第3話 失天界報告書

 ぼくも不思議に思ったんだ。なぜ、教会の神父は神の偉大さを褒めたたえるけど、一向にこの地上が幸せにならないのだろうかと。

 それで、ぼくは中央アジアにあるという天へ通じる塔を登っていったんだ。たどりつくまでかなり階段を歩かなければならないと聞いて、食料と飲料を十日分も持って行った。高くへ登ると寒いと聞いて、登山用の防寒具を着て、始めは汗をかきながら登って行った。

 高い高い塔を登って行った。天国への巡礼者、神への挑戦者、天国の書記官たち、そういういろんな理由のある者たちが階段を登っていた。塔はいつしか雲の上に届き、ぼくはそれを登って行った。

 王や皇帝より偉いという隠者たち、賢者たち、魔術師たちがいた。彼らはいう。身分、権力を得ることは重要じゃない。世界の真理を探究して、この世界のからくりを知ることは幸せへの道だと。なるほど、そうかもしれないとぼくは思いつつも、やはり、虚勢ではないかという可能性も考えた。

 我々は三日で世界を征服できる者たちだ、という一行にもあったが、

「それなら、なぜ今すぐにでも世界を征服しないのか」

 と聞くと、

「明日、天気が晴れたらそうしようと思うんだが、そういう日に限って嵐になったり、雨になったりするのだ」

 と答えられた。

 そして、ようやくぼくは天国の門へたどりついた。

 天国の門には、『この先へ行って何があっても驚くことなかれ』と書いてあった。

 門をくぐると、天使たちが出迎え、おおこれは良いところへ来たと思った。しかし、それも束の間。それはぼくたち客人を油断させる罠であって、すぐに、怪物や悪魔が現れて、ただごとではない様子をにおわせてきた。

 なぜ、天国に怪物や悪魔が大勢いるんだとぼくは不思議に思った。

「ここが玉座の宮殿へ行かれる方の列です」

 と悪魔が案内した。すぐ近くで、歴戦の勇者、慈愛に満ちた富豪、優秀な技術者が鎖につながれ、刺し殺されていた。

「彼らはなぜ、あんな目にあっているんですか」

 とぼくが聞くと、悪魔は、ここではそういう習わしですと答えた。

 そして、玉座の宮殿の廊下を進むと、悪魔の侯爵、伯爵たちが居並び、客であるぼくたちを観覧していた。

 そして、謁見の間の扉をくぐり、天国の玉座の前まで来た。そしたら、これは驚かずにはいられなかった。

 天国の玉座に坐っていたのは、神ではなく、魔王サタンだったのだ。

 魔王サタンは、黒い翼を広間いっぱいに広げ、黒い肌をして、真紅の衣服を着て居た。

 ぼくは怖くて震えていると、魔王サタンはいった。

「ここが天国だ。ここを治めているのはこのおれだ。天国の玉座に坐るこのおれを祝福したら、次は地獄の最深部へ行ってこい。いいか。必ず、最深部まで行くのだぞ」

 魔王サタンにそういわれて、ぼくはゆっくりと怯えながら、別の扉をくぐって、謁見の間から出た。


 そして、ぼくは天国の門を再びくぐって帰路につき、塔を降りて地上に行った。ぼくは、サタンにいわれた通り、地獄へつづく洞窟を探した。

 罪人たちが処刑されるのを見ながら、地獄の洞窟を進んだ。小さな罪でひどい目にあっているものもいれば、こいつは地獄相当の極悪人だろうというものが罰せられていることもあった。

 地獄の刑吏が、

「どうだ、地上は」

 と聞くので、

「地上はうまくいってない」

 と答えると、あははははと刑吏は笑っていた。

 大勢の嘲笑を地獄の洞窟で浴びせられて、だが、ぼくは先へ進んでいった。地獄の始めは、ヒトの罪人が罰せられていたけど、しばらくすると、精霊が罰せられている場所にたどりつき、さらに奥へ行くと、天使たちが地獄の刑吏に罰せられていた。

「なぜ、あのような素晴らしい天使たちが罰せられているのですか」

 とぼくが聞くと、

「あいつらはそういう罪を犯したんだよ」

 と地獄の刑吏は答えた。

 それなら、最も重い罪を背負い、最も厳しい罰を受けているものは誰なんだろう。とぼくは不思議に思った。

 そして、ぼくは魔王サタンにいわれた通り、地獄の最深部まで歩いていった。それは、魔王サタンの命令を拒むのが怖かったわけではなく、地獄の最深部に何があるのか純粋に興味があった、好奇心があったためであった。

 最深部にまずいたのは、天使ウリエルだった。それから、肩からばっさりと体が裂けている天使ラファエルがいて、片翼をもがれている天使ガブリエルがいた。

 かつて何万体の悪魔を敵にまわそうとも、傷を受けることなく簡単に撃退していた天界の戦士たち。その彼らが負けて閉じ込められているのだ。天地創造の奇跡を守護していた天使たちが敗北している。ぼくは今まで気づかなかった。天国の玉座が陥落していたことに。人祖を現代まで導いてきた荘厳なる神の軍が負けている。天界の陥落によって、功徳と罪悪が逆転して、あの大天使たちが幽閉されているのだ。それなら、それなら、ああ、あの人はどうなったのだ。ぼくらが敬愛してやまなかったあの人は。

 そして、地獄の最深部には天使ミカエルがいた。天使ミカエルが隣にいる者の体をぎりぎりの力で必死になって抱き寄せていた。天使ミカエル。地上に住んでいた時のぼくらの最後の希望。天使の軍の切り札。頼みの綱。天使ミカエルが負けて幽閉されている。見ることができない。ぼくの目は神経に力が入らない。ああ、今までぼくらがどれだけこの天使たちに頼り、怠惰を行っていたか。それなら、それなら、天使ミカエルが最後に抱きしめたものとは何者か。あの天使の最高のものといわれた天使ミカエルの最後の心の癒しとは何だったのか。天使ミカエルに抱きしめられているもの。そこが地獄の最深部だった。

 神だ。地獄の最深部には、神御自身がサタンに負けて幽閉されていたのだ。天地を創造した彼は、自分の被造物に負けたのだ。そして、最愛の戦友たちと生きながら墓標に住むのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る