第9話 シャバ僧経典
不伝(伝わらず)。
阿弥陀の極楽浄土は、その世界が伝えられなかったので、不伝という。
シャバ僧:なあ、宝の地図を教えてくれよ。見つかったらすごい幸せになれるやつ。
破戒坊主:宝の地図は仏教ではない。
シャバ僧:寺に来るやつはみんな、宝の地図がほしいんだよ。おれは知ってるぜ。仏教って宝の地図だろ?
破戒坊主:そんなわけないだろ。
シャバ僧:極楽って、すごい宝のことだろ。
破戒坊主:そうだ。
シャバ僧:あんた、極楽って知ってるか。
破戒坊主:ちゃんと知っておる。
シャバ僧:極楽には何があるんだ。
破戒坊主:金銀財宝が山となった寺、幻獣が遊ぶ庭園、花と宝石の雨が降り、絶え間なく音楽が聞こえる土地だ。
シャバ僧:それは誰のものだ。
破戒坊主:みんなのものだ。そこでは神々も人々も平等だ。
シャバ僧:極楽はどこにあるんだ。
破戒坊主:世界の中だ。
シャバ僧:道を教えてくれ。極楽に行きたいんだ。
破戒坊主:ダメだ。極楽は滅んだ。
シャバ僧:なんだって?
破戒坊主:極楽は滅んだ。
シャバ僧:それはおれを行かせないための嘘か?
破戒坊主:ちがう。極楽はむかしはあったが滅んだ。行きたければ、時の巡礼でもしてくれ。
シャバ僧:ここは汚れた土地だな。
破戒坊主:そうだ。
シャバ僧:極楽の話が聞きてえ。
破戒坊主:これ以上、聞きたければ、年会費を払え。
シャバ僧:ケチくせえ坊主だな。
破戒坊主:聖人君子といえども、生活費がかかるからな。
シャバ僧:そんなにお金を貯めこんで、何をしているんだ。
破戒坊主:読経だ。
シャバ僧:読経するためにインチキ宗教を教えてるのか。
破戒坊主:そうだ。
シャバ僧:読経の他には何をするんだ。
破戒坊主:念仏百万遍だ。
シャバ僧:それで極楽へ行けるのか。
破戒坊主:それは賭けだ。人生を賭けた賭け。寺を賭けた賭け。教団を賭けた賭けだ。仏教は賭けだ。うちの寺は、極楽へ行けるという賭けをしているのだ。
シャバ僧:極楽へ行くにはどうしたらいいんだ。
破戒坊主:探すより、自分で作った方が早いだろうな。
シャバ僧:どうやって作るんだ。
破戒坊主:花と宝石と音楽と美容の研究をすれば、ひょっとしたら極楽ができるかもしれん。
シャバ僧:くそ面倒くさいな。
破戒坊主:そういうものだ。やる気があったら作ってみろ。わしもおまえの作った極楽へ行きたい。
シャバ僧:他人任せかよ。
破戒坊主:読経や念仏をするより可能性は高い。
シャバ僧:それわかっててなんで自分で作らないんだよ。
シャバ僧:おい、仏教ってなんだ。
破戒坊主:いろいろある。
シャバ僧:例えば?
破戒坊主:仏教は、乗り物だ。仏教は、薬草だ。仏教は、薫陶だ。
シャバ僧:そういう例えじゃくてさ。
破戒坊主:南無阿弥陀仏と唱えろ。
シャバ僧:それで極楽へ行けるのか。
破戒坊主:うちの寺ではそれしか教えておらん。
シャバ僧:何か隠していることがあるんじゃないのか。
破戒坊主:ある。
シャバ僧:それはなんだ。
破戒坊主:実は、極楽ではみんな神通力が使えることになっておる。だが、わしは神通力がどんなものかまったくわからんのだ。
シャバ僧:非科学的だな。
破戒坊主:そうだ。うちの寺では、科学者は神通力が使えないから、仏僧のがすごいと本気で主張している。
シャバ僧:それはすごいな。どんな神通力なんだ。
破戒坊主:千里眼、地獄耳、読心術、神足通、宿命通、漏尽通だ。
シャバ僧:あんたはそれ、使えるのか?
破戒坊主:極楽へ行けばな。たぶん、なんとかなるだろう。
シャバ僧:如来蔵って何だ?
破戒坊主:如来蔵(アーガマ)とは、仏教の経典すべてのことだ。
シャバ僧:蓮華蔵って何だ?
破戒坊主:蓮華蔵は、たぶん、存在するものすべてが幸せになることだ。蓮華蔵は「華厳経」という仏典に書いてあるのだが、わしは「華厳経」を読んでないから、実は蓮華蔵が何なのかは知らない。
シャバ僧:等覚とは何だ?
破戒坊主:等覚とは、釈尊と同じことを悟ることだ。
シャバ僧:妙覚とは何だ?
破戒坊主:妙覚とは、釈尊の悟りよりすごい悟りのことだ。
シャバ僧:正覚とは何だ?
破戒坊主:正覚とは、本願が成就することだ。
シャバ僧:阿弥陀の本願とは?
破戒坊主:極楽成就だ。世界苦からすべてを救いたいという大慈悲心だ。
シャバ僧:もし、阿弥陀が何千年前に本当にいたのなら。
破戒坊主:そうだ。もし、本当に何千年前に阿弥陀がいたのなら、我々は「阿弥陀くじ」をやるだけで極楽往生して、成仏できるのだ。
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