第11話 2日目 出会い


「うおおおおっ!」


 私の喉から唸るような声が出た。

 驚愕と驚嘆と歓喜と興奮がごっちゃになった、自分でもなんだかわかんない気持ちの表れだ。


「すごいっ! すごいよアニー!」


「カイリ様っ、危のうございます!」


 ティオールさんに窘められてしまった。


 いけないいけない。


 あんまりにもはしゃぎすぎて、前のめりになりすぎてた。

 落ちたら即死だよこの高さは。


「ごっ、ごめんなさい!」


 素直に謝って、背中をティオールさんに預ける。

 騎士さんであるティオールさんの鎧は鉄で出来てるから、冷気で冷やされてかなり辛いけど、身の安全には変えられない。


「いえいえ、喜んでいただいて何よりです。アニー号も褒めて貰えて喜んでますよ。ハインド種は褒められて伸びる馬ですから」


 なんか過保護な親みたいな事言ってるけど、それほんと?


「では失礼して」


 ティオールさんのそのゴツゴツした大きな手が私の前腹をしっかり掴み、体を固定する。


「大丈夫ですか? 怖くないですか?」

 

「大丈夫です! 少し寒いけれど、へっちゃらです!」


 冷たい風が頬をビリビリと振動させているから、体感気温はおそらくとんでもない寒さ。

 でも今はそんなの気にならない!


 前を行くビスティナさんの背中とエニオン号の可愛いお尻を見る。

 強風吹き荒れるこの冬空を颯爽と駆け抜けて行くその姿はお世辞抜きでかっこいい。


 それにアニー!


 この子がほんとに凄い!


 さっきの一回転とか、グルングルンと横に体を回すのとか、急降下とか急上昇とか!


 普通の馬にすら乗った事の無い私でも全然平気に乗っていられる安心感だ。

 なのにダイナミックに空を駆け回り、しかも余裕たっぷりにヒヒンと鳴く。


 ティオールさんの技術も合わさって落ちたりとか振り落とされたりとかの心配は、飛び立ってすぐに消えた。


「カイリ様は凄いですね。普通なら初めて馬に乗った者は大抵怯えるんです。それに振動に酔って気分が悪くなったりもしますね」


「確かに最初は怖かったですけど、この景色を見たら忘れちゃいました!」


 気持ち悪くなったりもしていない。

 たぶんなんだけど、アニーが私を気遣ってくれてくるんだと思う。

 

「私こんな景色を見るの、生まれて初めてです!」


 そう!

 景色だ!


 灰色の雲でどんよりしてるのはちょっと残念だけど、それでもとっても気持ちいい空!

 目の前にそびえ立つ、頂上が尖った真っ白い山々!

 一際大きい山は上空に居てなおその天辺が雲に隠れていて見えないぐらいだ!


 眼下に広がる雄大な草原と、グランハインド家の立派なお屋敷も見事だ。

 都会生まれの私は見渡す限りの地平線なんて見た事が無い。これを見れただけでも、異世界に来て良かったなんて思えてしまう。


 さっきティオールさんが説明してくれたんだけど、見える範囲の土地は全部グランハインド家の物らしい。

 葉が落ちて枯れた木々の生い茂る深い森や、幅50メートルはあろうかという長い川。

 牧草地として柵に囲われている部分ですらとっても広いのに、その先にもっと広い土地が広がっているとか、ちょっと頭おかしいよ。

東京ドーム何百個分なんだろうか。スケールがおかしすぎる。

 

「ははは、お強い方だ。ほら、あちらをご覧ください」


「あっちですか?」


 アニーの手綱を少し引いてスピードを落とし、ティオールさんが山を反対方向を指差した。


「大きな時計塔のある辺りがこのセブンセイズ王国の王都エルワールの中心街。その奥に見えますのがセブンセイズ王城。アークロック・セルネー・ノア・セブンセイズ国王陛下がおわす居城です」


 遠くの方に細長い建物が見えた。

 んー。ちょっと遠すぎて良くわかんない。


「もう少し高度を上げますね。アニー号!」


 名前を呼ばれたアニーが嬉しそうに一鳴きして、翼を大きく羽ばたかせて空を昇っていく。


 それに気づいたビスティナさんとエニオンも同じように上昇を始めた。


「ここからなら見えますよね?」


 アニーがとっても速いから、さっきまでの高度よりも全然上まであっという間だった。

 雲に手を伸ばせば触れるんじゃないかってくらいの場所から、もう一度お城の方を見る。


「うわぁ……」


 なにあれ。

 グランハインドの屋敷よりも広そうな、そしてとっても大きいお城が目に飛び込んだ。


 西洋風の塔が二、三個くっついているタイプのお城だ。

 周りを取り囲み城壁が綺麗な円を描き、その中心に石造りのザ・お城が鎮座している。


「あの時計塔の前にある建物が、ラシュリーお嬢様が通われているミラドーラ王立学院です。その近くの川沿いにあるのが赤鷹王国騎士団の本部。反対の小高い丘の上にあるのがパームラール王立魔法研究所。すこし離れて城下町ですね。教会の大聖堂を中心とした町の造りとなっています」


 城下町もこれまたすっごい広いなぁ。


「グランハインド家の別宅は王都の端にありますが、大抵の貴族はあちらの貴族街に屋敷を構えて居ます」


「どうしてグランハインド家だけこっちにお屋敷があるんですか?」


 エリックさんのお屋敷もそうだけど、町から離れすぎてないかな。


「グランハインド家が武家の貴族だからです。私達天峰てんほう騎士団もそうですが、多くの兵や馬や武器を抱えております。とてもじゃありませんが町中にお屋敷を建てることはできないでしょう。お館様よりも数十代前のグランハインド家当主様の戦働きの褒美として、当時の王陛下よりこの別宅の敷地を与えられたと聞いております」


 へぇ。


「お屋敷のすぐ近くに居を構えるカウフマン男爵家も、ルーツはグランハインド家の家臣からです。当時のカウフマン男爵は爵位を戴いた時に、グランハインド家への忠誠心の表れとしてあのお屋敷を建てたそうです」


 じゃあ昔からエリックさんのカウフマン男爵家と、ラシュリーさん達グランハインド家は深い関係があったってことか。


 うーん。

 私が小市民だからなのか、貴族さんの社会についてはあんまりピンと来ないんだよね。

 元の世界にもまだ居ると聞いたことはあるけれど、テレビやネットニュースなんかの遠い世界だったし。


 イギリスの王子様とか、たしか貴族様だよね。

 なんて浅い知識。


 男の子だった時の私よ。

 筋トレばっかりしてないで世間にもっと興味を持とうよ。


「フライデル卿!」


 突然ビスティナさんの大声が耳に飛び込んできた。

 声の方向を見ると、エニオンに乗ったビスティナさんがなにか顔を青ざめて私達へと近づいてくる。


「どうしたエント」


 えっと、ビスティナ・エントさんだったよね。

 まだ横文字の名前を覚えるのに慣れていないから、すぐに思い出せなかった。

 ティオールさんの苗字は、フライデル。

 ビスティナさんはエント。

 よし、覚えたぞ。

 ……多分だけど。


 大丈夫なのかな私。

 さっき言ってた王様の名前なんか一文字も覚えてないよ。


 頭が、残念なのかなぁ……。


「エニオンが赤子さらいの群を見つけました! 二十羽は居ると思われます!」


「何!?」


 ビスティナさんの報告を受けたティオールさんの体が一瞬硬直した。


 赤子さらい?

 なんだろう。

 もしかして自分の物覚えの悪さを憂いている場合じゃない?


「どこだ!?」


「アルブ山の北東、クィナッツの木の森の上空です!」


「エント! お前はお嬢様に騎士団の出動許可を貰って屯所に向かい、手が空いている奴らをすぐに出動させろ! 屋敷周りの傭兵や冒険者達に町に伝令に向かうよう指示するのを忘れるな! 俺はカイリ様を下ろしたらすぐに後を追う!」


「了解しました!」


 ビスティナさんとエニオンが真っ逆さまに急降下し、残されたティオールさんは険しい表情で周囲を見渡している。


 本当に事件っぽいなコレ。


「な、なにかあったんですか?」


 お忙しいところ申し訳ないのですが、ご説明を頂いてもよろしいですか?


「ああ、お見苦しいところを見せて申し訳ございませんカイリ様。この時期冬眠しているはずの魔物、赤子さらいが出た様です。騎士団を緊急出動させます」


 魔物?

 そういえば昨日もラシュリーさんがそんな単語言ってたような。


「赤ん坊を、攫うんですか?」


「知らないんですか?」


 あっ、そういえばティオールさん達には私の事情話してなかったっけ。


「この国では有名な魔物なんです。人間の赤ん坊を攫い、食う魔物です。一匹ではそれほど脅威では無いのですが、群れているのなら話は別。とてもさかしい奴らなので、早い内に手を打たねば犠牲者が出てしまいます」


 犠牲者って、赤ちゃん!?


「わ、わかりました! すぐに降ります! ティオールさんは追いかけてください!」


 ダメだダメだ!

 赤ちゃんを食べるとか絶対にダメだ!


 私がアニーに乗ってるとティオールさんが魔物を追えない!


 早く降りなくちゃ!


「ありがとうございます! しっかり掴まっていてください!」


「はい!」


 前腹に添えられたティオールさんの手を両手で掴み、体を硬直させる。


「アニー号! 行けっ!」


 高らかに嘶いたアニーが翼を広げ、エニオンの後を追う様に地面に向かって突撃した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ティオ、話はビスティ先輩から聞いてるわ。当主であるアムルガウル・ライ・オストレイ・グランハインド伯爵に代わって、ラシュリー・レ・グランハインドが命じます。王国の民に仇なす魔物を一匹残らず駆逐しなさい!」


「イセトの軍神の御名に誓って、必ず!」


 ラシュリーさんとティオールさんのそんなやりとりを、少し離れたところで見ている。

 ティオールさんは馬房から持ってきた大きな槍を右手に構えてあぶみを蹴ると、一声の気合いと共に空へと駆けていった。

 アニーの高らかな鳴き声が周りに響く。


 がんばれ! 超頑張れアニー! そしてティオールさん!


「お疲れでしたのに申し訳ございませんカイリ様。馬房の側の小屋にお紅茶と昼食をお持ちしておりますので、ゆっくりと休んでください」


 アネモネさんが後ろから私の両肩に手を添えた。

 

「楽しかったから、疲れてないですよ?」


「本当ですか? 私なんて初めてハインド種に乗った時はもう足腰ガクガクで、二度と乗らないとまで思うほどだったのですが」


「私とアネモネの目論見は大外れね。涙目のカイリが見れると思ったんだけれど」


 ラシュリーさんが腕を組んで苦笑している。

 うむぅ、意地悪だ。


「さて、赤子さらいの件はティオやビスティ先輩たち騎士団に任せましょうか。お姉様のお帰りも遅くなるそうだし、私たちはお昼にしましょう?」


「はい。お嬢様、カイリ様。どうぞこちらへ」


 促されるままに馬房の横にある小屋へと足を運ぶ。


 先頭を行くアネモネさんに付いていきながら、馬房の中を覗いた。


「わぁあ……」


 見た。

 見つけた。

 見つけてしまった。





 馬房の真ん中の通路で楽しそうに蹄を鳴らしている、その凶悪なまでに可愛らしい姿を。





「あ、アネモネさん! あの子、あの子!」


 メイド服のスカートをつまみ、アネモネさんを呼ぶ。


「はい? ああ、あれは先週生まれたばかりの仔馬ですよ」


 小さな蹄を柱に軽く何度も打ち付けて、灰色の毛並みが愛らしい仔ペガサスは軽やかに踊っている。

 いいなぁ。可愛いなぁ。


 一頭だけなのかな。

 お母さんはどこなんだろう。


「さ、触って来ても良いですか?」


 アネモネさんに縋るようにねだった。

 一回だけ! 頭を軽く撫でるだけでいいんです!


「うっ、上目つかいは卑怯ですよカイリ様」


 卑怯もヘチマも無いよ!

 お願いします!

 本当に一回だけですから!


「お昼を食べてからに致しませんか?」


「うぐっ、うぅううううう……ラシュリーさぁん」


 振り返ってラシュリーさんを見上げる。

 アネモネさんがダメなら、ラシュリーさんだ。

 ちょっと我ながら必死すぎて泣きそう。


「わかったわかった。いってらっしゃいな」


 やった!

 やったやった!


「ありがとうラシュリーさん!」


 あんまりにも嬉しくて抱きついてしまった。


「あら、あらあらあら」


「お嬢様……羨ましゅうございます」


 グリグリとラシュリーさんのお腹に頭をなすりつける。


「じゃ、じゃあ行って来まーす!」


 すぐに離れて、馬房へと足を急がせた。


 仔馬ちゃん! いや、仔馬くん!?


 どっちも可愛いからどっちでも良いや!


 今行くからね!

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