第22話 3日目 お披露目

 

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「カイリ、良い? 練習した言葉以外は言わなくても良いわ。私と姉様に全て任せなさい」


 はははは、はい!


 とラシュリーさ––––––ラシュ姉様に返事をしようにも、乾きまくった喉からは何も発声できない私です。


 なにあれなにあれ!


 お部屋の窓からどんだけお客様が来たのかなんて、見なければ良かったんだ!


 だだっ広いお屋敷の庭園とその向こうに、たっくさんの馬車がズラリと並んでいたんだけど!


 嫌だよぉ。

 人前に出るの怖いよぉ。

 ドレス恥ずかしいよぉ。

 コルセット苦しいよぉ。


 大きな扉の向こうはグランハインド家の別宅が誇る、大ホールだ。


 映画なんかで見たことのある、謎のぐんにゃりとした階段の上に繋がっている。


 さっき余裕たっぷりで入っていったミレイシュリーさ––––––ミレイ姉様が、扉の前で何やら大声でお話しをしていて、使用人の人が扉を開けたら私の出番、らしい。


 正直もう何が何だかパニックだ。


 練習した言葉なんか全然思い出せない。


 人、『人』の字を書かねば。

 とりあえず一回落ち着かなければ。

 右の手だっけ左の手だっけ。どっちでもいいんだっけ?

 えっとえっと。

 ああこれ『入』だ。逆だ逆だ。


「カイリ様、お気を確かに」


 アネモネさんが私の背中を支えてくれている。

 ああ、ありがたや。

 本当に倒れそうなくらい動悸がしっちゃかめっちゃかだったんだよ。


「もうすこしで出番よ。私がエスコートするから、お澄まし顔してるのよ?」


 お澄まし顔って、どんなんだっけ。

 ふーん、って感じしてればいいんだっけ。


 わぁああ!

 もう本当に嫌だあ!


 扉の向こうから聴こえてくる喧騒が、だんだんと大きくなっていく。


 事前に説明を受けた私の『設定』は、こうだ。


 ––––––––––––––––––––––––


 グランハインドの傍系家系のうち一つ、グランエリュードと呼ばれる家系は、数十年前に断絶したと思われていた。


 だがつい先日、北方の港町の孤児院にて、グランエリュードの姓を名乗る女子の孤児が発見された。

 それが私––––––カイリシュリー・グランエリュード。


 当代当主アムリガウル・レイ・オストレイ・グランハインドの命を受けて、ミレイ姉様が私の身辺を調査した結果、正真正銘のグランエリュードの直系だと判明。


 決めてはかつてのグランハインド家系によく見られた、真紅の魔眼と、グランエリュード家の家宝のペンダントを持っていたこと。


 グランハインド家は私を保護し、義理の娘として受け入れる事を決め、先月半ばに秘密裏に王都へと招き入れた。


 貴族としての教育を受けていない私は、半年後に王城で開かれる王様の晩餐会でお披露目されるはずだったが、先日の赤子攫い襲撃の際にその現場に居合わせ、我が身を顧みずに攫われた赤子を救出。


 市井の育ちのためやり方は決してスマートではなく、王都を混乱させたのは事実。


 また今回の件はグランハインド領の飛び地である屋敷の中でのこと。


 責任はグランハインド家にあるので、予定を早めて私を皆様に披露して、王都貴族や民たちに広く謝罪をすることとなった。


 ––––––––––––––––––––––––


 と言うのが、ミレイ姉様の描いた筋書きである。


 色々詮索されるとボロが出るので、先手を打つ意味もこもっているらしい。


 ボロというのは、主にエリックさんの責任所在だ。


 王様の許可報告無しに行った実験結果として、私はこの世界に迷い込んだ。

 その私が、王様の統治する王都で騒ぎを起こしたこと。


 これは流石に不味いらしく、順番としてはエリックさんがまず王様への報告書を作り、そして謝罪したのちに、私をグランハインド家に迎えいれる。

 これが本来の順番。


 だがあの騒動で私がグランハインド家に所縁ある者だと、民を含めた多くの人が知ってしまった。


 だからミレイ姉様はエリックさんを伴って先に王城へ赴き、私の身柄を保護することを王様に許してもらい、また身分を偽る許可も貰ったらしい。


 そうでなければ、エリックさんの立場が危うかったそうだ。


 だからこその、急な晩餐会。

 何事も早いに越したことはないと、ミレイ姉様がその手腕を遺憾なく発揮して今日開かれることになったそうな。


 これを聞いたラシュ姉様はとても青ざめていた。


 エリックさんと二人して、考えが至らなかったことをミレイ姉様に怒られてもいた。


 今日、私がちゃんと貴族さんたちに挨拶さえできれば、とりあえずは丸く収まるらしい。


 前にエリックさんが言ってた、王立魔法研究所とかいう怖いところ。


 この人たちも、私の存在が王様公認になりさえすれば、下手な手出しはできないんだって。


 先に言ってよそういうの。


 散々怯えさせてくれちゃってもう。


「さあカイリ。準備はいい?」


 と、私が一生懸命現実逃避してる間に時間は過ぎ去り、本番はもうすぐのところまで来ていた。


「あ、あわわわわわ」


 奥歯がガタガタ言ってるよぅ。


 怖いよぅ。


「大丈夫。みんなびっくりするわよ。もしくは見惚れて動けなくなるかも。落ち着いて、ゆっくり喋ればいいの」


 ラシュ姉様の手が私の両ほっぺを優しく包む。


 ああ、これいい。

 安心する。


 猫みたいにゴロゴロとその手に頬ずりをして、私は弛緩した。


「お嬢様、開きます」


「ええ。さぁ、カイリシュリー・レ・グランハインドのお披露目よ」


 その言葉と同時に、両側開きの大きな扉がゆっくり開いた。


 廊下より光量の強い大ホールは、あんまりにも眩しくて目が開けられない。


「どうぞ」


 扉を開いてくれてたのは、せんとうしつじさんのライルマンさんだった。


 綺麗な背筋を折り曲げて、片手で扉を抑え、もう片方の手は大ホールへと誘っている。


「どうぞ。私の可愛い妹、カイリシュリー」


 ラシュ姉様の差し出した手に、右手を乗せる。


 ゆっくりと歩きだした姉様に連れられて、私は大ホールの中へと足を踏み入れた。

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