第20話 3日目 ミレイシュリー……さん?

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆


「貴女がカイリね?」


 陽光が暖かく照らす窓際に姿勢正しく、凛とした空気を醸し出す女の人が座っている。


 豪華だけどどこか厳かな木組みの椅子に腰掛け、紅茶のカップとソーサーを持ちながら私の顔を見て、透き通るような澄んだ声で私の名前を問う。


「––––––うわぁ」


「カイリ? どうしたの?」


 目を見開いて見入ってしまった私を不思議がり、ラシュリーさんが体を揺らしてきた。


 おっとと、いけないいけない。


 あんまりにも神々しすぎて見惚れてしまった。


 だって、すっごい美人さんがいるんだもん。


 ラシュリーさんもアネモネさんも、それにエリザさんもビスティナさんも美人だけど、目の前にいるこの人––––––ミレイシュリーさんは普通の綺麗さではなかった。


 知的と言うかなんというか、触れたら切れそうなイメージ。


 まるで等身大の宝石を見ているかのような、そんな感じ。


 上手く言い表せないや。


「はっ、はい。雪平ゆきひらカイリです」


 慌てて両足をぴたっと合わせ、背筋をピーンと伸ばしてお辞儀をする。


 どこまで下げれば良いのかわからなかったから、とりあえず目一杯頭を下げた。


「頭をあげなさい」


「はい」


 良かった。

 間違ってはいなかったみたい。


 ラシュリーさんと同じ金色の髪を短く揃え、強い瞳の力で私を見るミレイシュリーさん。


 髪型は、なんだろう。

 すごいナチュラルなボブカット。

 どこまでもスマートで、絵になる人だ。


「座りなさい。アネモネ、カイリの分の紅茶を」


「かしこまりました」


 促されて、革張りのくせにすごいフッカフカな一人用の椅子に座る。


 ラシュリーさんはミレイシュリーさんの隣の椅子に座った。


 ここはグランハインド家の王家別宅の主屋。

 その中でも裏手の庭園寄りの温室である。

 なんでも主屋だけでも八つもある談話室の一つで、ミレイシュリーさんが一番お気に入りのお部屋なんだって。


 庭園が一望できるガラス張りの窓はかなり大きくて、建物から半分ぐらい突き出ていた。


 建築に明るくないからなんとも言えないけれど、これはすごい手間暇掛かったお部屋なのではないだろうか。


 きっとお金も。


 今も庭師さんがチョキチョキしているグランハインド別宅の広い庭園は、冬なのにユッサユッサと緑が生い茂り、見たこともない小さな黄色い果実をつけていた。


 あれ、元いた世界では見たことない果物だ。


 異世界限定生産なのかな。


 どんな味がするんだろう。


「昨日の一件、軽くですが説明を受けました」


 大胆に肩とお胸の半分ほどを出したドレスは、藍色が目に優しい大人しめの物だ。


 あんなに露出が多いのに下品に感じないのは多分、ミレイシュリーさんの立ち振る舞いがそう感じさせているんだと思う。


「赤子攫いは王都郊外の家から赤子を盗み、我がグランハインドの敷地内を隠れ蓑にしていたそうです。小賢しいことです」


「隠れ蓑?」


 どういうこと?


「この別宅の敷地の半分は手入れの行き届いている牧場がほとんどなんだけれど、もう半分は牧草地としてわざと整備してない区画なの。だからそこに潜まれたら探そうと思わなければ見つける事は出来ないし、屋敷の使用人や私達以外は絶対に入り込まないわ」


 アホみたいに大口を開けてポカンとしていた私を見て察してくれたのか、ラシュリーさんが説明してくれた。



「つまり、隠れるのに絶好の場所––––––ということよ」


 ミレイシュリーさんは静かに目を閉じて、紅茶を一口啜って補足する。


 なるほど。

 滅多に人も来ないし、隠れるにはうってつけの場所だったのか。


「––––––つまりこの度の騒動は、グランハインドの落ち度」


 え?


 ソーサーにカップを置いたミレイシュリーさんが、切れ長の目で私を見た。


「––––––グランハインド家当主の代理として、貴女に礼を言わなければならないわ。カイリ」


 な、なんで?


「わ、私は! ラシュリーさん迷惑かけただけで!」


 そうだそうだ!


 お礼を言われるような事は一つもしてない!


 勝手にコワールに乗って勝手に飛び出して、勝手に怪我をしただけだ。


 そのせいで色んな人に心配かけて、ラシュリーさんにはお金まで出してもらって怪我をなおしてもらって、それからそれから……。


 うう、考えれば考えるほど自分勝手すぎるなぁ。


「––––––カイリ」


 ふわっ、と。


 空気が急に柔らかくなった。


 さっきまでの鋭く凛とした空気から、暖かいお布団の中でお昼寝している時みたいな、穏やかさ。


 ミレイシュリーさんが目尻を上げて微笑みながら、私に声をかけたから––––––。


「––––––貴女は王都の民である赤ん坊を、その身を犠牲にしてまで魔物の手から救い出しました」


 ––––––う、うん。


「––––––剣も知らない、魔法も使えないはずの貴女が。初めて騎馬に跨ったばかりのはずの貴女が」


 ––––––はい。


「怖かったでしょう?」


「……こ、怖かったです」


「貴女がした事は、とても尊いこと。誇って良いのです。褒められて良いのです」


 それでも––––––まだ赤ちゃんのコワールに危ないことをさせたことを。


 私はまだ自分で許していないのだ。


「ありがとうカイリ。貴女が救ったのはグランハインドの家名と、そして小さな小さな『命』」


 小さな……命……。


「王陛下の統治なされる王都で騒動を起こした責任は、全てグランハインドが負います。だから病み上がりで申し訳ないのだけれど、貴女にも今夜の晩餐会には出席してもらわないといけないわ」


「そ、それは別に。構わないっていうか、当然ですから」


 私のしでかした事が何やら大きくなりすぎて、他の貴族さん達に説明しないといけないらしい。


 だから今日の夜、このお屋敷で説明会を兼ねた晩餐会が開かれる––––––と、アネモネさんから説明は受けている。


「それと同時に、貴女の事を他家に紹介しようと思っています」


 私?


「で、でもエリックさんが」


 そうだ。

 私の存在が他の人にバレると、確か実験台にされるとか。


 そっ、そうだよ!

 実験台にされちゃうから、隠れてないといけなかったんだ!


 私はバカか!


 実験台は怖いんだよ!

 嫌なんだよ!


「カウフマン男爵から、一通り事情は聞いて––––––いえ、聞き出しています」


「姉様っ!?」


 ミレイシュリーさんの言葉を聞いて飛び上がったのは、ラシュリーさんだ。


「ラシュ。貴女……まさか本気で私に隠し事ができるなんて……お思い?」


「せ、先手を打っていたとは……っ」


 ワナワナと震えながら、ラシュリーさんはその綺麗な顔を引きつらせて後ずさる。


「カウフマン男爵のしでかした事は、あとでじっくりと話し合うとして」


 そんなラシュリーさんを横目で見ながら、ミレイシュリーさんは紅茶のカップを再び持ち上げた。


「今夜の晩餐会で、我がグランハインド家の新しい家族の事を紹介することになりました」


「家族?」


「はい。新しい兄妹です」


 そう言って何故だか楽しそうに、ミレイシュリーさんは紅茶を上品に啜った。


 確かラシュリーさんの話では、お兄さんのラルフガウルさんとミレイシュリーさんとで三兄妹だって聞いてたんだけど。


 はっ!


 まさか!


 隠し子みたいな!?


 貴族さんって愛人文化ってどっかで読んだし!


 ドロドロ系!?


「貴女よ––––––カイリ」


「へ?」


 子供がイタズラを成功させたような得意げな顔でミレイシュリーさんは私を指差した。








「貴女をグランハインド家三女として、私たちは迎え入れることを決めました」





「姉様それって!」


 さっきまでの怯えを吹き飛ばし、ラシュリーさんは嬉しそうにミレイシュリーさんに詰め寄る。


 なんだか、ついていけてない私。


 つまり、何が何なのだろう。


「えっと、ミレイシュリーさ––––––?」


「––––––違うわ。カイリ」


 とりあえず、わかるまで質問しようそうしよう。

 知るは一時、知らぬは一生の恥だよ。


 そう思ってミレイシュリーさんに声をかけようとしたら、細くて白くて形のいい人差し指で静止されてしまった。


 その指をゆらゆらと揺らして、ミレイシュリーさんはほっこり顔で口を開く。





「ミレイ……お姉様、よ?」




 ––––––お、お姉様ぁ。

 またこのパターンか。

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