第4話 へびの手記

 おれはへびだ。

 かつて、おれは人祖アダムとその妻イヴをそそのかして、エデンの森の知恵の実を食べさせた。そうして、アダムとイヴが神の教えに反するように歴史を誘導した。

 神は「次にやったら地獄行きだぞ」と怒った。

 おれはそれでも心を改めることはなかった。五万年ほど、人類の疫病患者を殺す仕事をして生きた。村いちばんの名医と宣伝していたが、同時に、疫病を使役する呪術師として恐れられた。ダンテという詩人の近所の美少女ベアトリーチェを殺した。

 おれは地獄へ落ちた。地獄の刑吏がいうには。おれは百年の間、地獄で責め苦を受けるらしい。

 おれは百年間を地獄ですごしたが、地獄はきれいな女の人はいるし、飯は美味いし、酒は飲み放題だし、最高だった。おれは思った。あれ、ひょっとして、神のやつはそんなにおれのことを怒ってはいなかったのかなと。

 そして、地獄にいると、ダンテのやつがやってきた。「ベアトリーチェはどこだ」とダンテが聞く。おれは「おまえは行いが悪いから地獄落ちだろうけど、そのベアトリーチェとかいう娘は、そんなにかわいかったんなら、天国にでも行っているだろう」といい、おれはダンテと一緒に天国へその娘を探しに行った。

 グリフォンに乗って天国へ行くと、どうして、ベアトリーチェがいた。確かにきれいな娘だ。

 天国で再会したダンテとベアトリーチェだったが、それなら、きみたちはこれから一緒に暮らすのかと聞いたら、そういうわけではなく、お互いに結婚相手がいるのだという。

 二人は、

「人類は大丈夫でしょうか」

「ええ、わたしも気になります。人類は大丈夫でしょうか」

 といっているので、

「ああ、人類を苦しめるサタンってのが実はおれなんですけど、そのおれから見ても、人類は大丈夫です」

 といってやったら、ダンテくんが、

「ああ、サタンが大丈夫だというなら、たぶん、人類は大丈夫なんでしょう」

 といった。

 ダンテ「神曲」、ジャン・バニヤン「天路歴程」、ミルトン「失楽園」、ゲーテ「ファウスト」、ニーチェ「ツァラトゥストラはこう言った」、ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」などの偉大な悪魔作家たちをおれは敬愛していた。

 アダムに知恵の実を食べさせてから、ずっと生きてきたおれだが、ついに体を壊して倒れた。そのおれがいったことばが、

「誰でもいい。人類を頼む」

 だったんで、まわりのみんなが大爆笑でさ。

 あんたが人類の敵、魔王サタンだろうってみんながおれにツッコんでてさ。

「わかった。ぼくが人類をなんとかしよう」

 といった近所の子供は、男なのか女なのかわからなかったが、こいつはイエスの生まれ代わりじゃないかとまわりのみんながまた大爆笑だった。

 そして、おれが死んで、その亡骸から、一匹の死の鳥が飛び立った。あの鳥は、サタンの化身か、それとも、今までサタンを封印していた聖獣なのか、よくわからないらしい。

 その死の鳥の物語を、本当の「デッドバードストーリー」というらしいんだけど。おれはそういう設定は適当なやっつけでさ。へびに生まれて、神の権威を利用するため、神そっくりの人型として生きたおれが、最後に死の鳥になってさ。神のやつによろしくな。おれはそんなにこの世界に絶望していない。神が作ったというこの世界にね。おれはもう死ぬんで、後はみんなで気楽にやっておいてくれ。魔王サタンの死んだ後の世界だ。そこそこに幸せな世界を作るように、このサタンの名にかけて誓えよ。じゃあな、人類。

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