異世界戦記・転魔撃滅ガッデムファイア ~ 地球から来た転生者どもはすべて倒す! 絶対神の魂を宿した最強の復讐者が、魔炎をまとって敵を討つ超必殺・撃滅譚!
第76話 優雅なる魔女の狂想曲――ザ・デイ・オブ・パーフェクト その1
第17章 優雅なる魔女の狂想曲――ザ・デイ・オブ・パーフェクト
第76話 優雅なる魔女の狂想曲――ザ・デイ・オブ・パーフェクト その1
無数の書物が散乱する薄暗い部屋の中に、
カーテンの隙間から飛び込んだその光は筋となってゆっくりと伸びていき、床に転がっていた女性の顔を照らし出す。それは分厚い黒縁メガネをかけた、長い赤毛の女性だった。光を感じたからだろうか。本の山に囲まれていた白衣姿の女性はゆっくりと目を開けて、眩しそうに顔をしかめた。それからだるそうに体を起こし、大きなあくびをしながら伸びをした。
「あ~、背中が痛い……。やっぱり床で寝ると体にこたえるわねぇ……」
「――おはようございます、カルナ様」
女性が寝ぐせ頭をかきながら呟いたとたん、不意に男の声が漂った。女性が声の方に顔を向けると、広い部屋の入口に執事服姿の男が立っていた。長めに伸ばした黒髪を後ろに流してきっちりまとめた、背の高い男性だ。
「あ~、おはよぉ、ブリトラ。いま何時ぃ~?」
「そろそろ9時になるところです」
男はカーテンを開け放ち、窓を開けて朝の空気を取り込んだ。
「昨夜もまた、遅くまで作業をされていたようですね」
「まぁねぇ~」
カルナは「どっこいしょ」と言って立ち上がり、大きなテーブルの上にあったカップを手に取った。そして中の水の匂いをかいでから飲み干して、大きな息を吐き出した。
「おかげでバイオーンの効果時間を14分延ばすことができたから、これで何とかなるでしょ」
「それはそれは、おめでとうございます」
ブリトラもテーブルに近づいて、置かれていた腕輪を手に取った。小さな白い石をリング状につなげたブレスレットだ。
「ですが、申し訳ございませんカルナ様。私がもっと質のよい材料を調達できていれば、カルナ様のお手を
「べつにいいわよ。これでもじゅうぶん役に立つんだから」
カルナはブリトラから腕輪を受け取り、外の光にかざして眺めた。
「このバイオーンの効果時間は、現時点で182分――。それだけあれば、大抵の状況には対応できるでしょ。それでブリトラ。これで準備はすべて整ったわけだけど、何か他に問題はある?」
「いえ、特にはございません。状況は当初の予定より6週間ほど早く進んでおります。一部の手駒で機能不全が発生しておりますが、最低条件はすでにクリアしております。
「そう。だったらいいわ」
カルナは腕輪を再びテーブルに戻し、背後の壁を振り返った。そして、横幅のある大きな壁にギッシリと書きこまれたスケジュールを眺めながらブリトラに確認する。
「現状だと、予定日はいつごろになりそう?」
「おそらく、3か月以内かと」
「そうすると、7月の上旬ってことね」
カルナは小さなあくびをしながらスケジュールの最終日に目を向けた。そしてすぐに1つうなずき、ブリトラに指を向けて口を開く。
「いいわ。おまえは引き続き素材の状態に
「ご安心ください。こちらの想定どおり、新たな警備体制はすでに整えられております。さらに私の影を素材の周辺に配備しておりますので、異変があればすぐに察知することができます」
「そう。だったらいいわ」
カルナは1つうなずき、白衣に付着していたほこりをつまんで床に落とした。
「それじゃあ、ブリトラ。お腹がすいたから朝ごはんを用意してちょうだい」
「かしこまりました。すぐにご用意致します。……ですがその前に、軽く
「え? お風呂?」
ブリトラに提案されたとたん、カルナはキョトンとまばたいた。そして自分の脇に鼻を近づけて匂いをかいだ。
「なに? ちょっと
「……えー、カルナ様はここのところバイオーンの改良に没頭されておりましたので、湯浴みは7日ぶりになるかと思います」
「それはつまり、わらわが汗臭いってこと?」
「……えー、カルナ様はここのところバイオーンの改良に没頭されておりましたので、湯浴みは7日ぶりになるかと思います」
「それはつまり、わらわは汗臭いって言いたいわけね?」
「……えー、カルナ様はここのところバイオーンの改良に没頭されておりましたので、湯浴みは7日ぶりになるかと思います」
しつこく何度も訊いてくるカルナに、ブリトラも淡々とした顔で言葉を
「ねえ。なんではっきり言わないの? 汗臭いなら汗臭いって言えばいいじゃない」
「それは、わたくしめに率直な意見を求めていらっしゃるということでしょうか」
「当然でしょ。汗臭いと言われたぐらいで怒ったりなんかしないから、本当のことを言ってちょうだい。わらわのような研究者にとって、もっとも大切なことは真実を知ることよ。真実こそが未来の扉を開く鍵になるの。だから遠慮なく、おまえの意見を聞かせてちょうだい」
「かしこまりました。それでは、おそれながら申し上げます――」
ブリトラは姿勢を正し、カルナをまっすぐ見つめて口を開いた。
「本日のカルナ様は、生ゴミ
「なんだとコノヤロぉーっっ!」
カルナは瞬時に両目を吊り上げ、ブリトラの襟元をつかんで激しく揺さぶった。
「誰が生ゴミ臭いクズオンナだーっ! 誰が年中引きこもりのいかず
「申し訳ございませんでした、カルナ様」
ブリトラは首を前後に揺さぶられながら謝罪した。
「私の表現力が未熟なせいで、誤解を招く言い方になってしまいました。ですので、今さらではございますが、訂正させていただいてもよろしいでしょうか」
「……そう。訂正するの。だったらいいわ。言ってみなさい」
カルナはピタリと腕を止めて、再びじっとりとブリトラを見つめた。するとブリトラはもう一度姿勢を正し、カルナをまっすぐ見つめて言い直した。
「それでは、えー、本日のカルナ様は、個性的な美しさを持つ巨大食虫植物のような、独特かつ刺激的な香りを身にまとっていらっしゃいます」
「……個性的な美しさ?」
「はい。それと、刺激的な香りでございます」
「それはつまり、刺激的な美しさというわけね?」
「まさにそのとおりでございます」
「そう。だったらいいわ。やればできるじゃない」
「恐縮でございます」
ブリトラが真面目な顔でうなずいたとたん、カルナはすぐに機嫌を直してブリトラから手を放し、無造作に尻をかいた。
「だけど、もう1週間もお風呂に入っていなかったかぁ~。どうりで体がかゆくなるわけね。でも今はお腹がすいているから、先に食事にするわ」
「かしこまりました。……ですが、先日もこのような会話のあとに、不意の来訪者への対応でお困りになられていたかと思いますが、本当に食事が先でよろしいのでしょうか」
「へ? 来訪者?」
再度確認してきたブリトラの言葉を聞いて、カルナは一瞬キョトンとした。
「はい。あの灰色の髪の
「あ~、そういや、そんなこともあったわねぇ」
瞬時に記憶を掘り起こしたカルナは、思わず渋い顔で窓の外に目を向けた。
「たしかに、あの男がいきなり来た時は焦ったわね。あの時は3日連続でバイオーンを加熱していたから、汗だくで体臭がすっぱくなってたし」
「はい。あの時のカルナ様は天地をひっくり返すかのような慌てぶりで身支度を整えておられました。ですので、お食事の前に湯浴みをされた方がよろしいかと存じます」
「あ~、だいじょぶ、だいじょぶ」
淡々と話したブリトラに、カルナは面倒くさそうに片手をヒラヒラと左右に振った。
「あのエルフみたいなズルい方法でこの森を突破してくるヤツなんていないから。仮に誰かが森に入ってきたとしても、おまえが気配を察知してから支度を始めれば、じゅうぶん間に合うでしょ」
「さようでございますか。そこまでのお考えがあるのでしたら、もう何も申しません。すぐに朝食をお持ち致します」
「ああ、バイオーンの改良作業は終わったから、食事は食堂に運んでちょうだい。そのままお風呂に入っちゃうから」
カルナはブリトラに指示を出しながらドアの方へと足を向けた。しかしその直後、ブリトラが鋭く息をのんだ。
「……申し訳ございません、カルナ様。やはり先に湯浴みをされた方がよろしいかと存じます」
「え? なんで?」
不意にブリトラが硬い声を発したので、カルナは足を止めて振り返った。するとブリトラは真剣な表情でカルナに答えた。
「たった今、誰かが森の結界に入りました」
「げっ、うそ、マジで?」
「はい。マジでございます」
「うっそぉ~ん。なんでこんなタイミングでやってくるのよぉ~。ほんともう、問答無用でぶっ殺してやろうかしら」
カルナは困惑顔で寝ぐせ頭をかきながら、壁にかけてある大きな鏡に足を向けた。そして鏡に向かって片手をかざし、魔法を唱えた。
「魔女第5階梯
その瞬間、鏡の中にいくつもの画面が現れた。それらはすべて、館の周囲の森に生息する動物たちの目を通した映像だった。その広大な森のほぼ全域を網羅した無数の映像を、カルナは片っ端から検索していく。そして1人の人間の姿を見つけたとたん、その画面を拡大した。
「侵入者はこいつか……って、え? なにこいつ?」
角度を調整して侵入者の姿をはっきりと見たカルナは、思わずパチパチとまばたいた。その侵入者は、不気味な模様が描かれた青い仮面で顔を隠していたからだ。しかも薄暗い森の中を、まるで獣のような素早い動きで突っ走っている。
「この動き……どうやらただ者ではなさそうね。しかも怪しげな仮面で顔を隠しているとなると――」
「はい。この足の速さは並みの人間では出せません。ほぼ間違いなく、暗殺者かと」
「でしょうね」
カルナは瞳の中に鋭い光を宿しながら、正体不明の侵入者をにらみつけた。
「またどこぞの愚か者が、わらわの命を奪おうと
「ですがカルナ様。この者の動きは少々気になります」
カルナが
「どこがだ。迷いなくまっすぐ走っているではないか」
「はい。ですが、その方向には何もありません」
ブリトラは返事をしながら鏡の画面を操作して、森全体の
「この者は、森のほぼ真西から侵入しました。そしてひたすらまっすぐ北東に向かって走っております。このままでは、森の中央にあるこの館にたどり着くことはできません。ただでさえ発見しにくいこの館から遠ざかっていくのであれば、このまましばらく静観するのも1つの手かと思います」
「しかし、あのような不気味な仮面で顔を隠している以上、何らかの目的があってこのオルトリンの森に来たのは間違いない。そしてわらわに顔を見せぬというのなら、それはわらわの敵と断ずるにじゅうぶんな証拠――。ならば後手に回って事態を悪化させるより、先手を打って潰すに限る。
「はい。全個体、問題なく稼働できます」
ブリトラは再び鏡の画面を操作した。すると100を超える無数の点が、森のいたるところに表示された。
「ならばよい。わらわの領域に土足で踏み入った愚か者なぞ、生かしておく価値はない」
カルナは画面の中の侵入者をにらみながら意識を集中し、必殺の魔法を唱えた。
「魔女第7階梯
その瞬間、広大な森の中に配置されたすべての魔法人形が動き始めた。軽く100体を超える女性型の人形は、目から赤い光を放ちながら侵入者を排除せんと風のように走り出す。さらにいくつかの人形は木の枝の上を跳びはねて、まるで猿のように森の中を突っ切っていく。
しかしその直後、カルナは思わず驚きの声を上げた。
「なっ!? なにぃーっ!?」
カルナが魔法を発動したとたん、ものすごい速さで突っ走る青い仮面の侵入者がいきなり方向を変えたからだ。
「ブリトラっ!」
「はい」
ブリトラは再び森の
「くっ! そういうことかっ!」
状況を瞬時に理解したカルナは悔しそうに顔を歪めた。
「この侵入者は
「はい。カルナ様の
ブリトラはすかさず画面を操作して、
「敵の進路がわかってしまえば、防ぐのは容易です。いくら凄腕の暗殺者でも、たった1人でこの数の
「たしかに。わらわの魔法を逆手に取ったまではよかったが、その先の一手がなければ意味はない。小賢しい暗殺者なぞ軽くひねり潰してくれる」
カルナはすぐに気を取り直し、侵入者をにらみながら鼻で笑った。しかし次の瞬間、再び驚愕して目を見開いた。
「ンなっ!? ンなにぃーっっ!?」
画面に映る侵入者の全身に青い電流らしきものが走ったとたん、さらに加速を始めたからだ。しかもその速度はカルナの
「ブリトラっ!」
「申し訳ございません。こちらの狙いを読まれました」
ブリトラはすかさず画面を操作して、すべての
「まさかあの距離を一気に駆け抜け、こちらの防衛線が完成する前に突破してくるとは予想できませんでした。こうなると
「そんなことは見ればわかる! この侵入者の移動速度は
もはや風と化して突き進む侵入者を見て、カルナは苦々しげに顔を歪めた。
「こうなったら仕方がない! この侵入者が館に到着する前に戦闘準備を整えろ! わらわがこの手で直々に打ち倒してくれる!」
「お言葉ですがカルナ様――」
怒りにまかせて声を張り上げたカルナに、ブリトラは淡々と言葉を返した。
「敵はすでに、館の前に到着した様子です」
「なっ!? なんだとぉーっっ!」
カルナは慌てて、映像を館の周囲に切り替えた。そのとたん、青い電流をまとった侵入者が森の中から飛び出してきた。さらに侵入者はカルナの館に素早く近づき、広い前庭で足を止めた。
「おのれっ! ここまで来ておきながら中に突入せずに足を止めるかっ! わらわを挑発するとはいい度胸だっ! 望みどおり
侵入者のふざけた態度に怒り狂ったカルナは、血走った目でドアの方へと足を向けた。しかしその直後、ブリトラが
「……お待ちください、カルナ様。何やら様子が変です」
「なにぃ?」
カルナはすかさず振り返り、鏡の前に引き返した。すると青い仮面の侵入者は、腰から2本のナイフをゆっくり引き抜き、構えることなく地面に落とした。
「ンなっ!? なんとぉーっ! 武器を捨てただとぉーっ!?」
カルナは思わず我が目を疑った。さらに侵入者が背負い袋から取り出したモノを見たとたん、目を丸くした。
「ンなっ!? なっなっなっ!? ワインっ!? ワインだとぉーっ!?」
それは間違いなく、高級そうなワインボトルだった。さらに侵入者はそのボトルを石畳の上にそっと置き、ゆっくりと仮面を脱いだ。そしてその素顔を見た瞬間、カルナは驚愕のあまり絶叫した。
「ンなっ!? ンなぁにぃーっ!? こっこっこっこっ! これはっ! この侵入者はぁーっ! びっびっびっ! 美少年だとぉぅーっっ!?」
それは短い黒髪から汗を垂らした、線の細い少年だった。カルナは思わず限界まで鏡に近づき、食い入るように侵入者の姿を見た。そしてゴクリと唾をのみ込み、低い声で呟いた。
「どうしよう……。この子、けっこうかわいいかも……」
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