死者の書 第7節






 翌日。ナルキアは、母を連れて街へ繰り出していた。


 念のため、母には目深な帽子を被らせ、顔の半分を覆い隠すほどの口布を付けさせている。服装も、目立たないよう黒のローブを着せているため、もはや魔女と見分けが付かないような外見に変貌してしまっていた。


「最近、日光が強いから。病気を拾わないようにマスクで予防も必要だし、冷えたらいけないからローブもね」


 そんな適当な言い訳も、はいはい、と母は素直に聞き入れた。


 念には念を加え、街の中心部の太い道から小枝のように別れた、細い裏通りを歩く。小さな屋台が軒を連ねており、少し荒っぽい、しかし活気のいい声がそこかしこから響いてくる。


「お母さん、外に出たいって言ってたもんね」


「そうね。久しぶりに、こうして出歩けたわ。……あれは何かしら?」


「ああ。あれは、手品師の公演だよ。お金を払って見物して、タネを見抜けたら逆にお金が貰えるの」


「そう、面白いことを考えるのね。……あ、でも、今あそこでやってる手品なら、簡単ね。私にもタネがわかったわ」


「えっ!? うそ、どうして?」


 ナルキアも何気なく、ぼーっと眺めていたが、さっぱりわからなかった。ふふ、と母が笑う。


「目に見えることが全てじゃない。目に見えないことの方が、ずっと多いんだから。だから、見えているものだけに惑わされないようにするの。そうすれば、ナルキアにもきっと。いつかわかる日が来るわ」


「いつかって……いつのことなのさ。もう」


「ふふ。……あら。あそこの女の子。いつの間にか、大きくなったのね」


 そう言って、母が指した方向を見て、ナルキアは眉を潜めた。


 昨日も見た、焼き鳥屋の竜族の少女が、そこにいた。


「あの焼き鳥屋の、竜族の子。やっぱり可愛い子ねえ。いつも元気よく仕事してて。あの焼き鳥ね、あの子のブレスで焼いてるのよ。衛生管理についてはよくわからないけど、私の炎なんて比較にもならないわよね。……あ、でもね。世の中には、竜族のブレスも封じ込める、封炎石っていうものが……」


「お母さん。もう、いいから。ねえ、あっち。あっちに面白そうなのあるよ。ね、行こ」


 滑るように喋り出した母の細腕を、ナルキアが引き、半ば強引にその場を離れる。ふらふらとした足取りで、どうにかナルキアの歩幅に付いていき、ようやく足を止めたナルキアの顔を、そっと覗きこむ。


「……どうかしたの?」


「――……お母さんの言う通りだよ。……目に見えてるものが、すべてじゃないの」


 竜族の少女の快活な笑顔を記憶から振り払うように、ナルキアはかぶりを振ると、泣き出しそうな顔で母を見た。


「誰にだって……人には見えないように、隠してるものがあるの」


「……ナルキア?」


「ごめんね、お母さん。……明日、話したいことがあるの」


 裏通りの空を見上げると、建物から建物に渡した紐の下で、洗濯物がもつれあうように揺れていた。――夜になれば、この辺りは月明かりも差し込まず、一帯が闇に包まれる。


 ナルキアは、自嘲するような笑みを浮かべ、母を振り返った。


「だから今日は……楽しくお散歩しようね」


 そう言って、背後から聞こえてくる少女の声から逃れるように、ナルキアは母の手を引いて歩き出した。


 

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