第35話  天位の王と天令の大賢者――ハイボース&セイクリッドプロキシー その3


「次は現能げんのう世界リアリスの映像です」


 巨大な青白いドラゴン、イクワリブリアムが人類軍の作った黒い空間に飛び込んで姿を消した直後、フロリスは頭上に右手を掲げた。すると周囲の景色が再び一変した。フロリスとグリアス二世はやはり空の中に立っていたのだが、眼下の光景は安息神域あんそくしんいきセスタリアとはまるで違う。緑の大地は跡形もなく消え失せ、どこまでも広がる灰色の地面と、長細い箱のような高い塔が無数に並び建つ不思議な世界だった。


「こ……ここはいったい……?」


「ここは第3世代人類が造り上げた都市の1つです」


「これが都市……? 第3世代の人類はこれほどまでに自然を破壊して、これほどまでに巨大な都市を作ったというのか……」


 グリアス二世は思わず唾をのみ込んだ。


「なんと愚かな……。森や畑がないと生きていけない人間が、自然を排除してどうするというのだ……」


「それが人間の恐ろしさです。彼らは高度な知識と技術を手に入れました。そして自分たちの生活を豊かにするため、さらに一歩ずつ、その時その時に必要と考えられる開発をおこなってきたのです。しかし残念ながら、彼らには開発の一貫性と、危険に気づいた時に引き返す決断力がなかったのです。そして欲に溺れた一部の人間に社会全体を導く権力を与え続けてきた結果、彼らの運命は決してしまったのです」


 フロリスはうれいの表情を浮かべたまま上空に目を向けた。グリアス二世もその視線を追って顔を上げる。すると灰色の分厚い雲の下に、青白いドラゴンが宙に浮いたまま佇んでいた。そしてドラゴンの大きな手のひらに立つ美しき女神ヴァルスがおもむろに両手を空に掲げ、悲しみをたたえた瞳で魔法を唱える。


「第11階梯大地だいち魔法――魔岩爆裂ロックバースト・大戦震バトルクエイク


 その直後、灰色の都市の大地が大爆発した。しかも爆発はいたるところで発生し続け、地面から無数の岩石が噴き出し始める。さらにいくつものひびが地表に走り、地面が割れた。まるで落としたレンガのように大地は砕け、地平線の端から端まですべての地面に亀裂が走り、地の底から猛烈な勢いで岩石が飛び出してくる。都市の高い建物は片っ端から傾き、倒れ、轟音を立てて大地に沈む。さらに灰色の街のほぼ全域で爆発と火災が発生――。何千万もの人間たちは一向に収まらない大地震に恐れおののき、無限に降り注ぐ噴石に悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「これが……惑星神ヴァルスの魔法……。なんという恐るべき神罰……」


 たった1つの魔法で視界のすべてが砕けた光景を目の当たりにして、グリアス二世は戦慄した。するとその時、空の彼方から無数の物体が飛んできた。人類軍の戦闘機だ。四方八方から押し寄せてきた戦闘機の編隊は、空中に浮かぶドラゴン目指して突っ込んでいく。そして小型の爆炎兵器を次々に発射して攻撃を開始した。人類軍の兵器はすぐに曇天の空に無数の爆炎をまき散らし、爆音をとどろかす。するとドラゴンと女神がほぼ同時に魔法を唱えた。


「第8階梯界竜かいりゅう魔法――滅界ブラストアタ爆撃ック・オブ界竜・ザ・ドラ戦団ゴンフォース


「第8階梯女神めがみ魔法――聖光ライトニング電撃アタック・オ女神ブ・ザ・ゴッデ連団スクラスター


 その直後、巨大なドラゴンの周囲の空間が無数に歪み、小型の界竜の大群と女神の大戦団が出現した。膨大な竜の群れは宙を舞って口から炎を放ち、人類軍が発射した大量の飛翔兵器を片っ端から爆破していく。まばゆい電撃を放つ槍を装備した女神の大軍も高速で空を飛び、無数の戦闘機を次々に撃ち落とす。さらに竜と女神の数は無限に増えていき、戦闘機をすべて撃墜すると、世界中の空へと飛んでいく。


「あの竜と女神たちはいったいどこへ……?」


「神罰を下すのはこの都市だけではありません。全人類が対象です。ゆえに召喚された界竜と女神たちは世界中の人間の元に向かっているのです」


 ぽつりと呟いたグリアス二世に、フロリスは淡々と答える。そして右手を軽く払い、目の前の空間にいくつもの映像画面を表示させた。それは全世界の都市の映像だった。いずれの都市も大地が砕け、建物は倒壊し、燃え盛る炎から大勢の人間たちが逃げ惑う姿が映し出されている。


「なんと……。先ほどの大地を砕いた魔法は、この惑星全域に及んでいたのか……」


「ヴァルス様はこの星の化身――。その能力が惑星全体に及ぶのは当然です。そしてそれはセイタン様も同様です」


 フロリスの言葉と同時に、それまで沈黙を保っていた赤い髪の男性神が胸の前で腕を組んだまま、ゆっくりと口を開いて魔法を唱えた。


「第10階梯やみ魔法――永劫無尽インフィニット・魔影兵シャドウコープス


 その低い声が大気に放たれたとたん、世界中の都市で影がうごめいた。陽の光が当たる地域では、地面に伸びた影の中から人間型の影が無数に這い出し、近くにいる人間たちを襲い始める。夜のとばりが降りた地域では、すべての闇の中から影の兵士が無限に飛び出し、逃げ惑う人々を皆殺しにしていく。さらにセイタンは続けざまに凶悪な魔法を静かに唱える。


「第11階梯死霊しれい魔法――暴烈怒涛デスレイクラウド死霊巨人・ライオット。第12階梯死霊しれい魔法――無窮深奥エタルビス・死霊黒腕オパークビンド


「だっ!? 第12階梯魔法っ!? この宇宙にはそんな階梯の魔法まであったのかぁっ!」


 グリアス二世は驚愕に目を剥いた。しかし世界中の都市で発生した現象を見たとたん、さらに目玉をひん剥いた。いずれの都市でも山のように大きな黒い巨人が何百、何千、何万体も出現し、街を破壊し始めたからだ。しかも女神ヴァルスの魔法でできた大地の裂け目からは、巨人よりもさらに巨大な漆黒の腕が無数に伸びて、手当たり次第に世界を破壊し尽くしている。さらに漆黒の腕のいくつかは無数の小さな手に分裂し、逃げ惑う人間たちを1人残らず捕まえて、大地の奥底へと引きずり込んでいく。


「あ……悪魔神あくましんの魔法とは、人類を滅亡させるほどのものだったのか……」


「セイタン様はヴァルス様と同等の最上位の神――。これぐらいは当然です。しかし、この時は本気を出しておりません」


「これで本気を出していない……? 世界中の人間を飲み込む闇の腕を発生させても、まだ本気ではないというのか……」


「そうです。そしてそれはアグス様のお考えです。さあ、見るのです、ニコラス・サイレン。絶対なる神に逆らった愚かな人類の末路まつろを」


 フロリスは再び腕を払い、目の前の空間に浮かぶ無数の映像を切り替えた。するとそこには、安息神域セスタリアに攻め込んだのと同じような宇宙戦艦がいくつも地上を離れ、空に飛び立つ姿があった。


「これは第3世代人類が造った星の船か……。はっ! 奴らはまさかっ! 星の世界に逃げようとしているのかっ!?」


「そうです。そしてこれこそがアグス様の最後のお慈悲――。アグス様は彼らをこの惑星ヴァルスから追放することでお許しになったのです」


「なんと……」


 フロリスの話を聞いたとたん、グリアス二世は目頭めがしらに涙を浮かべた。


「絶対なる神に逆らった愚かな人類ですら、アグス様はお許しになられるというのか……。なんという……なんという慈悲深き御方なのだ……」


 グリアス二世は胸の前で両手を組み、奥歯を噛みしめながら映像を見つめる。その目の前で、数億を超える人々を乗せた宇宙船団は続々と大気圏を離脱し、無限の星の海へと旅立っていく。


「さあ、ニコラス・サイレン。いよいよ最後の時がきました。貴方が信仰する絶対なる神の御業みわざを、その目でしかと見届けるのです」


「え? 神の御業……?」


 グリアス二世は思わず首をかしげた。するとその時、絶対神を頭上にいただく巨大なドラゴンが天に向かって上昇し始めた。巨大な翼を羽ばたいて力強く飛翔するドラゴンはみるみるうちに速度を上げて、あっという間に見えなくなった。


「それでは、これが最後の映像です」


 フロリスもすぐに腕を払い、再び周囲の映像を切り替えた。そこは一面の暗黒世界――宇宙空間だった。


「こっ! ここは星の世界かっ!」


 グリアス二世は慌てて周りを見渡した。しかし左右のどちらを見ても何もない。はるか遠くに小さな星々がきらめいているだけだ。そして足下に目を向けると、青く美しい星が見えた。白く渦巻く巨大な雲と、深い青をたたえた広大な海、そして命の緑をはぐくむ母なる大地――惑星ヴァルスだ。そしてその星から猛烈な勢いで飛び出してきた青白いドラゴンが、グリアス二世の近くで動きを止めた。同時に黄金色おうごんいろのローブをまとった絶対神が惑星ヴァルスをまっすぐ見下ろしながら、右腕を向ける。そして威厳のある低い声で絶対の魔法を唱えた――。


「第13階梯火炎かえん魔法――天地滅エクシリオン・ス焼爆ターバースト星神炎・ブルーファイア


 瞬間――惑星ヴァルスが青い炎に包まれて爆発した。


「カハァッ!」


 グリアス二世の全身にかつてないほどの激しい衝撃が走った。さらに一瞬で肺の空気をすべて吐き出し、呼吸ができなくなった。たったいま、自分の目の前で母なる星が粉微塵に吹き飛んだからだ。それはもはや筆舌に尽くしがたいすさまじい光景だった。1つの惑星が爆裂し、無数の大地の破片が宇宙空間に飛び散ったからだ。しかもその激しい衝撃波によって、既にはるか遠くまで逃げていた第3世代人類の宇宙戦艦がいくつも爆発して宇宙の藻屑もくずとなった。


「ヴァ……ヴァルスが……我らの……我らの母なる星が……くだけちった……」


 グリアス二世の全身は激しく震えていた。もはや立っていられなくなったグリアス二世は両膝をつき、両手をつき、四つん這いになり、砕け散って宇宙を漂う星の欠片を呆然と眺め続けた。すると不意に、黄金色の髪を持つ絶対神が再び絶対の魔法を口にした。


「第13階梯治癒ちゆ魔法――全界至マクスメル・オ高絶対ーバーワールド治癒星・スターヒール


 その瞬間、奇跡が起きた。粉微塵に吹き飛んだ破片が一か所に寄り集まり、黄金色の輝きを放ち始めたのだ。そして膨大な数の欠片たちは次第に球形の大地を形成し、白い雲が渦巻く大気が生まれた。さらに青い海がゆっくりと枯れた大地を満たしていき、元の美しい惑星の姿へと立ち返った――。




「な……なんと……。アグス様はこの星を1度砕き、それから癒やされたというのですか……」


 グリアス二世の話を聞いたユリアは、長椅子に座ったまま呆然と呟いた。グリアス二世は水差しの水をグラスに注ぎ、ゆっくりと飲み干す。それから椅子に腰かけたまま横を向き、窓の外で荒れ狂う夜の嵐を見つめながら口を開く。


「……先ほども言ったとおり、第3世代の人類は惑星ヴァルスの資源をすべて使い尽くしてしまった。ゆえにアグス様はこの星を砕き、再び美しい大地に戻されたのだ」


「なるほど、そういうことですか……。しかし……」


 ユリアは震える手でこぶしを握り、小さな声で言葉を続ける。


「たった1つの魔法でこの星を打ち砕くとは、なんという恐るべき御業みわざ……」


「そうだ、ユリアよ。我らが神は、まさに絶対なる存在なのだ。しかし、だからこそ喜ぶべきことである。我らが仕えしアグス様こそが、この世で唯一無二の神であることが判明したのだからな」


「たしかに……」


 ユリアは小さく息を吐き出し、長椅子の背もたれに寄りかかる。


「第3世代人類しかり、第10階梯以上の魔法しかり――。そのような知識を持つ人間など、この世には存在しません。いくら世界中を旅した金天位の騎士にして、金天位の魔法使いであるあなたであろうと、もととなる知識がなければそこまでの話を作ることは到底不可能――。しかしそうなると、我らベリス教国家ヴェールにとって今の話は逆に危険……。国民や世界中の信者たちに伝えることは控えた方がよろしいでしょう」


「たしかにそうだな……。あまりに強すぎる神は恐怖の対象になってしまう。つまりアグス様が人類にお姿をお見せにならないのは、おそらくそういうことなのだろう……」


 グリアス二世も背もたれに寄りかかり、大きな息を吐き出した。それから疲れた顔をしているユリアを見つめて言葉を続ける。


「さて、ユリアよ。そろそろ本題に入るぞ。これはフロリス様からの指示である。おまえは直ちに聖なる瞳セントアイズの情報員を派遣し、かの運命の神子みこに我らが集めた情報を伝えるのだ」


「……かしこまりました。速やかに準備を整え、数日のうちに中央大陸へ船を出航させましょう。そして以前のご指示どおり、3か月ほどで運命の神子みこの情報を確実にお伝えします」


「うむ。それともう一つ、おまえには重要な話がある――」


 グリアス二世は瞳の中に鋭い光を宿しながらさらに言う。


「よいか、ユリアよ。私は覚悟を決めたぞ。神聖国家ヴェールの情報組織、聖なる瞳セントアイズの長官であるおまえに命令する。直ちにの準備を始めるのだ」


「なっ!?」


 その瞬間、ユリアは驚きに目を見開いた。


「待って下さいニコラス! あのコードは諸刃のつるぎです! いましばらくは情勢を見定めながら慎重に検討するということになっていたはず! いくら何でも時期尚早です!」


「それはわかっておる。しかし、準備をしておくに越したことはないだろう」


「ですが! あれは準備を始めた時点で暴発する危険性があります! そして一度火がつけば、もはや誰にも止めることはできません!」


「そこは情報を伏せたまま手配すればよい。それはおまえの得意技であろう。それになユリア。よく考えるのだ。フロリス様はなにゆえこのタイミングで、第3世代人類の記録を私に開示したと思う」


「……さあ。私ごときでは、五熾天使様の深いお考えをうかがい知ることはできません」


「隠すな。おまえには既にわかり切っているはずだ」


 淡々と答えたユリアを、グリアス二世はまっすぐ見つめる。


「フロリス様が初めて我らの前に現れたのは7年前――。そして異世界からの侵入者、どもに対抗する組織を作り、情報を集めるように指示された。我らはそれを、我らの世界を守るために必要なことと信じ、疑うことなく従ってきた。しかしな、ユリアよ。たった1つの魔法で星を砕き、さらには修復してしまうほどの絶対なる神が、なにゆえ我らのようなか弱き人間にそのようなことを命じるのだ? なにゆえ人間の中から運命の神子みこをお選びになられたのだ? そして我ら第9世代人類の歴史は866万年というが、フロリス様が我々に初めてお姿をお見せになられたのはほんの7年前だ。さあ、ユリアよ。これらの事実がいったい何を意味するのか、おまえならもうとっくにわかっているはずだ」


「……それはおそらく、想定外の事態が発生したということかと」


「そうだ! そのとおりだ!」


 苦々しい顔で答えたユリアを見て、グリアス二世はこぶしで机を叩いた。


「これはほぼ間違いなく非常事態なのだ! つまり! 転魔エリオンという侵入者どもは、我らが絶対の神すら悩ませる厄介な存在ということだ! ということは! 我ら第9世代の人類が奴らへの対処を誤るようなことがあれば! 我らの神は最後の手段を取るに違いない!」


「最後の手段とは、まさか……」


 ユリアはハッとして目を見開いた。グリアス二世はユリアをにらむような目つきで言葉を続ける。


「……そうだ。第3世代人類を追放した時と同じように、我らが神は再びこの惑星を粉砕し、であろう。フロリス様があの記録を私に開示したのは、つまりはそういうことなのだ」


「そんなまさか……」


 ユリアは愕然と言葉を漏らした。しかしその瞳に浮かんだ動揺は、グリアス二世の言葉が正しいと理解している証だった。グリアス二世は岩のようなこぶしを再び強く握りしめてさらに言う。


「……我ら人類はたしかに弱い。神々から見れば虫けらも同然だ。しかし、我らは我ら自身を守るために全力を尽くさねばならん。5年後か10年後か、転魔エリオンどもとの決戦の日はいずれ必ずやってくる。我らはその決戦の時に備え、エクスパルシオン・コードの準備を終わらせておかねばならんのだ。それこそが、我らが子どもたちの未来を切り拓く絶対のつるぎとなるはずだ――」




 それから少しして、ユリアはグリアス二世の執務室をあとにした――。


 やせた初老の女性は疲れ切った息を一つ漏らし、薄暗い廊下を歩き始める。そのうれいに満ちた顔に、石の壁に掛けられたいくつものランプが光と影を投げかける。すると不意に遠雷えんらいが鳴り響いた。


「夜の嵐か……」


 ふと足を止めたユリアは窓の外に目を向けた。そして暗黒の雲の中を駆ける雷を眺めながら、心の内をぽつりとこぼす。


「……たしかに、エクスパルシオン・コードは我ら人類にとって最強のつるぎとなるでしょう。しかし、だからこそ慎重に扱わねばならないのです……。そう。最強の武器には、ついとなる最強の盾が必要……。ならば私はこの世界を守るため、命をかけてを発動しましょう……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る