死者の書 第3節
絶望に満ちた悲鳴をあげるナルキアをよそに、少年は余裕の面持ちでくるりと地上へ向かって身体を翻すと、一言二言、何かを呟いた。
一方のナルキアは、ああダメだこれ、と諦め、固く目を瞑って手足を宙に放り出していた。
(ああ、ついに死ぬんだ。最期まで訳の分からない、締まらない人生だった。……けど、結果的にはこれでよかったんだ。これでーー)
ナルキアが辞世の句をぶつぶつと口にしていると、全身に感じていた風圧が突如として、ふっ……と消えた。
「……?」
「さ、行きましょう」
少年の声がそばに聞こえる。固く閉ざした瞼に、恐る恐る、光を取り込んでいく。ようやく目の前の景色を確認したナルキアは、自分の正気を疑うことになった。
そこには、いつもと何も変わらない、見慣れた街の風景が横たわっていたのだ。
足元を、二人の犬狼族の子供が、獣の耳と尻尾を揺らして駆けていく。気がつけば、自分の両足は、地面をしっかりと踏み締めていた。先ほどまでの浮遊感の余韻を、ナルキアの身体はまだ、確かに覚えている。
ーー白昼夢でも、見ていたのだろうか。
「……いつまでその面白いポーズ取ってるんですか?」
ナルキアをしげしげと見つめ、少年が首をかしげる。
ナルキアの身体は、まるで光合成でもしている花かのように、太陽へ向かって両手両足を大きく広げたままの姿勢で固まっていた。言われてナルキアが、かぁっと頰を染める。
「み、見ないでよ! ……っていうか、今、私たち……あそこから」
「あそこから?」
「落ち……」
時計塔を見上げたナルキアは、思わず目眩を覚えた。
あんなところから、自分は飛び降りるつもりでーー……。
「あんな場所から落ちて、人間が五体満足でいられるわけないじゃないですかぁ。やだなあ、頭がちょっとアレなんじゃないですか?」
「何気に失礼なことさらっと言うのね……。でも、一体どうやって……」
尋ねようとして、少年が手のひらを叩きあわせる音に遮られる。
「さてと。3日間しかないわけですし。さっさと行動しましょう。ご自宅はどちらですか?」
「え? あ、……あっち、だけど」
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