第17話  人の涙と神の決意――ザ・ゴールデン・アグスライン その2


「……ベリスマンさま」


 しばらくして泣き止んだネインが、赤く腫れた目で絶対神をまっすぐ見上げた。ネインの背後では空間映像が停止していて、ザッハとジュリアが寄り添ったまま地面に倒れ続けている。


「父さんと母さんになにが起きたのかおしえてください」


「それを聞いてどうする」


「しりたいんです。ハンクおじさんは、父さんと母さんとナナルは雷に打たれて死んだっていってました。でも、ほんとはそうじゃなかった。いきなり体に穴が開いて死んだんだ。あんなのどう考えても絶対におかしい。誰かがなにかの魔法を使ったとしか思えません。だからしりたいんです。もしも誰かが魔法で父さんと母さんを殺したのなら――ボクはかたきを討ちたいんです」


「ふむ」


 絶対神は黄金色の瞳でネインを見つめた。ネインは小さな両手を握りしめ、奥歯を噛みしめながらじっと答えを待っている。


「ネインよ。それはお主の一生をかけても果たせぬかもしれないほど長く険しい道のりになるだろう。お主は己の目的が果たせぬ苦しみと悲しみに耐え抜き、それでもひたすら前に進む覚悟があるのか?」


「それは……よくわかりません。でも、絶対にやります」


「ネインよ。よく考えるのだ。われが真実を語れば、お主は今よりも深い悲しみに落ちることになる。今よりも強い怒りに心が焼かれることになる。もはや後戻りができぬ道にお主は足を踏み入れることになるだろう。それでもなお真実を知りたいか、己の魂を見つめてよく考えるのだ」


「え……? 今よりも、深いかなしみ……?」


 ネインは思わず呆然とした。絶対神が何のことを言っているのか理解できなかった。しかし黄金色の瞳の神はネインをまっすぐ見つめて答えを待っている。だからネインは自分の胸に手を当てて、目を閉じた。そして真剣に考えた末に――母の言葉を呟きながら目を開き、絶対神をまっすぐ見上げる。


「……どんな選択の先にも道はある。大事なのは、自分で選んだ道を全力で生きること――。ボクは父さんと母さんが好きだった。この世で一番好きだった。わるいことをしたら怒ってくれた。いいことをしたらほめてくれた。父さんと母さんはボクをほんとうに大切にしてくれた。ボクも父さんと母さんがほんとうに……ほんとうに大切だった。だから誰かが父さんと母さんを殺したのなら、ボクはどうしてもかたきを討ちたい――。ボクはこの命をかけて、その道を選びます」


「よかろう。よくぞ決断したネインよ」


 絶対神は力強くうなずき、言葉を続ける。


「ならば我はこの世界の守護者として、お主の想いにこたえねばならん。お主には今からこの場で起きた現実と、を開示しよう。――フロリス」


「はい」


 フロリスは再び潰れた馬車と岩の山に向かって右手を掲げた。すると止まっていた空間映像が動き出し、閃光とともに雷が2つ落ちた。雷は轟音を響かせながらザッハとジュリア、そして遠くで倒れていたナナルの体を直撃し、瞬時に燃やし尽くして炭と化した。


「ナナル……」


 ネインは幼い妹の変わり果てた姿を見ながら、こぼれ落ちる涙を手で拭う。すると絶対神が力を込めた低い声でネインに語る。


「ネインよ。今お主が見た光景が、全知空間イグラシアに記録されていた映像だ。しかしこれはだ」


「にせの……きろく?」


「そうだ。今の映像はお主の父と母を殺し、雷を発生させた存在の記録を消したあとの情報だ。しかしさらにその上に、奴らはのだ。よく見るのだネイン。これが、


 そう言って、絶対神は右手を高く掲げた。そのとたん、落石が発生する直前まで空間映像が巻き戻る。そして絶対神は崖の上に顔を向けてネインに告げる。


「見よ。あれがお主のかたきだ」


「えっ?」


 ネインは慌てて顔を上げた。すると、落石が発生した向かい側の崖の上に誰かが立っている。それは黒い人影だ。遠くて顔が見えないせいではなく、それは本当に真っ黒な人影だった。しかも人影は三つある。正体不明の三人が崖の上に立っていた。


「ネインよ。我はお主に触れた時に、この場の状況をすべて感知した。視覚情報こそなかったが、音と魔法の気配と空気の流れで奴らの動きはすべてわかった。その情報を基に再構築した映像を今から見せる。しかと己のかたきの姿をその目に焼き付けよ。そして奴らが犯したに、その心を怒りに燃やすのだ」


 絶対神の言葉にネインは力強くうなずき、崖の上の三人をにらみ上げる。するとそのうちの一人が腕を高く掲げたとたんまばゆい雷が発生し、向かいの崖を直撃した。


「あいつが、がけを崩したのか……」


 ネインはさらに目に力をこめて謎の三人をにらみつける。すると今度は端に立っていた人影が急にしゃがみ込んだ。その人影は何やら長細いモノを体の前に構え、馬車の上に落ちた岩を必死にどかしているザッハの方を向いている。――すると次の瞬間、鋭い音が響き渡り、ザッハが血を吐いてその場に倒れた。


「えっ!? い、いまのはなに!?」


「あれは遠距離攻撃用の武器です――」


 困惑するネインに、横からフロリスが穏やかな声で説明した。


「第3世代以降の人類は必ずあのような武器を開発しました。銃という名前の武器です。金属を加工して作った弾丸という小さな塊を、火薬の爆発力を利用して撃ち出すのです。その貫通力と破壊力は非常に高く、人体を容易に死に至らしめる殺傷兵器です」


「そ……そんな武器、聞いたことがない……」


「当然です。まだ文明的に未成熟なこの時代では、ようやくごく一部で開発が始められたばかりです。あれほどの威力と精度の高い銃は、この世界の人間ではまだ製造できません」


「この世界の人間では……?」


 フロリスの言葉にネインは眉を寄せて首をかしげた。しかし再び銃声が響き渡り、慌てて崖の上に目を向ける。銃を構えた人影が4発目を発射し、ザッハとジュリアにとどめを刺したところだった。すると別の人影が再び雷を放ち、ザッハとジュリアの体を燃やし尽くした。しかし――ナナルには雷が落ちなかった。


「……え? あれ? ナナル?」


 ネインは呆気に取られてナナルに目を向けた。最初に見た空間映像ではナナルにもすぐに雷が落ちていたのに、いつまで経っても無事のままだ。ナナルは濡れた地面に横たわったまま気を失い続けている。すると再び絶対神がネインに告げた。


「見よ、ネイン。これこそが、奴らのおこなっただ」


「え?」


 ネインは絶対神の顔を見上げ、それからナナルに目を向ける。すると崖の上にいた三人の人影がナナルのそばに降り立った。しかもそのうちの一人がナナルを肩に担ぐと、別の人影が小さな黒い塊を濡れた山道に転がした。どうやらナナルと背格好が同じくらいの女の子を地面に置いたようだ。


「なっ……なにあれ? どういうこと?」


 ネインは頭の中が混乱した。いったい何が起きているのかまるで理解できない。しかもさらに驚くべきことに、ナナルを担いだ人影と、別の幼女を地面に転がした人影がいきなり空へと飛び上がった。そして二つの黒い人影は、そのまま北西の空へと消え去った。


「ナ……ナナル……?」


 ネインは呆然と呟き、再び道の上に視線を向けた。すると一人残った人影が何やら奇妙な動きをしている。その場で頭を激しくかいたり、がっくりと肩を落としたりしたかと思うと、いきなり崖を何度も叩き始めた。しかしすぐに諦めたように大きく息を吐き出すと、道に転がった幼女を雷で焼き尽くした。そして自分にも雷を落としてまばゆい閃光をまとったとたん、目にも止まらぬ速さで崖を瞬時に駆け上がり、そのままどこかに走り去っていった――。


「べ……ベリスマンさま……。いまのはなに? ナナルはもしかして……」


「うむ。お主の妹は死んではおらぬ。


「そっ!? そんなっ!? どうしてっ!? どうしてナナルがさらわれたのっ!? あの黒い人影はいったい誰なんですかっ!?」


「ネインよ。よく聞くがよい」


 すがりつくように自分を見上げるネインを、絶対神はまっすぐ見つめて言葉を続ける。


「奴らは、我らとは異なる別の世界からやってきた謎の存在――異世界種、アナザーズだ」


「いせかいしゅ……アナザーズ……」


「そうだ。奴らは既に2000年以上も前からこの世界に無断で侵入し、その数を増やし続けている。そしてお主の父と母を殺したように世界中で我らの同胞を殺し続け、のさばり続けているのだ」


「そ、そんな……。どうして? どうしてそんなひどいことをするの?」


「理由は不明だが目的は明らかだ。奴らは我らの世界を侵略するつもりなのだ。奴らはわれが創ったこの世界を、お主が生きるこの世界を、我らから奪おうとしているのだ」


 そう言って、絶対神は口を閉じた。そして大地に片膝をつき、ネインの瞳を見つめながら問いかける。


「ネインよ。お主に今一度問おう。お主は今、分かれ道に立っておる。どの道を選択するのか、しっかりと考えて答えるのだ」


「ボクは……」


 ネインも絶対神をまっすぐ見つめた。そして黄金色の瞳に映る自分を見た。自分は何をしたいのか――。ネインは自分自身に問いかけた。潰れた馬車の方に目を向けると、変わり果てた父と母の姿が見える。夜空に目を向けると、気を失ったままさらわれていった妹の姿が目に焼き付いている。


 ならば、迷うことは何もない――。


 ネインは自分の心のりかをはっきり見つけた。だから、再び絶対神をまっすぐ見つめて口を開く。


「ボクは父さんと母さんのかたきを討ちます。そして、さらわれたナナルを必ず連れ戻す――。それがボクの選択です」


「迷いはないな?」


 絶対神の確認に、ネインは首を縦に振る。その決意を固めた少年の瞳に、絶対神も一つうなずく。


「ならばよかろう。ネインよ。両手を前に出すのだ」


 ネインは言われるままに小さな両手を前に差し出す。絶対神はその小さな手のひらの上で左の拳を握りしめた。すると黄金色に輝く液体が滴り落ちる。その光の液体をネインは両手で受け止めた。


「ネインよ。それは我の魂の一部だ。お主が異世界種アナザーズどもと本気で戦う覚悟があるのなら、それを飲み干すがいい」


 絶対神は声に力を込めてそう告げた。ネインも瞳に力をこめてうなずき返す。そしてすぐに黄金色の液体を飲み干した。


「よかろう。お主の決意、しかと見届けた」


 絶対神はおもむろに立ち上がり、ネインに向かって言い放つ。


「ネインよ。お主は今この時をもって、われが創設する新しき組織――絶対戦線アグスラインの一員である」


「アグスライン……」


「そうだ。アグスラインは我が認めし存在だけで構成される独立した組織である。その目的はただ一つ――異世界種アナザーズどもの殲滅せんめつだ。お主は今日よりその命が尽きるその最後の時まで、異世界種アナザーズと戦い続ける運命を選択した。ならばおのが命をしてその道をまっとうするのだ。お主は父と母のかたきを討ち、妹を取り返し、我らの世界から異世界種アナザーズを一匹残らず駆逐するのだ」


「はい」


 ネインは瞳の中に黄金色の光を宿しながら、絶対神を見上げて誓う――。


「ボクは……絶対に異世界種アナザーズを許しません。父さんと母さんを殺したかたきを見つけて必ず倒します。そしてナナルを必ず連れ戻し、異世界種アナザーズを一人残らず滅ぼします」


「うむ。よくぞ申した。それでこそが魂を持つ者に相応しい覚悟である。――フロリス」


「はい」


 脇に控えていたフロリスが一歩前に進み出る。


「ネインは今より我らの戦力となった。ネインが独自に行動できるようになるまで、お主が支援体制を整えるのだ」


「かしこまりました」


「ネインよ。お主にも言っておくことがある」


「はい」


 絶対神は自らの魂を分け与えた少年に語って聞かせる。


「よいか。今のお主は何の力もない、ただのか弱い人間の子どもだ。だからお主は力をつけねばならん。どんな戦いにも勝利し、生き延びる強さを身につけるのだ。われが与えた魂はほんのきっかけにすぎないが、使い方次第では何よりも強い武器になるだろう。お主はそのたった一つだけの武器を使い、自分に必要なものを自分の頭で考え、必要な力を身につけ、必要な装備を整え、戦いの旅に出る支度をするのだ。それにはおそらく何年もの時間がかかるだろう。早く両親のかたきを討ちたい、妹を探したいと気がはやるだろう。しかし、焦ってはならん――。必要な力がそろうその日まで耐えるのだ。お主はその日がくるまでおのれの牙を磨き続けるのだ。できるな?」


「……はい」


 ネインは目に浮かんだ涙をこらえてうなずいた。


「うむ。では家まで送ってやろう。これから始まる長い戦いに備え、せめて今夜だけはゆっくりと休むがよい」


 絶対神はネインの細い体を片腕で抱き上げた。そして黄金色のローブをひるがえしてゆっくりと上昇し、夜風に乗ってアスコーナ村へとまっすぐ向かった――。


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