死ねない僕と死神。

tom

樹海での死と出会い。

 死にたいと思って、初めてここに来た。


  自殺志願者に大人気のスポット、富士の樹海。自殺の名所、来れたのはいいんだけど、やっぱり陰気臭くておどろおどろしい。だから、とっととおっぱじめよう。


 憧れたはずの東京生活も10年続くと、ただの無機質な現実と化してしまって、たまらなく嫌になった。社会は厳しいし。だから俺は決めたんだ、自殺するって。

 決心したのにこれといって特別な理由なんかはなくて、とりあえず生きてきたんだけど、なんていうか俺の人生虚しいってことに気づいたら、これだと生きてる意味ねーなって。だから、死のうって。まあ、よくあるやつ。


 そんでとりあえず自殺って言ったら「やっぱ富士の樹海なのかなぁ」なんて思って、一番メジャーな首吊りをするために、ロープとキャンプ用のイスを買って電車を乗り継いでここまで来た。


 下車してから歩くのに苦労したけどやっとここまでこれた。死のゴールは目前だ。


 樹海ってやつに初めて入ったんだけど、なかなか険しいもんだ。つーか、やっぱり怖い。死ぬのが怖いっていうよりは、人間の本能としてなのだろうか、慣れ親しんでない場所で、しかも人が死ぬための場所っていう現実が、なんか恐怖を助長する。この期に及んで生理的反応が俺の理性に反しているのが不思議だ。


 樹海はびっくりするぐらい静かだった。

 はっきり言ってここには生の息吹が全くない。本当に、全く。たぶんここでは生きてる俺の方が不自然な存在なんだと思う。


  都合のいい場所を探しながら歩みを進める度に、枯葉をつぶす音が耳の奥にこだまする。これから死ぬ俺にとって枯れた草木の潰される音はなんとなくだけど、 ふさわしい気がした。


  10月は、死ぬにはいい時期なのかもしれない。



 あ、これーーーー。


 たぶんこの木、いい感じ。

  太い幹に少し頑張れば届きそうな太い枝、こいつは俺の願いを叶えてくれそうな木だ。


 早速俺は持参していたロープと小さなキャンプ椅子とで最後の支度を整えた。そして首にロープを巻きつけ自分を支えている椅子を蹴った。


 大分、苦しかった。


 苦しくて苦しくてどうしようもなかったけど、あともうちょっとでネチネチと陰湿な社会から解放されると思うと幾分マシだった。苦しさが増すにつれて小さな子供の声が聞こえるようになった。初めはこれが臨死体験とか走馬灯って言われるやつなのかなって納得してたんだけど、子供の声がどんどん近づいて来てることに違和感を感じた。

 ていうか、俺に全然死ぬ気配がないことに一番違和感を覚えた。体感だと、もうかれこれ15分はロープで吊られてるはずなんだけど......。それに声だけじゃなくて、もはや子供の姿まで見えてきたんだけど、これって臨死体験的なやつなのか?本当に。 


 子供は木にプラプラ吊られてる俺の周りをパタパタと走りながらキャハキャハ笑ってた。歳は八歳ぐらいなのかな、綺麗な栗毛の色白の女の子。しかも笑いの間に時折「しーね♪しーね♪」とか言ってる。


 それより、なんで俺死なないんだろう。結構俺って息が長く続くタイプの人間で、意外と潜水とかしたらなんつーか、ちょっとは世に出ることができた男なんだろうか。仮にそうだったとしても時すでに遅すぎるんだけどね、首つっちゃってるし。


 なかなか臨終してくれない自分に疑問を抱いてたら、女の子が止まって俺の方をじっと見た。


 死ぬ間際だから死神的な少女なのかな? って思ってたんだけど、全然怖くない。どころか、まあ、すんごい美少女。てゆうか、美幼女。


「ええ!? なんで死なないの? おかしいよー...早く早くしなきゃ、早く死ななきゃダメだよ!!」


 開口一番、死神の美幼女は凄まじい言葉を発する。


 だけど彼女の風貌や雰囲気は言葉の汚さとは違っていて、天使そのものだった。本当に、この世のものとは思えないくらい美しかった。上手く言えないんだけど、 ヴィクトリアズシークレットのモデルさんのようにただただ美しいとかではなくて、もう、ダイレクトに自分が求めてる美しさや愛らしさをそのまま反映させたような存在そのものって感じ。


「お兄ちゃん名前は ? なんで死なないの?」


「俺は俺は、、トヤマ」

 ヤマトとつけたかった父親が、酔っ払ってトヤマにしやがった名前を告げる。


「トヤマ......。お兄ちゃん、珍しいね。変な名前だし、死なないし。首吊りして喋ってるし」

 幼女に言われて喋れる自分にびっくりする。


「あの、ごめん、君は一体何者なの?」


「私? 私はね、死神よ」


 やっぱり死神かぁ......。若干天使であることを期待したんだけど、この世はいまだそんな甘くないみたい。


「し、死神ってことは、俺をどこかに、つ、連れて行くのかな?」


「うん、もちろん連れてくよ。ちゃんと死んでくれたら♪ でもお兄ちゃん死なないからなかなか連れてけない。

  他のみんなはちゃんと連れてって地獄で償ってもらってるんだけど。 お兄ちゃん死なないから......。どうしよう」


 こ、困ってる。死神が困ってる。いや、そんなことより地獄ってなんだ!? 償うってどういうことだよ!? まさか本当に昔話とか神話とかによくある絵に書いたような地獄が本当にあるって事なのか!? いや、だとしたら、困る! 俺が困る!  っていうか、なんで社会に散々いじめられた結果こんな結末を迎えてる俺が地獄で償うんだよ! いくらなんでも、この世もあの世も不公平すぎるだろぉぉぉ!


 俺の脳はあまりに悲しい現実に耐えきれず、壊れた。しかしひとしお発狂すると我が運命を受け入れたのか、一気にクールダウンしてしまった。


「ちなみに、地獄ってどんなところなのかな? お嬢ちゃん?」

  絶望した眼差しで幼女に尋ねた。風が吹くたびに宙ぶらりんの俺の体はぷらぷらと揺れる。

 傍から見たら凄まじい光景だろう。森の中で首を吊った男が幼女と会話をしている。 生きる希望に満ち溢れていた時代の俺が見たら卒倒してトラウマになっていたであろう画だ。


「お嬢ちゃんってバカにしてるの、おにいちゃん!  私、こう見えて信長とか担当してるんだから! おにいちゃんよりもずっとこっちにいるんだよ!」

 顔を赤らめプンプンする。


 信長って、ま、まじか、、このキャピキャピっ子がそんな大物担当してたんだ.......。


「お兄ちゃん死なないってことは超人なんだね。何かしらの」

「超人って、どういう意味?」


「今もいるけど、昔とかにすごい人たちっているでしょ? たけ蔵ちゃ.....っあ、宮本武蔵とかって超人なの。信ちゃんもね。みんなそれぞれ持ってる力が違うけど、みんな超人」


「なんかすごい話だけど、要するにヘラクレスとかそういう類の強い人たちのことね」


「彼は超神ね。でもとにかく、お兄ちゃんその程度じゃ死ねないんだから、早く降りてきなよ」


「簡単に言うけど、降りるってどうやるんだよ。助けてよ」


「ちぎればいいじゃん。ロープ」


「どうやって」


「手で。バチって」


「いや、手でバチって......」


 なるほど、どうやらこの死神は俺のことを過大評価しているようだ。たぶん三国志に出てくるような絶対「嘘、乙」な逸話を持つ武将みたいな力を持ってると思ってる。そんな力を持ってるなら首なんかつってねーよ。首つっても死なない能力なんていらねえだろ。いつ使えっていうんだよ、そんな特殊能力。今使ってるけど。超人なのに首つっても死なないだけっていう、意味のない能力の持ち主ってところが何とも俺らしい。俺は超人でも凡人なんだ。

 

「もうできるから早くやってよ、騙されたと思ってやってみて」


 自殺っていう人生最大の一大イベントに失敗した俺。 急かす死神。現場の全てが唐突すぎてイライラしてきた。


「分かったよ。ちぎればいいんだろちぎれば!  こうやってちぎればーーーー」

 

 バチィ!!!! ドスンッッ!!


「うおい!! イテェ! いや、痛くない....。つーか、千切れた、マジで」


「ほら、言ったじゃんちぎれるって」


 マジで、マジで千切れた。ロープが......。いとも簡単に。しかも俺、 首つったのに死んでないし。


「ねぇ、お嬢ちゃん。あの、俺と君はどういう存在なんだっけ?」


「だ〜か〜らぁ、お兄ちゃんは超人! 私はお嬢ちゃんじゃなくて、しーにーがーみ! 死神!!」

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