第9話 2日目 天馬の放牧地


「うわぁ……」


 目を見開いて周りを見渡す。


 凄い。

 凄い凄い凄い凄い!


「ペガサスだぁ……。お馬さんだぁ……」


 黒毛の大きなペガサスが、私の目の前で干し草をもっしゃりもっしゃりと食べている。

 その隣には栗毛のペガサスと白いペガサスがお互いの鬣をハミハミと噛み合ってジャレついている。


 思わず柵に寄りかかり、背伸びをして放牧地の中を覗く。


 いっぱい居る!


 いろんな色のペガサスが、とっても元気に走り回ってる!


「ふわぁ、可愛い……」


「可愛いのは貴女だわ」


「同意ですお嬢様」


 綺麗に身支度を整えたラシュリーさんと、メイド服のアネモネさんが私の後ろで何かを言って居るけれど、正直全然耳に入っていなかった。


 だって、馬だよ!

 馬ならまだしも、いや全然大好きだけど。

 ペガサスだよ!


 お空を飛ぶお馬さんだよ!?


 こんなの誰だって興奮するに決まってる!


「カイリは本当に馬が好きなのねぇ」


「大好きです!」


 ラシュリーさんの言葉に返事は返すけれど、目線をペガサスをロックオンだ。


 あ、追いかけっこしてる!

 白のと黒のブチの子が鼻の先っぽだけ黒い子を追いかけて、うわ! 

 飛んだ!


 冬空の下を元気一杯走り回るペガサス達。

 なんて幻想的、そしてなんと牧歌的な光景なんだろう。


 良いなぁ。可愛いなぁ。


 一頭ぐらい近づいて来ないかなぁ。


「グランハインド家の馬はそこらの騎馬とは比べものにならない優秀な馬ですよ」


「そうなんですか?」


 アネモネさんが私の隣に立って、私から少し離れた場所で草を一心不乱に食べている黒い子を指差した。


「もともとはグランハインド領の北方にある大剣連峰の裾野に生息していた野生馬がこの馬のルーツなんです。寒さに強く体も頑丈で疲れ知らず。北方の強い風を物ともしないその翼。正に騎馬に相応しいその馬を、グランハインドの先祖様が繁殖させたのが始まりですね。特徴としてはその体の太さと、翼の形状でしょうか。風をしっかりと受けれる形です。他の地のと比べて大きいんですよ」


「へぇ、他のところの馬は翼が小さいんですか?」


「ええ、一般的に馬の気性は翼が大きいほど荒いと言われております。過酷な地で生息する馬ほど、より速くより強く飛べるように適応するんです。馬が外敵から身を守る術は逃げ足だけですから」


 なるほどなるほど。


 つまりは進化の過程で翼を大きく、体を太くしていった訳だ。

 襲いかかる肉食の動物から逃げれるように、より生き延びるための手段だった訳だね。


「今ではハインド種と呼ばれ、かつては他国の軍隊や騎士団から譲ってくれと言われるほどです」


 凄い子達なんだなぁ。

 なんだかしたり顔のアネモネさんから目を逸らし、いまだにもっしゃもっしゃと草を食べ続ける黒毛の馬を見る。


「言われてみたら、荒々しいかも。でもかつてって、今は違うんですか?」


 寒さで白くなった鼻息を荒くして、ギラついた目で草を頬張るお馬さん。

 体が大きいせいもあるけれど、なんだかとっても攻撃的に見える。


「ええ。今は逆に最も騎馬に適してない馬って言われてるわ。ハインド種の気性の荒さは他の馬の比じゃないもの。蔑称みたいなものだけれど帝王種と呼ばれる事もあるみたい。だから他の国や他の領に譲る事ができないの」


 帝王種。


 なんだそれかっこいい。


「気性が荒いと、ダメなんですか? 軍隊馬なら強い馬の方が良いんじゃ」


「荒すぎるのよ。言う事を聞かないし乗り手を選びまくるの。ハインド種の反感を買って空の上で騎手が落とされる事故が多発したのよね」


「地上で振り落とされても大怪我を致しますのに、空の上だともはや死しか待っていませんから」


 それは、えっと。


「想像してみて? 戦場の空を飛び回っている時に突然愛馬が暴れ出して、敵陣の真ん中に落とされる。どう転んでも最悪の未来よ。だから他の騎士団ではハインド種は敬遠されてるの」


 そうかぁ。

 難しい子達なんだなぁ。


「プライドが高いんですね」


 なるほど、帝王だ。


「グランハインドの騎士は昔からこの馬の扱いには慣れてるし、他所の軟弱な騎士とは違うわ。そうね……、アネモネ」


「はい」


「馬房に居る騎士達の中から二人ほど呼んできてくれない? カイリにハインド種の扱い方を見せてあげたいの」


「かしこまりました」


 軽く一礼をして、近くの建物に向かうアネモネさん。

 あそこが馬房かな?


 扱い方かぁ。

 やっぱり私が考えてるような生易しいものじゃないんだろうなぁ。


「でも、この子たち。とっても優しい目をしてますよ」


「そう? 生まれてからずっと見てきてるけれど、ハインド種が穏やかに見えるのは仔馬の頃だけしか記憶にないわよ?」


 そうかな?

 私の目にはみんな穏やかな表情に見えるんだけどな。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お嬢様、お待たせしました」


 しばらく黒毛の子のお昼ご飯を鑑賞していたら、アネモネさんが鎧姿の人を二人伴って戻ってきた。


 騎士と思われるその二人は駆け足でアネモネさんを追い抜くと、ラシュリーさんの目の前で腰に下げた剣を抜き、縦に構えて片膝を地面に付けた。


 そのまま頭を下げて、微動だにしない。


「あらビスティ先輩。こっちに来てたんですね?」


 ラシュリーさんが二人の内の一人に声を掛けた。

 白を基調とした鎧を身につけた、金髪ベリーショートの女の人だ。



 騎士って男の人ってイメージだったけれど、女の人も居るんだ。

 ちょっとびっくり。


「お久しぶりにございますラシェリーお嬢様。ビスティナ・エント。ここに参りました。先日、見習いから別宅の馬房付きに配属されたばかりです。来年の夏にはラルフ様の任命により正式に騎士団としてグランハインド家に剣を捧げさせて頂く事になるかと。ですので先輩はもうおやめください。もう私は学院の先輩ではなく、グランハインド家の一家臣でございます」


 キリッとしたかっこいい女の人だ。

 背丈はラシュリーさんより大きくて、アネモネさんより小さいかな?


「そう言われても、先輩にはとっても助けてもらったのですもの。すぐには変えられませんわ?」


「お嬢様、上に立つ者としてそれはいけませんよ? ミレイシュリーお嬢様もいつも仰られていますでしょう?」


 困った顔のラシュリーさんをアネモネさんが咎める。


 うーん、なんだか貴族社会の難しさを見てるみたいだ。


 この女性騎士さん、ラシュリーさんの学校の先輩なのかな。


「『貴族としての振る舞いには意味と理由があります』でしょう? もう、お姉様がいない時ぐらい羽を伸ばしてもいいじゃない」


「普段から気を遣っていなければ、いざというときに間違えてしまいますわ」


「そりゃあ、そうだけれど……」


 大変だなぁ。

 偉い人には偉い人の苦労があるんだね。


 庶民で良かったな私。


「お嬢様、ティオール・フライデル。ここに参りました」


 今までずっと空気を読んで黙っていたもう一人の騎士さんが、頃合いを見計らって声を出した。

 こちらは黒髪の短髪が似合う高身長のイケメンさんだ。

 

 イケメン率高いな。

 貴族だからかな? いや、関係ないか。


「あら、ティオ。お兄様の随伴じゃなかったの?」


「疲労した馬の搬送任務で、リッテン副長と交代し先に戻って来ました。そのまま別宅の警備を仰せつかっております」


「そうなの? ちょうど良かったわ。カイリ、このティオールはウチの騎士団の中でも最も騎馬の扱いが上手い若手なのよ」


 おっと、なんだかおとぎ話みたいな光景だったからボーッとしてた。

 あんなカッコいい頭の下げ方とか、見たことないもんね。


「失礼しますお嬢様。そちらのお方へご紹介頂いても宜しいですか?」


「あ、そうね。先に紹介しなきゃ。アネモネ」


 ティオールさんの言葉にラシュリーさんが答える。

 私がまごまごしてる間になんか話が進んでるみたいです。


「はい、では私から二人をご紹介させて頂きます。カイリ様」


「は、はい」


 呼ばれたから背筋を伸ばす。

 視界の端で黒毛の子がもっしゃりもっしゃりと草を食みながら、私を見ている。


「こちらはティオール・フライデル卿。グランハインド家に仕える天嶺騎士団のお一人で、セブンセイズ王国広しといえど彼の馬術の右に出る者は居ません」


「それは、少し言い過ぎです。よろしくお願いいたしますカイリ様」


 困ったようにはにかんで、ティオールさんが私に頭を下げる。


 さっきラシュリーさんにしたみたいなきっちりした礼じゃなく、腰を曲げて頭を下げるオーソドックスな礼だ。


「よ、よろしくお願いします」


 慌てて私も頭を下げた。


「続いてこちらがビスティナ・アム・エント様。エント男爵家のご令嬢でありますが、学院からの推薦でグランハインド家の騎士見習いとして勤めております。去年ご卒業されるまでは、王国学院で歴代最高の風紀委員長としてその腕を振るっておりました」


 ちょ、ちょっと待ってアネモネさん! 

 横文字の名前を聞き慣れてないからまだティオールさんの名前覚えきれてないの!

 ティオール・何さんだっけ!?


「初めましてカイリ様。ビスティナと申します。なんでもお言いつけ下さい」


「あ、ありがとうございます」


 ありがとうございます?


 なんか違うかも。


「じゃあ、二人とも。カイリにハインド種の凄さを見せてあげて?」


 後ろからラシュリーさんに両肩を掴まれて、ぐいぐいと前に押される。

 なんだかその声色は楽しそう。


 ペガサスの扱いを見せてくれるんだよね?

 振り返ってみたラシュリーさんの顔が、とっても意地悪そうな顔に見えるんだけど。


「と、言いますと。式典用の例のアレ、でございますか?」


「そう! ティオもビスティ先輩もあれ得意よね?」


 ティオールさんも同じように意地悪そうな顔をする。


 なんなの。ちょっと嫌な予感がしてきたよ?


「はい。任せてください。カイリ様の準備が整い次第、最高のアレを披露して差し上げますよ」


 唯一ビスティナさんだけが満面の笑みだ。


「アネモネさん」


「はい」


 澄まし顔でラシュリーさんとティオールさんの隣に立つアネモネさんを呼ぶ。


「何、するんですか?」


 教えてください。

 今私、けっこう不安なんです。


「内緒、にございます」


 口に右手の人差し指を当て、アネモネさんが不敵に笑う。


「楽しみね? カイリ?」


 今一番楽しんでるのはラシュリーさんですよね?


 くそう、だんだんわかってきたぞぉ。


 また人の反応を見て楽しもうとしてるな? この人たち。

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