天騎士カイリと無敵に可愛い天魔パレード!

不確定ワオン

第1話 1日目 夢ミル少女ハ目ヲ覚マス

 

 土下座。

 まるでお手本の様な綺麗な土下座を、私は生まれて初めて目の当たりにしている。


 フワフワで綺麗な赤毛の頭頂部を晒して、正座のまま地面に頭をつけた男性が、私の目の前で土下座していた。


 なんでこの人、いきなり土下座なんかしてるんだろう?


 えっと、ここどこだっけ。


 周りを見渡すと、どうやら室内であることは確かだ。


 石造りの壁と、木でできたはり

 天井からぶら下がるのは、ランタンなのかな?

 蛍光灯とは違う、温かみのある光だ。


 そんなぼんやりとした室内には、色んな本が入った木製の棚が所狭しと並べられて居るせいでとっても狭い。

 棚の古い木の匂いがなんだか心地良く、何度もクンクンと鼻を鳴らして嗅いでみた。

 不思議な懐かしさ。好きだなこの匂い。

 おばあちゃんの家を思い出す。

 いわゆるレトロな趣がある内装だ。

 

 部屋の隅には、ぼんやり光る大きくて透明な球体があった。

 ガラス玉だろうか。綺麗だな。

 でもあのまわりのチューブみたいなのなんだろう。

 ピンクっぽい液体が流れる透明な細い筒が、ガラス玉にぐるぐると巻きついている。


『すまない! 本当に申し訳ないことをした!』


 うわっ。

 びっくりした。

 土下座のままだった男性が急に大きな声を出した。

 

 あんまりにも大きな声だから、驚きのあまり肩が跳ね上がってしまった。


 心臓に悪いからやめてほしい。


『まさかあの反応が人間だったなんて思っていなかったんだ! 軽率なことをしてしまった! ああ僕はなんてことをしてしまったんだ!』


 男性が続けざまに叫ぶ。

 なんて言ってるんだろう。

 外国の言葉だよねこれ。

 綺麗な赤毛だから日本人では無いのは知っていたけれど、どこの国の人かさっぱり分からない。

 

『どう詫びれば良いのかも僕には分からない! この命で償えるなら喜んで償おう! ただ二、三日時間をくれ! 別れを言わなければならない人が沢山居るんだ!』


 男性は声と共に勢いよく頭を上げた。


 うわ、イケメンさんだ。

 すっごい整ったその顔は、きっと女の人にモテるであろう端正な造りをしている。

 日本人離れした青い目がとっても印象的だ。

 その赤毛のイケメン外人さんが、私にずっとなにかを言っているんだけど。

 困った。

 何語なのか見当もつかない。

 

 授業で習う範囲の英単語や文法なら分かるんだけど、これ英語じゃないよね?

 外人さんの顔からして北欧とか東欧とか、ロシアとか?

 でも白人さんってほど白人さんでも無い。

 やっぱり困った。


 言葉の壁って高いなぁ。


「あの、落ち着いてください」


 とりあえず日本語で返事を返す。


『え?』


 うん。やっぱり伝わってないみたいだ。

 キョトンとしたまま固まってしまった。

 

 こうなれば、身振り手振りでなんとかしよう。

 ジェスチャーだってコミュニケーション。

 伝えようとする気持ちが大事だ。


『ちょ、ちょっと待っててくれ!』


 あれ?

 どこ行くの?


 せっかく覚悟を決めて、これから体全体を使ったボディランゲージを頑張ろうってなったのに。


 赤毛のイケメン外人さんは立ち上がって私に背を向け、慌てながらその後ろにあった扉から部屋の外に出てしまった。


 なんだろう。

 怒らせちゃったかな。

 なにか私、失礼なことをしたんだろうか。


 困ったなぁ。謝ろうにも言葉が通じなければまた誤解を招くかもしれない。

 どうしたら良いんだろう。


 そうだ。

 土下座だ。

 彼に倣って土下座をすれば良いんだ。


 頭を下げる事が謝罪の意思表示なのは、けっこう世界標準らしいし。


 そう思い、床に座ってイケメンさんを待つ。

 正座して、手はももの上。

 背筋を伸ばして目を閉じる。


 うむ。

 土下座の作法なんてさっぱりだけど、形にはなっているはず。

 ポイントは背中を丸めないようにして頭を地面につけ、指を揃えて相手に差し出すようにすること。

 これでなんとかなるはずだ。


 そわそわとしながらイケメンさんが戻ってくるのを待つ。


 すぐにイケメンさんは戻ってきた。

 息を切らして肩を上下に揺らしながら、その細身の体に身に付けた白衣のような服をはだけながら、うっすら汗をかいている。


 左手で摘むように持つのは、イヤリング?

 なんでイヤリングを持ってきたのかは分からないけれど、土下座するなら今だ。


「なにかお気に障ったことを言ってしまったようで、大変申し訳ございません」


 頭を下げて、両手を地面につけた。


 どうだ。少なくてもこれで謝罪の意思があることは伝わったはず。


 十秒ぐらいして、なんの反応も返ってこないから頭を上げた。

 

 イケメンさんの顔を見ると、さっきより蒼白になっている。


 困ったぞ。

 もう手詰まりだ。

 これ以上どうしていいのか私には分からない。


『き、君が頭を下げる必要は一切無いんだ! 悪いのは僕だ。意図して居なかったとはいえ、君を無理やりこの世界に引っ張ってきたのは間違いなく僕なんだから!』


 ん?

 なんだろう。もしかして私、謝られてる?

 いや、いきなり土下座されてたからそれはもちろんなんだけど。

 

『これを耳につけてくれるかい? 言葉が通じるようになるはずだ。異世界の人間に効くかどうかは賭けだけど』


 これ? くれるの?

 耳につけるの?


 イケメンさんが私にイヤリングを手渡し、自分の耳と私の耳を交互に指差した。

 ジェスチャー上手いなぁ。

 見習わなきゃ。


 そう思いながら、イヤリングを右耳につける。

 とってもシンプルなイヤリングで、耳たぶを前後で挟むタイプの小さな留め金。

 金色の小さな粒のようなトップの、上品なイヤリングだった。


「これでいいの?」


 簡単に装着できたイヤリングから手を離し、イケメンさんに耳を見せながら聞いて見る。


「ああバッチリだね。良かった。言語の魔法が作動してくれたようだ」


 あれ?

 イケメンさんが急に日本語を喋りはじめたぞ?


 さっきまで話せないフリをしてたのかな。

 なんでそんな意味の無い事をしてたんだろう。


「えっと、まずは謝罪を。僕の不注意で君をこんな場所に呼び寄せてしまって、ほんとうに済まない。申し訳ない事をした。体が痛んだり、おかしいところは無いかい?」


「体……」


 ペタペタと、腕やお腹や顔を触る。

 うん。別に変なところは無い。

 細い腕、平坦な胸。同年代に比べて小さな顔。

 痛みも無いし、いつもの私。


 あれ? お腹? 胸?


「……あ」


 なんで私、全裸なんだろう。


「……服は?」


 なんで私、男の人の前で生まれたまんまの姿を晒しているのだろうか。


「…………き」


「へ?」


「きゃあああああああああああっ!」


 なんで裸なの!?


 なんで隠そうともせずにこんな堂々と、みすぼらしい体を惜しみなく披露してるの!?


 た、大変だ! 私がとっても大変だ!

 私も大変だし、この男の人も変態だ!


「ご、ごめん! あまりにも焦ってて気づかなかった! 今なにか着る物を持ってくるから! ごごごごごごめんなさーい!」



 両腕で体を隠して座り込んだ私に気づき、イケメンさんはまた慌てて部屋を飛び出していった。


「ううううううううう……」


 なんだか状況はさっぱりだけど、いつのまに私はこんなはしたない子になってしまったのだろうか。

 涙目で体を縮こませ、できるだけ露出してる部分を減らそうと心見る。

 全体的にお肉不足のこの身体。

 人様に見せるような立派なものなんかじゃない


「なにがいったい、なんでこんな」


 グルグルと混乱する思考を必死に掴みとり、どうしてこうなったのかを考える。


 確か、学校から帰宅する最中だった筈。


 コンビニでペットボトルのお茶を買い、夕飯の為の食材を買うために駅前のスーパーを目指していたのは覚えてる。


 それからそれから……。


 そうだ。

 何かにいきなり引っ張られて、見たこともない景色が広がる綺麗な空間に放りこまれて……。


 そこから記憶が無い。


 あの空間なんだったんだろう……。


 銀色の雪のような、でも全然冷たくない不思議な粒子に満ちていた。

 上も下も無い不思議な空間。

 果ての見えないそこには、凄いお利口そうな小さな女の子が一人居て……。


『呼ばれたみたいだよ? どうする?』


 確か、そう聞かれたんだ。


『決めるのは貴方。決められるのは貴方だけ。私は貴方の意思に従う。なんでも良いよ。欲しいもの、要らないもの。変わりたいこと、変わりたくないこと。それを選んでいいのは貴方しか居ないから』


 そう言われて、しばらく考えて……。


 ん? 貴方?


「は、入るよ!? 僕ので悪いんだけど、これを着てくれ!」


 扉が少しだけ開き、イケメンさんの手だけが入室した。


 その手に持っているのは大きな上着と、大きなズボン。

 なんの特徴もない普通の服だ。

 下着は……無いよね。

 男の人が女性の下着を持って居たらそれはそれで大変なことだし。

 べつに、この慎ましい胸に下着なんてあっても無くても一緒だし……。


 体を腕で隠したまま立ち上がり、ペタペタと裸足で床を歩く。

 冷たい。そういや床も石造りだ。


「あ、ありがとうございます」


「い、いや! 礼なんて! 着替え終わったら呼んでくれ!」


 服を受け取ると、イケメンさんの腕が勢いよく扉の奥に引っ込んだ。

 音を立てて閉まる扉。


 扉から離れて、木製のテーブルに手渡された服を置いた。


 最初にズボンを広げて足を通す。


 おっきい。

 ブカブカだ。


 足の長さが致命的に合ってないから、なんどもなんども裾を折り返した。

 腰なんて余りまくっていて、一緒に渡された紐をめいっぱい締めて結ぶ事でようやく落ちないように固定できた。


 次に上着。

 これまたおっきい。


「んしょ」


 着てみたけど、どうにもこうにも。

 まぁ、わかってたことだけど。

 長袖の上着だから袖が余りまくってしまう。


 これまたいっぱい折り返して、なんとか手が出るようになった。


 歳の割りに身長が低すぎるこの身体が悪いのだ。

 でも服があるだけマシか。


「えっと、着替え終わりました」


 扉の向こうに待機してるであろう、イケメンさんに声をかけた。


「そ、そうかい? 入っていいかな?」


「はい、いいですよ」


 私の返事を待って、扉が開く。

 苦笑いをしながら部屋に入ってくるイケメンさんの顔はとっても居づらそうだ。


「ほ、本当に配慮に欠けていた。紳士として不甲斐ないと思うよ。ど、どうだい? 他に体に異変は?」


 異変……。

 あると言えば、とてつもなくおおきな異変が一個だけある。

 

 でもそれはなんだか違和感がなくて、自分でも不思議なほど馴染んでしまっていて、そして不明瞭なこと。


「あの。私なんですけど」


「うん」


 もう一回、自分の体を見る。


 細い手足。低い身長。

 成長の遅い胸。

 そしてとっても長い、銀色の髪。


 うん。私の体だ。

 なんの違和感もなく、当たり前に受け止めているけれど、よくよく考えれば私の体なのが一番おかしい。


 そう、確か。


 確か私は。


「男の子……だった気がするんです」


「へ?」


 赤毛のイケメンさんが、何言ってんだこいつって顔をした。

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