチクリとまばたいた。


「あ、おなら出ちゃった」


「まったく……」


 アムの隣で王都守備隊の報告書を読んでいたクルースは、思わず呆れた息を漏らした。


「おまえって、かわいいのは見た目だけで、中身はほんとおばさんだよなぁ……」


「ふっ。今さら何を言う」


 アムは澄ました顔のまま、クルースにフォークを向けた。


「女に幻想を抱くとは、おまえもまだまだ子どもよのう」


「どっちが子どもだよ……」


 クルースは、口の周りにクリームをつけたアムをじっとりとした目つきでにらんだ。


「もしかしておまえの同族って、裏ではみんな子どもっぽいのか?」


「さぁて、それはどうかなぁ」


 アムは意味ありげにニヤリと笑い、紅茶を飲んだ。


「しかしなクルース。だったら訊くが、人間はみんなおまえみたいな性格をしているのか?」


「そんなわけないだろ。人間ってのは、一人ひとりに個性があるからな」


「だったら我らも同じことだ。よいか、クルース。東の街の人間は働き者で、西の街の人間は怠け者――。そういう大雑把な分類で、他人の思想や習慣を決めつけるのは愚かの極みというものだ」


「それはまあ、たしかにそうだな……」


 アムの話を聞いて、クルースは渋い顔で茶色い髪をかき上げた。そんなクルースから目を逸らし、アムはケーキをパクリと食べる。それからおもむろに顔を上げて、遠い目をしながらポツリと言った。


「しかしまあ、たしかに我らは、永遠に子どものままかもしれないな……」


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