第24話 ウソとホント
朝治と範一をはじめ、72人の下界の人間が参加していた、次の神を決めるスゴロク。参加者はどんどん減っていき、現在は14人となっている。
そのスゴロクに、範一は疑問を抱き始めていた。“これは最初から勝者の決まっている、いわば出来レースなのではないか?”と。そして“その勝者とは自分なのではないか?”と。
「しかし何のために……?」
範一には分からなかった。自分が神様に気にいられるような生き方をしてきたとは思えなかったからだ。むしろ神の与えた理不尽を憎み続ける人生だった。
「……勘違いかもな」
一応の落としどころとしてそう結論付けた。ふぅと息をついて公園のベンチに腰を下ろした。
「……懐かしいなぁ」
幼い頃、朝治たちの手を引いてここに来たことを思い出していた。朝治の手を引いていた右手は今、首についている。袖の長い服とマフラーという、初夏には少し似つかわしくない服装で誤魔化している。
「ここで寒さをしのいでたっけ。……今もさほど変わらないか。今までが恵まれすぎてたんだ」
うわの空であたりを見渡す。見慣れた顔が目に入ってきて、慌てて顔を隠した。しかし時すでに遅し、向こうは既に範一に気づいている。
「お前……範一か?」
「……あ……了」
誤魔化しの言葉すら思い浮かばず、咄嗟に相手の名前を呼んでしまった。了は目を丸くしている。範一が入院していると聞かされているのだから当然だ。
「え、もう具合は良いのかよ?」
「あぁ……えーと……」
そして範一は自分が入院していることになっているとは知らないので話がつかめない。
「元気……だよ? それより、了はなぜここに?」
「え、俺? いや、俺はこの近くに住んでるから」
「そっかぁ……」
しばしの沈黙が流れる。お互いに久しぶりに会う友人と何を話せばいいのか分からなくなっているようだ。
「えーと……朝治は、元気か?」
「ん? 朝治と会ってないのか?」
範一は思わずあっと口を押さえた。しかし了はふんふんと頷いて勝手に納得したように口を開いた。
「兄弟だし色々あるんだよな? 俺は一人っ子だから分からんけど」
範一は、少し的外れな了の気遣いに感謝しつつ、曖昧にはにかんだ。
「……ありがとう」
「何が? まあいいや」
「それより……そのお弁当箱は?」
了が抱えている包みに目をやった。温かい家庭のある彼が公園で一人弁当をつつくということはないだろう。
「あー、これな……言っていいのかな……」
困ったように弁当箱を見つめながら少し逡巡したが、「範一なら」ということで事情を話し始めた。
「近所の子どもがな……ネグレクトって言うの? 虐待されてるみたいでさあ、ご飯もロクに食べさせてもらってないらしいんだよ」
「えっ……そうなのか……」
「うん、だから母ちゃんに頼んでうちのご飯詰めてもらってるんだよね。よその家のことだから証拠がないとどうにもできないし」
範一は了の話を聞きながら暗い気持ちになった。自分の知らないところでも理不尽な出来事は起こるのだ。
「なんだか……やるせないな……」
「だよなぁ……波動方程式のこと考えてれば皆幸せになれるのにな」
「ははっ……違いないね」
重い気分で軽口をたたいていると、公園の入り口で一人の女の子がしょんぼりと立っているのが目に入った。
「おっ。あの子だよ」
「……え? あの子は……」
範一はその女の子に見覚えがあった。その女の子も、範一と了の姿を認めると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん!」
「凪ちゃん……どうして……」
「えっ、二人知り合い?」
範一が以前世話になっていた蜂鐘という刑事の娘の凪だ。蜂鐘が死んだ後親戚の家に引き取られたそうなのだが、少し事情が複雑なようである。
「お兄ちゃんのウソつき!」
「あ……ごめん……」
「お前こんな小っちゃい子に何したんだよ」
それはともかく、範一はこの少女に一つ嘘をついていた。蜂鐘が殉職したことを凪に打ち明けることができず、「仕事で忙しい」と誤魔化していたのだ。
「ごめん……僕もどうしていいか分からなくて……」
「一緒にいてくれるって言ったのに……」
そう言われて範一はハッとした。そうである、範一のついてしまった嘘はそれだけではなかった。寂しがる凪に向かって、「自分がいるから大丈夫」と励ましていたのだ。しかし範一は凪の前から姿を消した。
「……本当にごめん」
範一は腰が折れそうなほど深々と頭を下げた。凪は涙目になりながらそっぽを向いた。
「凪ちゃんが泣いてるとこ初めて見たかも……」
そんな凪を見て、了が感慨深そうにつぶやいた。そして凪の頭にそっと手を置きながらこう続けた。
「範一の顔見て安心しちゃったか?」
「違うもん……ウソつきのお兄ちゃんなんて……」
否定の言葉を吐いてはいたが、その目からはとめどなく涙が溢れ出していた。範一の胸は余計に苦しくなるばかりであった。
「あー、どうしよ……ほら、お弁当食べな? お腹すいたでしょ?」
了が困りながら差し出した弁当箱をベンチに座って泣きながら頬張った。聞くところによると、凪はもともと蜂鐘の連れ子で、蜂鐘も前妻も天涯孤独で親類がいなかったため、早世した後妻の親戚に引き取られたらしい。
「どうしてそんな……」
「ホントにやるせねえな」
弁当を食べ終わってまた望まれない家に帰っていく凪の姿を見つめながら、了が自虐的に笑う。己の無力さを痛感しているのだろう。
「了」
「どした?」
「凪ちゃんが引き取られた家、知ってるか?」
「ああ、すぐそこだよ。あそこの白い壁の……おい、範一?」
了は答えながら思わず顔を歪めた。範一の瞳の中に明確な殺意を認めたからだ。範一の右手を掴もうとした了の左手は空を切った。
「……もう手がないんだ」
「意味分かんねぇ……範一、行くな!」
しかし範一は友の静止も聞かずに背を向けて歩き出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ただいま……帰りました……」
凪の声に応える者はいない。いないのに家の中からはせわしなく足音が聞こえている。凪は部屋代わりにされている倉庫に向かうべく再び玄関を開けた。
「……お兄ちゃん?」
「約束、守りに来たよ」
玄関を開けるとそこには範一が立っていた。範一は中腰になって、凪の薄汚れた服を、少しやつれた頬を、いとしそうに見つめた。そして凪を優しく抱き寄せて、安心させるように耳元で囁いた。
「ごめん、もう嘘はつかない」
凪は、今度は声を抑えることなく、範一の肩に顔をうずめて泣きじゃくった。
(良かったな、範一)
(雄吾、泣いてますの?)
(……なわけねえだろ)
「うるさいわね、近所で噂になったら……あら、お客さん?」
凪の泣き声を聞きつけたのか、中年の女性があからさまに面倒くさそうにしながら玄関にやってきた。
(お兄さま、抑えて……)
「分かってる」
凪を自分の後ろにやりながら、ずいとその女性の前に出た。
「以前蜂鐘さんのお世話になっていた者です」
「ああ、あの人の……」
間違ってはいないが、その言い方だと範一が何かやらかして警察の世話になっていたと誤解されないだろうか。
「何の用? ただでさえそいつのお守りで大変なんだから手短に……」
「だったら凪ちゃんはどうしてこんなに痩せ細ってるんですか」
必死に怒りを抑えながら絞り出した。
「どうしてこんなに、悲しそうなんですか!」
結局抑えきれずに声を荒げてしまう。おばさんはたじろぎつつもふてぶてしく答えた。
「親が死んだんだから悲しんで当然……」
「この子はそんな弱い子じゃない!」
(おい範一!)
(お兄さま、抑えて!)
首に縛り付けられた右手が強く締め付けるが、範一は止まらずおばさんの肩を強くつかんだ。
「家族だろ!? どうして守るどころか……」
「家族って……血の繋がりもないのに。置いてやってるだけでも感謝して……ふぐっ!?」
左手でおばさんの首を掴んで持ち上げている。うつむいているがその表情は想像に難くない。
「ひっ……助け……」
「どうして人に平気で痛みを与えられるんだ……! お前は……」
(おい美玖、こいつ止まんねえぞ!)
(こうなったら仕方ありませんわ!)
突然手を緩めるのでおばさんは床に尻餅をついた。そして無理矢理笑顔を作って凪に向き直った。
「あ……お姉ちゃん」
手遅れになる前に美玖と入れ替わることができたようだ。美玖はやれやれとため息をついた。
「そんなに嫌ならこの子の面倒は私達が見ます」
「お姉ちゃん……!」
「お兄様との約束ですものね。私も約束します」
美玖が凪の手を優しく握って家を立ち去っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どこに行こうかな……」
飛び出してきたは良いものの、行く当てもないので範一たちは途方に暮れていた。しかし凪は笑顔である。
「おーい! 範一!」
「了……」
了が息を切らしながら駈けてきた。
「お前……なんか不安で!」
「……ごめん」
範一のあの表情を見てもなお、あの顔を見たからというべきか、一人の友人として気にかけていたのだ。範一は「了なら」ということで事情を話した。
「……普通に自宅に帰ればいいんじゃないか?」
「それはダメだ! 朝治と会うわけにはいかない!」
「喧嘩してる場合か?」
「そうじゃないんだ……」
範一は少し口ごもったが、了と凪を信じて、打ち明けることにした。
「僕と朝治は……もともと一つだった。出会えばどちらかの魂が……吸収される」
「……へ?」
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