第34話  天位の王と天令の大賢者――ハイボース&セイクリッドプロキシー その2


・まえがき


■登場人物紹介


・グリアス二世  66歳

         神聖大陸ベイリアにある、神聖国家ヴェールのトップ。

         国家元首にして、ベリス教の教皇。

         本名はニコラス・サイレン。愛称はニック。

         惑星ヴァルスに生きる人間の中では頂点に近い権力を持つ。

         そして、神の敵には一切容赦しない性格。

         大賢者大剣聖の最強騎士。



・ユリア・ピクチャイ  58歳

            神聖国家ヴェールの大幹部、12きょうの1人。

            情報部『セントアイズ』の長官。

            種族は竜印族ドラゴニアン

            国家最高の大賢者。


***



 森の木々をなぎ倒さんばかりの強風が、激しい豪雨を夜の闇にまき散らしている――。


 その光景を窓の外に眺めながら、1人の女性が巨大な城の廊下を静かに歩いていた。雨に濡れた防水ローブを羽織ったままの女性だ。長い緑色の髪をきっちりと編み込んでまとめた初老の女性は、ローブの裾から水滴を垂らしながら廊下をまっすぐ進んでいく。そのゆっくりと歩く女性の細い体に、石の壁にかけられたいくつものランプが光と影を投げかけている。


 女性は廊下の一番奥までを進めると、分厚い木の扉をノックした。そして返事を待たずに扉を開けて、広い室内へと足を踏み入れる。


「……来たか、ユリアよ」


 その部屋には1人の男がいた。重厚な机の前に座り、油で揚げた鶏肉とりにくを頬張っていた老齢の男は、女性の姿を見据えながら低い声を漂わせた。


「はい。ユリア・ピクチャイ、参りました」


 緑色の髪の女性は雨に濡れたローブを扉の近くのコートスタンドに掛けて、男の前まで足を運ぶ。そしてうやうやしく頭を下げて、言葉を続ける。


「お待たせ致しました、グリアス二世教皇猊下きょうこうげいか――」


「……2人きりだ。ニコラスでよい」


「では、そのように」


 男が机の前の長椅子を手でさしたので、ユリアは一つうなずき、腰を下ろす。グリアス二世はとりの骨をしゃぶって肉をすべて食らい尽くし、スープを飲み干す。そして濡れた手ぬぐいで手と口の周りについた油を拭き取ってから、ユリアに向かって声をかける。


「おまえも食うなら用意させるぞ」


「いえ、けっこうです。年のせいで胃が弱っていますから」


「何を言う。おまえはまだ60手前だろ」


「60過ぎの老人が、こんな夜中にとりをまるまる一羽食べる方がおかしいのです」


「仕方なかろう。今宵こよいは特別だ」


 グリアス二世はとりの骨が小山のように積もった皿を脇に寄せ、ユリアをまっすぐ見つめる。その瞳の中に宿る強烈な光に気づいたユリアは、首をかしげて口を開く。


「どうやら何かあったようですね」


「うむ。来光らいこうだ」


「なるほど……。五熾天使ごしてんし様が6年ぶりにお姿を現しましたか」


「そうだが、それだけではない」


 グリアス二世は言葉を区切って口を閉じた。そして一つ息を吐き出し、声に力を込めて続きを話す。


「聞くのだ、ユリアよ。私は五熾天使フロリス様よりみちを授かった――。ついに、絶対神であるアグス様の御姿をこの目で見ることができたのだ」


「なんとっ!?」


 ユリアは驚きのあまり両目を見開き、思わず長椅子から腰を浮かせた。


「それはまことですか? 人類の長い歴史において、かの絶対神様にお目通りがかなったのは、あの運命の神子みこただ一人――。もしもその言葉が真実だとすれば、あなたは奇跡を目の当たりにしたということです」


「そうだ、ユリアよ。私はフロリス様に、はるか遠い過去の記録を見せていただいたのだ。それは遠い遠い時の果てで、愚かにも神の怒りを買った第3世代人類の最後の瞬間だったのだ」


「だっ!? 第3世代人類の最後っ!? それはいったいどういうことですかっ!?」


 ユリアは愕然とした表情でふらふらと歩き、グリアス二世の机の前で足を止めた。そのユリアの顔をまっすぐ見上げ、グリアス二世は口を開く。


「……神聖国家ヴェールを導く12きょうの1人にして、我が国最高の魔法使い、紅金杖章クリムゾンマギアの大賢者ユリア・ピクチャイよ。誰よりも深い知識を持つおまえといえど、今から私が口にする話を耳にすれば、必ずやその身は恐怖で震えるだろう。ゆえに落ち着いて椅子に座り、心を強く保つのだ」


「ニック……あなたが目にしたのは、それほどまでの奇跡でしたか……」


 その言葉にグリアス二世があごを引くと、ユリアはまたふらふらと長椅子に戻り、腰を下ろした。グリアス二世はグラスの水でのどを潤し、それからおもむろに話し始める。


「フロリス様の話によると、我々は866万年の歴史を持つ第9世代の人類だそうだ。つまり第3世代の人類とは、少なくとも数千万年以上もの遠い過去に存在していた人類ということだ」


「数千万年……なんというはるかなる星霜せいそうの彼方……」


 ユリアは骨ばった手でこぶしを握り、グリアス二世の声に耳を傾ける。


「フロリス様の言葉を解釈すれば、この惑星ヴァルスには2つの空間がある。1つは我々人類が存在する空間、現能げんのう世界リアリス。もう1つは神々の世界、安息神域セスタリアだ。そして第3世代の人類は、どうやらリアリスの資源をすべて使い果たしてしまったらしい。そのため奴らは武力をもってセスタリアに攻め入り、資源を奪おうとしたのだ」


「なんと……神の世界に攻め入るとは、人類とはそこまで愚かな道を選択してしまう生き物でしたか……」


「ユリアよ。たしかに第3世代の人類がとった行動は愚かの極みだ。しかし、奴らが開発した兵器の破壊力はすさまじいものだった。奴らは大地の端から端まで埋め尽くす天使と悪魔の軍団を、ほんの半時はんときも経たぬうちに壊滅させてしまったのだ」


「人類が天使と悪魔の軍団を壊滅させた……? そんなまさか……。いったいどうやって……?」


 既にユリアの手は震えていた。天使も悪魔も人間からすれば超常の存在だ。しかも大地を覆うほどの大軍勢を壊滅させるほどの兵器とはいったいどのようなものなのか、ユリアには想像すらできなかった。


「奴らは鋼鉄で製造した兵器を使ったのだ。大地を馬車よりも速く駆け抜ける戦車に、鳥よりも自在に大空を飛び回る戦闘機、そして星の世界まで飛んでいける山のような巨大な船――宇宙戦艦を持っていたのだ」


「う……宇宙戦艦……」


 ユリアは思わず絶句した。それはもはや言葉を聞いても想像すらできない世界の話だった。


「そしてその戦車や戦闘機や宇宙戦艦が無数の塊を発射したとたん、大地が激しく火を噴いた。それは奴らが開発した爆炎兵器というものだ。その破壊力はすさまじく、広大な平野のほぼ全域に巨大な炎の柱を発生させて、天使と悪魔の軍団を粉微塵に吹き飛ばした。さらに直撃を免れた天使と悪魔も大地を舐める猛烈な爆炎に飲み込まれ、瞬時に燃え尽きて灰と化した。それはまさに地獄の光景そのものだ――。私はその凄惨せいさんな虐殺を目の当たりにした時、セスタリアは奴らに占領されるだろうと思った。奴らの兵器はそれほどまでに圧倒的な破壊力を持っていたのだ。しかしその時、天の彼方から1つの光が降りてきたのだ」


「光……? それはもしや……」


 ユリアが呟くと、グリアス二世は力強くあごを引いた。


「そうだ、ユリアよ。その光こそ、我らが一生をかけて追い求めた究極の光――絶対神アグス様のご来光だったのだ」


 グリアス二世は目を閉じて、その時の光景を脳裏に強く思い浮かべた――。




「――おおっ! あれがっ! あれこそがっ! 私が追い求めていた究極の光かぁっ!」


 グリアス二世は歓喜の声を大気に放った。その瞳は涙を流しながら、天からゆっくりと降りてくる巨大な光を見つめている。


「そうです、ニコラス・サイレン。あれこそがこの宇宙の真理にして、絶対なる存在――ベリスマン様の御姿です」


 ロゼ色の長い髪を持つ五熾天使フロリスも、天の高みから舞い降りる光をまっすぐ見上げている。美しい天使の隣に立つグリアス二世の体は、あまりの喜びに激しく打ち震えていた。さらに巨大な光の正体がはっきりと見えたとたん、グリアス二世の全身に衝撃が走った。


「ンなっ!? なんとぉっ! なんということだぁぁーっっ!」


 グリアス二世は限界まで両目を見開いた。その天から降りてきた光はとてつもなく巨大だったからだ。それは山よりも巨大な青白い巨体――ドラゴンだった。


 ドラゴンは左右の巨大な翼を広げ、みるみるうちに地上に近づいてくる。どうやらゆっくりとした動きに見えたのは目の錯覚で、実際はすさまじい速度で飛翔していたようだ。そしていまだに爆炎が燃え続けている広大な平野に向かって一気に突っ込んだ直後、今度はいきなり急上昇して空の高みへと昇っていく。同時に強烈な下降気流が大地を叩き、爆炎がすべて鎮火した。


「ドっ! ドラゴンっ! アグス様はっ! 我らが絶対神様はぁーっ! ドラゴンだったのかぁーっっ!」


 グリアス二世は叫んだ。セスタリアの空を流れるいくつものソルラインを次々に横切って、悠々と飛翔する巨大な青白いドラゴンを見上げながら腹の底から絶叫した。しかし不意に、隣に立つフロリスがドラゴンに右手を向けながら口を開く。


「それは違います、ニコラス・サイレン。ドラゴンの頭の上をよく見るのです。そして、ドラゴンの両手にも目を凝らすのです」


「ドラゴンの、頭と両手……?」


 グリアス二世は天使に言われるがままに目を凝らした。すると巨大なドラゴンの頭の上に何かが見える。


「あれは……光? 黄金の光……? いやっ! あれはっ! そうかぁっ! あれがっ! あれこそがぁーっ! 絶対神様っ! アグス様かぁぁーっっ!」


 グリアス二世は空の高みにいる黄金色おうごんいろの光に向かって両手を伸ばした。それは黄金色の髪を持ち、黄金色のローブに身を包んだ男性神だった。その姿をはっきりと目視したグリアス二世は再び涙を流していた。そしてすぐに涙を拭い、今度はドラゴンの両手に目を向ける。すると竜の巨大な手のひらの上にも誰かが立っている。片方は長い銀色の髪を持つ美しい女神で、もう片方には燃えるような赤い髪をなびかせた男性神が乗っている。


「あれは……神なのか……?」


「そうです。銀髪の女神は惑星神ヴァルス様で、赤い髪の男性神は悪魔神セイタン様です」


「なんと……。あの美しき女神がヴァルス教の最高神……。そしてさらに、悪魔の神なる存在がいたとは……」


 グリアス二世は呆然と、二柱ふたはしらの神々の姿に見入っていた。そしてふと首をひねり、フロリスに質問した。


「それではフロリス様。あのドラゴンは、いかような存在なのでしょうか」


「あの巨大な青白き界竜かいりゅうこそ、アグス様に次ぐ絶対なる存在――。この宇宙の調和を保つ至高のバランサー、調界真竜ちょうかいしんりゅうイクワリブリアム様です」


「なんとぉっ! 宇宙の調和を保つ至高のドラゴンがこの世にいたとはっ! そしてやはりっ! そのような超常の神々を従えるアグス様こそがっ! 我らがあがたてまつるベリスマン様こそがっ! この世界の絶対的な唯一の神っ! つまりっ! 私の信仰心はぁーっ! まちがっていなかったのだぁーっっ!」


 グリアス二世は吠えた。巨大なドラゴンの頭上で黄金色の光を放つ至高の神をまっすぐ見上げ、涙を流しながら魂の叫びを張り上げた。するとその時、第3世代人類の陣営から無数の塊が一斉に発射された。天使と悪魔の軍団を壊滅させた爆炎兵器だ。その数万を超える飛翔体は、はるか上空を舞うドラゴンへと雪崩を打って突進していく。


「ああっ! アグス様ぁーっ!」


 グリアス二世は反射的に腕を伸ばした。人類側が発射した飛翔兵器は空のすべてを埋め尽くすほどの数量だったからだ。それほどの数の破壊兵器が直撃すれば、どのような存在であろうと耐えられるはずがない――。しかし隣に立つフロリスは穏やかな声でグリアス二世に話しかける。


「落ち着きなさい、ニコラス・サイレン。貴方が信仰するアグス様は絶対なる神――。貴方はただ、魂のすべてをゆだねて信じればよいのです」


 その言葉でグリアス二世は我に返った。そして両手のこぶしを握りしめ、絶対なる神の姿をじっと見つめる。その直後、すべての飛翔兵器がドラゴンに直撃し、天を燃やし尽くすほどの爆炎が空を覆った。瞬間――青白き調界真竜イクワリブリアムが巨大な口を開けて魔法を唱えた。


「第10階梯界竜かいりゅう魔法――事象壊滅ドラゴニック・フ界竜怒号ェノメナバスター


 刹那、ドラゴンの口から青白い光が放たれた。同時に世界が光に包まれ、すべての爆炎が一瞬で消え去った。


「ンなっ!? ンなんだとぉぅっ!?」


 グリアス二世は仰天した。天を焼き尽くさんばかりの猛烈な爆炎が跡形もなく瞬時に消え去り、何事もなかったかのように元の青い空に立ち返ったからだ。さらにドラゴンは眼下の広大な平野の全域に展開した第3世代人類軍を見据えながら、激烈な魔法を静かに唱える。


「第11階梯水撃すいげき魔法――聖水龍ホーリージャッジ天地穿壊・ニードルレイン・烈針雨ストームフォース


 その瞬間、空のすべてが荒ぶる水で覆われた。そして嵐の海のように逆巻く波がいくつもの巨大な渦となって天を舞い、一か所に集まった瞬間――超巨大な水の龍が出現した。それは空の端から端まで流れるソルラインと同じぐらい長大な水の龍だ。


 その水龍は天地を揺るがすような咆哮ほうこうを一つ放つと、すぐさま大地へと突撃していく。そして青空の中に立つフロリスとグリアス二世の目の前を駆け抜けた瞬間、全身が無数の水の槍に変化した。何万、何十万、何百万、何千万という膨大な数の水の槍だ。しかもすべての槍が瞬時に青い炎を放って燃え上がりながら、猛烈な速度で落下していく。そして次の瞬間――第3世代人類軍を直撃した。


「な……なんと……」


 グリアス二世は絶句した。まさに豪雨のような水の槍の直撃を受けたとたん、ほぼすべての巨大宇宙戦艦が瞬時に爆発したからだ。青く燃え上がる水の槍は、見るからに分厚い鋼の装甲をまるで紙のように貫通した。さらに無数の戦闘機と戦車も撃ち貫き、広大な平野の全域で爆発が連鎖的に発生――。まだ生きている人間の兵士たちは水の槍が降りしきる中を無我夢中で走り回り、自分たちが出てきた黒い空間の中へと逃げていく。


「し……信じられん……」


 グリアス二世は眼下の光景を見下ろしながら呆然と呟いた。


「天使と悪魔の軍団を壊滅させた人類軍を、たった1つの魔法で殲滅せんめつするとは……。神々が操る第11階梯魔法とは、これほどのものなのか……」


「まだです、ニコラス・サイレン。絶対なる神に反旗はんきひるがえした愚かな人類への罰は、まだ終わっていません」


「え?」


 グリアス二世はハッとして顔を上げた。すると、隣に立つフロリスは天空を舞うドラゴンに目を向けている。慌ててグリアス二世も顔を向けると、ドラゴンは一気に急降下して、人類軍が作った黒い空間の中に飛び込んでいった――。


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