第5話 存在の約束

  1、存在の約束


 創造主がいた。

 創造主は無を作り出し、その後、宇宙が生まれた。

 ぼくは、創造主に「必ず帰ってくる」と約束して、この宇宙に誕生した。

 だから、ぼくはいつかは帰らなければならない。時の流れに逆らい、宇宙の起点よりむかしの虚無のその向こうにいる第一原因の元へと。

 宇宙のたいていの生物は、ガス星雲で生まれる。ガス星雲で生まれる生物たちは、たいてい体が気体でできている。ガス生命体は宇宙に満ちている。

 しかし、ぼくは岩石惑星に生まれた液体生命体であり、人類である。

 ぼくは地上から宇宙船を打ち上げて、天に登り、宇宙飛行士となった。

 天球儀に星図を映写して、ぼくは星々の海を進む。目指すは、宇宙誌のある記録天文台だ。


  2、偶然の軌跡


 ぼくの乗ってる宇宙船は遭難して、針路を「偶然の支配者」に任せることになった。そのまま、水も食料もわずかだが、それらを真空から作り出し、宇宙での漂流はつづいた。ぼくはどこにたどりつくのだろうか。すべては重力の導くままだ。


  3、天球の音楽


 遥か彼方から振動が届いて、宇宙船の中にまで音が聞こえた。天球の作曲によって、天球の音楽が鳴り、振動は調和して、韻律を踏んだ。

 偶然の軌跡は、天球の音楽の導くままになり、偶然の支配者の意図を表現した。

 ぼくはどこにたどりつくのか。

 音楽は、記号を作り出し、歌が聞こえた。

 宇宙にある楽器は太陽より大きく、楽器は遭難者を励ます。

 創造主との約束を果たすために、第一原因に行かなければならない。

 このまま遭難して、果たしてたどりつけるのだろうか。


  4、遊歩(ランダムウォーク)


 宇宙船は、因果律の混乱によって複雑に動いた。

 物理法則が崩壊して、宇宙船は遊歩した。

 神は物理法則の中に何を隠したのか!

 物理法則の中に、何かが隠れている。

 それをつかもうとしたが、できたかどうかわからない間に、ぼくの宇宙船は、目的地の記録天文台に着いた。


  5、全記録


 ぼくは、記録天文台の書庫に行き、宇宙誌を開いた。そこに造物主がこの宇宙に存在を許した全記録が書いてあるはずなのだ。

 まずは自分を探した。確かに、ぼくの名前が書かれている。

 次に、第一原因を探した。それは、ありとあらゆる修辞で脚色されて書かれていた。

 ダメだ。創造主については、書いてあるが、ぼくの知能ではそれをすべては理解できない。

 ぼくは神に対して無理解だ。

 なんとか手がかりとなる目印だけでもとらえなければならない。

 そして、究極目的の書かれているページを開いた。

 いったい何が書かれているのだろうか、ぼくは宇宙の終末の記述を閲覧するのに恐怖した。だが、書いてあったのは「ふり出しに戻る」だった。


  6、名前のない登場人物


 宇宙誌に書かれているいくつかの存在は、名前を持たない。

 彼らについて、ぼくらはどうしたら知ることができるのだろうか。


  7、天体売買


 ぼくは、時をさかのぼれる乗り物を探した。それを買うには、天文学的値段がかかるらしい。それで、ぼくは、天体相場師(スタートレーダー)と取引して、小石で隕石を買い、隕石で惑星を買い、惑星で恒星を買い、恒星で星座を買った。そして、星座で宇宙魚を買った。

 宇宙魚は、時の流れにとらわれずに移動できるのだ。

 ぼくは宇宙魚に乗って、時間をさかのぼり、宇宙の起点へと向かった。

 遥かむかし、覚えてもいないくらいの記憶の切れ端にある、創造主との約束、「必ず帰って来い」という約束を果たすために、宇宙の起点へと向かった。


  8、返事


 始まりの時へたどりついた。

 創造の混乱がともなう宇宙の起点を一歩深く非在へ飛び込み、原初の無に肌が触れた。

 そして、無の向こうに隠れていた第一原因に、ぼくはやっとたどりついた。

 さあ、約束だ。

 ぼくを祝福してくれ。ただ、きみのことばを聞けるだけでいい。

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