第19話 3日目 怖い人に会いに行くらしい

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆


「……し、死ぬかと思った」

 

 ドレスの試着をするだけなのに、なんで死の淵を彷徨わなければならないのだろうか。


 コルセットがまさかあんなに辛いものだったなんて。

 テレビや本で見た昔のお姫様達もあの地獄を味わったのだろうか。

 もしかして有名なマリー・アントワネットさんとかも、華やかな生活の裏であんな苦労してたのかな。

 そうだったらかなり尊敬しちゃうかも。


「ほらカイリ。こっちよ」


 長くて広くて大っきいグランハインド家別宅の廊下を先導するのは、ラシュリーさんだ。


 さっきまでニヤニヤしながら私の試着を見ていた人とは思えないほど、穏やかでスッキリした顔をしている。


 そうですよね?

 そりゃあスッキリしますよね?


 だって私の顔と悲鳴を見ているときのラシュリーさん、めちゃくちゃ楽しそうでしたもの。


 ぷんすか。


「カイリ様、機嫌を直してくださいまし。晩餐会にはどうしてもドレスで出て貰わなければいけないのです」


 アネモネさん、貴女もなんですからね!

 やめて止めて許してごめんなさいって、私が幾ら叫んでもコルセットを締める手を止めなかったくせに!


 一番後ろで静々とついてくるザ・メイドさんって感じのこの人、絶対Sだよ!

 ドSなんだよ!


 あぁ、コワールの顔が見たいなぁ。

 可愛い可愛い私のコワ。

 あれから一回も顔を合わせてないけれど、元気にしてるのだろうか。


「いいカイリ。今からミレイシュリーお姉様と会ってもらうけれど、少し注意点があるの」


 ラシュリーさんが右手の人差し指を天井に向けて、真剣な顔で私を横目で見る。


 ミレイシュリー・レ・グランハインドさん。


 ラシュリー様のお姉さんで、グランハインド三兄妹の長女さん。


 一番上にお兄さんのラルフガウルさんと言う人が居て、その人が次期グランハインド伯爵家の後継さんらしいのだけれど、今は遊撃騎士団と言うところに所属してて遠いところに行っているらしい。


 だからこの王都別宅の全てを一時的に取り締まっているのは、グランハインド家長女であるミレイシュリーさん。


 アネモネさんが名前を聞いたらちょっとびくってする程度には怖い人らしい。


 さっきからアネモネさん、可哀想なほど緊張してる。

 見ていて私が心配するぐらい。


「注意点です?」


 先をスタスタと歩くラシュリーさんに聞き返した。


 あんまり脅さないでくださいね?

 怖がりすぎてヘマしちゃいそうだよ私。


「そう。注意点……っていうより、お願いかな?」


 人差し指をそのまま唇に当て、ラシュリーさんがコテンと首を傾けた。


 絵になるなぁ。

 雑誌グラビアとかで見るアイドルみたいなポーズなんだよ。


「お姉様の前で、絶対エリックの名前は出さないこと!」


「エリックさんの?」


 なんでだろう?


 二人は婚約しているんでしょ?


「一応表面上認めてくださっているけれど、お姉様はまだエリックと私の事、内心は反対してるのよ」


「なんでですか?」


「お姉様は私達兄妹の中で、誰よりも貴族だから」


 ん?

 意味がわからないや。


 だってラシュリーさんも貴族さんじゃん。


「貴族としての在り方を誰よりもこだわっていられるの。ラルフ兄様なんかはちょっと楽観的で奔放な人だから、あんまりそういうの気になさらないんだけれど。その分ミレイシュリー姉様がね」


「ミレイシュリーお嬢様はお館様以上にグランハインド家の事を考えておられますから」


 それとエリックさんとなんの関係があるんだろうか。


 お屋敷がボロボロだから?

 それとも甲斐性なさそうだから?


「エリックは、まあなんていうか……あの人はいずれ大きな事をする人なんだけれど、今はまだ『溜め』の期間だと思うのよね。そりゃあ先代であるお義父様の残した財産をばっさり切り崩したりしてはいるけれど、それに見合う発明や成果をきっと見つけてくれるわ!」


 ……おお?


 なんかラシュリーさんがヒモ男を擁護する彼女さんみたいな事言い出したぞ?


 なんか『この人はきっとBIGになるわ!』とか『この人は理解者わたしがいないとダメなの!』と同じこと言ってる。


 もしかして、ダメンズ的なウォーカーさん?


「それをお姉様は分かって下さらないのよ。幾ら説得しても全然ダメなの。だからあんまりエリックの株を下げるようなこと、言わないで欲しいなぁって」


「ですがお嬢様。カイリ様のことを説明する際に、エリック様のご失態を伝えなければ難しいかと」


 そうだよね。


 私がこの世界に来たのって、十割エリックさんのせいだし。


「う、うぐぅ」


「どう説明されるのですか?」


 ラシュリーさんが苦虫を噛み潰したような顔をした。


「と、とりあえずは。会ってから考えるわ。お姉様だって鬼じゃないし。きっと分かってくれるはず」


「頑張ってくださいまし」


 目を閉じてしれっとしているアネモネさん。

 他人事みたいだなぁ。


 もしかしてエリックさんのこと、そんな好きじゃないのかな。


「ついでに! 一昨日の夜、アネモネがお風呂で何をしたかも説明してやるわよ!」


「ひっ!」


 一昨日の夜?

 お風呂……ああ、私の身体を洗いながらはぁはぁしてたこと?


「お、お嬢様それだけは! それだけはどうか! 後生ですから!」


「うふふふっ、嫌ならお姉様への説明、協力なさい」


「か、かしこまりました! このアネモネ、実家に帰ることだけはなんとしても避けたい次第です!!」


 そ、そんなに怖い人なのかなぁ。


 ミレイシュリーさん、かぁ……。

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