第8話 釈尊の生涯
1、カピラ城
釈尊はルンビニのカピラ城で生まれた。
釈尊は、背中に「天上天下唯我独尊」と書かれた特攻服を着て生活した。
2、出家
釈尊は、働くのが嫌になって、
「研究生活に打ち込みたい。社畜暮らしは嫌だ」
といって、妻子を残して家出した。
浅田彰の「逃走論」を鞄に入れて持っていたという。
3、菩提樹
釈尊は、ブッダガヤの菩提樹の元で悟りを開いた。
「すごいのはこっちの木の方ではないか」
という人もいて、
「そういうこともある」
と釈尊は答えた。
4、初転法輪
釈尊は、ベナレスの鹿の園で初めての説教をした。
釈尊は真理を悟ったといった。
それは、以下のことである。
一切の形成されたものは無常である。(諸行無常)
一切の形成されたものは苦である。(一切皆苦)
一切の形成されたものは我ならざるものである。(諸法無我)
真似をすれば、みんな悟って覚者になれるといった。
5、乞食の王
釈尊は、祇園精舎(慈悲と施しを与える園)で乞食の王となった。
諸国の王たちに戦争について相談を受けて作戦を与えた。
戦えば負けるのになぜか国が豊かになる謎の司令官であった。
釈尊の国は、無勝荘厳国として繁栄した。
注:「無勝荘厳国」とは、プラトンのいう「正しいものは損をして、不正なものが得をする」という哲学の反駁であり、勝つことなく幸せになる聖者の道である。
6、平等
ある王さまの軍が負けそうになった。
負けそうな王さまは、釈尊に作戦の助言を求めた。
釈尊はいった。
「今からいちばん簡単な作戦を授けるよ。あなたの国の兵士はみんな平等だ。司令官も参謀も幹部も一兵卒もみんな平等だ。みんな平等に適当に相談して戦うぞ。実は、戦争とはそうするだけでたいてい勝てるんだ」
そして、策を授かった王さまの軍は敵を打ち破った。
「平等にするだけで勝てる戦いなのに、不平等にして戦って負ける作戦を、平等以下の作戦というんだ。」
その国は、以後、平等の国といわれるようになった。
7、沙羅双樹
釈尊は、沙羅双樹のもとで死んだ。
多くの者が集まり、本当に死んだのか話し合った。
「彼は生きている時に説いていたぞ。あらゆる識覚を消せば、ニルヴァーナに到達できると。死ぬと識覚が消えるんじゃないのか。ということは、彼はニルヴァーナに入るんじゃないのか」
「わかりません。わたしたちがもし死んだら、ニルヴァーナを探しましょう」
釈尊の死体は火葬され、遺骨はバラバラに砕かれて、仏舎利として寺院に配られた。
8、経典輪廻
釈尊は、文書転生体となり、後世に書かれた哲学書の中を輪廻した。
注:筆者は、釈尊の思想としてなければならない教え、「無執着」を書き忘れていたことに気づいた。「無執着であるべき」というのは、仏教の重要な教えであり、筆者が人生でものを考えるのに非常に役立った教えであることを、みっともなくだだ、書き加える。
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