第2話 1日目 ラシュリーさんとエリックさん


「えっと、君が何を言ってるのかいまいち良く分からないんだけど……ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はエリック。エリック・リ・カウフマン。一応、男爵だ」


 イケメンさんが右手を出してきた。

 わぁ、イケメンさんは名前までイケメンだなぁ。


 男爵ってニュースなんかで聞く外国の貴族さんの位だよね。


 あとお笑い番組とかで見る。

 ヒゲのふとっちょの芸人さんがワイングラスを掲げて『ルネッサーンス』とか言う、あの男爵。


 エリックさんはぜんぜん太ってないし、むしろシュッとしてる。

 男爵っぽくないと感じたの私の偏見なんだろう。

 

 わたしも右手を差し出してその手を取った。

 

 握手。


 友好を示す挨拶だ。

 うん。

 友好的。


「あ、えっと。わたしは……海吏かいりです。雪平海吏ゆきひらかいり


 うん。

 私の名前。生まれた時からずっと呼ばれてる馴染みのある名前。


「カイリ君か……ユキヒラっていうのは姓や屋号で良いのかい? 境界の向こうの名前は名前の前に姓が来るんだね。ううん、文化の違いか。興味深い」


 境界ってなんだろう。

 勘違いしてるみたいだから、ちゃんと説明しないと。


「えっと、私達の国だと、苗字の後に名前が来るんです。他の国だと名前の後に苗字が来るところの方が多いかも」


「ああっ! そうだね! いやいや固定観念って奴は怖いもんだ。境界の向こうは一つの文化しかないものだとばかり! そうだね。僕らと同じ様に無数の国家が存在して、無数の文化がある可能性が全く思いつかなかったよ。うん、勉強になる。とすると大マカナ球の映し出す画像一枚一枚に若干の変化があるのも当然だよな。観測地点毎に国が違っていた可能性もあった訳だ。そう考えるとやっぱり研究しているのが僕とアウグスト卿だけだと視野狭窄に陥ってしまうか。しかし王立魔術研究所の奴らにこの発見を持って行っても独占されるだけだし……今年の晩餐会で殿下に直接お話しするか? いやでも、殿下が僕みたいな木っ端貴族を相手にしてくれるとは思えないし。あんまり使いたくはないけれど、ラシュリーの家の力を使うってのは……情けないよなぁ。ここはいっそ学園に研究協力を」


 なんだか一人で納得して、一人で解決しちゃった。

 腕を組んだあとに右手で顎を支え、ブツブツと考え込むエリックさん。


 どうしよう。

 色々と聞きたいことがあるんだけどな。


 なんだか口を挟みづらくて困っていたら、扉の向こうから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

 だんだんとその足音が大きくなってきて、勢いよく扉が開く。


「エリック! 大丈夫なの!? ライルマンが貴方の屋敷から物凄い音が聞こえてきたって!」


「ラ、ラシュ!?」


 大きな音を立てて開いた扉から出てきたのは、物凄い美人さんだった。

 金髪の綺麗で長い髪を揺らす、端正な顔立ちのまるでお姫様みたいな格好の女の人。


 高い鼻に小ぶりな唇。

 青い目はパッチリとしていて、顔のラインも程よく細い。

 

 すごい。

 こんな美人な人、テレビでしか見た事がない。


「ああ良かった! 無事みたいね! また貴方が実験に失敗したかと、気が気じゃなかっーーーーーー」


 そんな美人さんが、私を見た。

 大きく見開かれた目で、五秒ぐらいジッと。


 あの、えっと。


「こ、こんにちは。はじめまして」


 とりあえず、挨拶は大事。


「エ、エエッエエエエッ」


 美人さんの顔がだんだんと真っ赤になっていく。


 しまった。また何か間違えてしまったのかな。

 こんにちは、では無くこんばんは。だったのだろうか。

 部屋の外が見れないから時間がわからないんだもん。


「エリック!」


 うわっ。

 びっくりした。

 突然美人さんが悲鳴に似た大声を上げた。


「貴方なんてことを! こんな可愛らしい子をこんな如何わしい部屋に連れ込むなんて! そんな事する人じゃないって信じてたのに!」


「わぷっ」


 美人さんはそう言いながら、グワっと私に接近し、ガバっと抱きついた。

 私の顔面に心地良い感触が。


 この美人さん、良いなぁ。おっぱい大きいなぁ。

 私とは大違いだ。


「ラシュ!? ななな、なにを言ってるんだ君は!?」


「ああ怖かったでしょうね? もう大丈夫よ安心して。エリック! 言い訳は聞きたくありません! 貴方も末席ながら貴族に名を連ねる者ならば、貴族らしく王城へ赴きその位を潔く陛下へとご返上してきなさい!」


 美人さんが私の頭を抱えて、髪を何度も撫でる。


 うむ?

 なんか大変なことになってる?

 美人さんおっぱいの感触に感動してる場合じゃない?


「ちっ、違う! ラシュ! 君は大変な勘違いをしている!」


「いいえ! 私は間違ってなんかいません! ああこんな小さな娘に手を出す人だったなんて! 亡き貴方のお父様やお母様が草場の陰で泣いておられます! 貴女この変態に何かされなかった? 大丈夫私は貴女の味方だから、怖がらずに正直に話して?」


 何かって言うと、なんだろう。


 ああそう言えば。





「いつのまにか服を脱がされてました。全部」


「エリック! エリック・リ・カウフマン男爵! 今すぐ剣をお持ちなさい! 陛下に代わり私が貴方を断罪します!」




 おっと?


 言葉を間違えたっぽいぞ?


 ラシュさんと呼ばれるその美人さんの体から、バチバチと雷のようなものが放たれる。

 こ、これなんだろう。

 別に触れても痛くないんだけど、ちょっと怖い。


「ち、ちがうんだラシュリー! 僕の話を聞いてくれ! いや、たしかにその子には取り返しのつかないことをしてしまったけれど! いやそうじゃなくて! だ、誰か居ないか! ラシュリー・レ・グランハインド伯爵令嬢がご乱心だ!」


 扉の向こうに助けを求めて逃げるエリックさんをラシュさんが追いかける。


 またまた困った。


 一人にされちゃった。


「うーむ。どうしたものか」


 とりあえず一回口に出して見たけれど、あいかわらず何も分かっていない私だった。

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